冒険者育成担当の災難
ヤマダマヤ
第1話 対サドデス戦
現在、大陸の中で最も魔道の研究が進んでいることで有名な国、ギリア。
商業が盛んで海洋にも面していることからその人口は近隣諸国に比べて格段に多く、中央都市であるデンファレの大通りは観光客や貿易商などでごった返しており、人間以外にも多種多様な種族がそれぞれの日常を送っている。
そんなギリアの最東端。魔物の生息地にほど近い、旧市街バルディア。数十年前にあった魔物の襲撃により今は人一人住んでおらず、代わりに魔物の領地と化している。伸びるに任せた草木が時の流れを感じさせ、ほとんどの建物が原型をとどめていない。
荒涼たる街の一角。比較的損壊の少ないレンガ敷の建物の中で、武装した集団が何やら作戦会議を行っていた。
「よし。みんな揃ってるな。今回のターゲットはあいつらだ。中心にいるサドデスさえ倒すことができれば、他は大したことは無い。お前たちでも十分に勝利できる。奴の情報は頭に入ってるとは思うが、一応確認だ。特性は?」
指揮を執っているのはノームという白髪の青年だった。
極限まで敏捷性に特化した、使い古された革製鎧。腰には妖しく輝く漆黒のナイフ。腕には世界に12人しか存在しない最上位冒険者にのみ与えられる腕章。彼らの腕章はどれも幻獣をモチーフとしており、ノームのそれは神速の雷獣、麒麟だった。これが意味するところは後の戦闘で明らかになるだろう。
「サドデスは自分よりも低位の魔物を使役し、思うがままに命令することができます。個体によってその力にばらつきはありますが、常に4~5体の魔物を支配下に置いています。また、人間を使役することも可能で、魔力を込めた鞭で叩かれると完全に意識を奪われ、その支配下に置かれます。自力で催眠を解くことは難しく、サドデスを倒す以外に有効な手立てはありません。これが、サドデスが冒険者に嫌われている一番の理由です」
眼鏡をくいっとあげ、教科書通りの説明を淡々と行ったのは、ユリオという清潔でまじめそうな弓使い。ノームと同じく必要最低限の革製鎧を身にまとってはいるが、特徴的なのはその背中に背負っている大きな弓。弦はピンと張られていて、よほどの力が無ければ引くことさえままならないだろう。
さらに腰には短剣を差しており、近接戦闘も可能だ。加えて彼の魔物に対する知識量は他の追随を許さない。今回の作戦では大いに活躍してくれるはずだ。
「は~~~~~。ごちゃごちゃとうるさいわね。きもいのよこの童貞眼鏡。いい?あんな奴ら、あたしの魔法で一撃なの。あんたらみたいな落ちこぼれのカスどもは下がって見てなさい」
腕を組みながら、そのこぼれんばかりの二つの果実をこれでもかと強調しているのはクレスという魔導士だ。膝ほどまで長く伸ばしたサラサラの黒髪をたなびかせながら、透き通った碧眼で傲岸不遜にユリオを侮蔑する。
様々な耐性を付与し、豪華な装飾が施された一級品のローブを見せつけるようにして着こなしている。魔石をはめ込んだ手甲を装備した、近接格闘型の魔導士だ。
とはいえ、なんといっても目を引くのはその胸。服の上からでも容易に分かる、巨大で形の良い、柔らかそうな胸。動くたびにプルプルと揺れている。ゆえに彼女の話を聞いている他のメンバーの視線は、その一点に集中していた。
リーダーとしてクールを気取っているノームでさえも、オスとしての本能には抗うことができないでいた。
そしてなぜかユリオは、
「ど、童貞眼鏡・・・・・・はぁ、はぁ、いい!いいぞ!もっとだ!」
息を荒げて小さく独り言ちている。はっきり言って怖い。
「教官殿。敵とはいえサドデスは女性。ここは僕に任せてください。彼女を僕のハーレム要員に加える所存です。一瞬にして口説き落として見せましょう」
金髪のロン毛を優雅にかき上げながら、フっと鼻で笑って見せるのはナルシスという騎士だ。堀が深く、キリっとした目元は多くの女性を虜にしてしまうだろう。
だが彼の鉄製鎧は、それらをすべて帳消しにしてしまうほど、なんというか痛々しいのだ。全身が真っ黒な上に、肩当てには無駄としか思えない角のような装飾が施されており、本来ならば長剣を一振り腰に差すのが一般的なのだが、なぜか二本差している。
彼曰く、「この方がかっこいいと思いませんか?」とのことだったが、別にかっこよくはないし、むしろ痛々しい。
「おいナルシス。ちょっと静かにしていてくれないか気が散るというか黙れ」
たっぷりの悪意を込めて、息継ぎせずにナルシスを制す。
「ふっ」
そんなノームを意にも介さず、ナルシスはまた髪をかき上げ鼻で笑った。
いちいち気に障る野郎だ。
「あの・・・・・・ノームさん。うちのラムズ君はどうしたらいいですか?あの子はやればできるんです。どうか今回の作戦の主役はうちの息子にしていただけませんか?」
物静かな雰囲気だが、その目には狂気じみた何かが垣間見える。
彼女はパルム。母親には見えないほど童顔で、なんとも可愛らしい感じなのだが、残念なことに重度の親バカだ。本来ならば自宅で息子の帰りを待っているはずが、なぜか今回の作戦に参加している。
「いや、あのですねお母さん。あなたの自慢のラムズ君はさっきからずっと馬車に引きこもってるんですよ。主役どころか脇役にすらなれてないんですよ。というかなんでお母さんまでついてきてるんですか?あえて何も言いませんでしたが正直びっくりしています。魔物討伐に母親同伴なんて聞いたことありませんよ。まあそれはいいとしてとりあえずここまで連れてきてくれませんか?ラムズ君を主役にするかどうかの話はそれからです」
「しゅん・・・・・・」
いい年してしゅんとか言わないでほしい。ノームは内心そう思ったが、他のメンバーの世話に追われていたため、口には出さなかった。
正直なところ、このパーティーではラムズが一番の戦力なのだが、彼は引きこもりな上に、戦闘に参加したがらない。今も馬車の荷台を警備しているところだ。
「あ、あのあの、あたしは何をすればいいんでしょうか?」
おどおどとしながら作戦会議に入ってきたのは――――
「・・・・・・ネリネ。君は一体いつになったらその重装備を解除してくれるのかな?せめてその視界最悪な頭のやつだけでも外してください」
全身鉄製の重装備で固めた回復担当のネリネだった。どうすれば女性がそのような鎧を着こなせるのか分からないほど重厚で、歩くたびにガシャガシャと音を立てている。よほど屈強な女性なのだろうか?声だけ聞いていると、本当に可愛らしい町娘のようなイメージなのだが、実際の所はどうなのだろう?いや、考えたくはない。
そして一番の衝撃は、これでいて魔導士、しかも回復担当だということだ。一応魔石のはめ込まれた杖を所持してはいるのだが、歴戦の戦士のような外見とはまるで合っていない。
「だ、だって・・・・・・これがないと人とまともに話せないんですよ!正直ノームさんとこうして話しているだけで吐きそうです!」
「・・・・・・君が極度の人見知りだということは分かった。でももう少し言い方を考えてくれないかな?あと、回復魔法をかけてくれないか?」
「え?まだ誰も怪我なんてしてませんよ?」
「君の容赦のない心へのダメージで泣きそうなんだ。突然繰り出された会心の一撃が予想以上に効いたんだよ。優しく、優しく癒してほしい」
「はわわわわわ!ご、ごめんなさい!あたし正直者なんです!嘘がつけない子なんです!・・・・・・あと、もう少し離れてください!本当に吐きそうです!」
「ぐはぁっ!わ、分かった!もういい!それ以上なにも言うな!」
冒険者としての腕前はいうことが無いが、メンタルだけは脆弱なノームであった。
教官のノームをリーダーとして、ユリオ、クレス、ナルシス、ラムズ、パルム、ネリネの7人パーティー。
どうして最上位冒険者であるノームが、このような個性的なパーティーの指導者などに身をやつしているのか。それには海のように深い事情があったのだった。
――――話は3日前の出来事から始まる。
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