172 出発


 口八丁で増やした人質を盾にして、ユリアの手引で学園の外に控えていた盗賊ギルドの馬車と合流。

 そのまま乗り込み脱出して、適当なところで人質を下ろす……つもりだったのだが人質にしていた市民と学生が実は盗賊ギルドの人員だったと判明してちょっと驚く。

 完全に無作為に選んだつもりだったのだが学園内に潜入していた連絡員だったようだ。俺の意識が向けられるように動いたとかなんとか、プロってすげー。


 それと学園長は途中で目を覚ましていた。

 そして魔法か何かだろうが突然俺の頭の中に「油断で負けたのは私の落ち度。出て行く分には敗者として沈黙を貫こう。しかし戻ってくるとすれば厳しい処罰は免れないからそのつもりで」とメッセージ。

 馬車から蹴り落とした後で確認したところ、その言葉を受けたのは俺だけのようなので、まぁ、そういうことなのだろう。

 上に立つ人間としては随分と甘い気はするが、その甘さに他の連中については任せて良さそうなのは少しばかり安心した。

 流石の俺もアイリスを巻き込んでいることについてはやや引け目があったからな……他の連中? 好き好んで突っ込んできてるんだから自己責任じゃない?


「……檜垣も巻き込んでるはずなんだが何一つ思うところがないな……徳の差か?」

「ん? なんだ桜井、呼んだか?」

「いや、別に。お前もしかしたら使い勝手良いのかもしれないなーと思っただけだ」

「私以外に言ったら間違いなく不快にさせるから気をつけろよ?」


 逃げた先、用意された隠れ家の中でそう言葉を返してきた檜垣の姿はいつもの学生服とは違い、和風の鎧に身を包んでいる。

 『青武者の鎧』と称されるそれは鎧といっても兜など無く、必要最低限の装備で固めた軽装のもの。

 パッと見は彼女の女性的なシルエットを抑えてはいるが、よく見れば普通に女だと分かる位には動きやすさを重視している防具類だ。


「装備の調子はどうだ?」

「学生服よりかは重装だが不思議としっくりくる。動きやすさも変わらない良い防具だ」

「そりゃ良かったな。着付け終わったなら休んでろ。俺はもう少しかかるし、こっから先が大変だからな」


 そう伝えて俺自身も装備を整えていく。

 今の俺たちは奪ってきたアイテムを隠れ家で広げ、各々が装備変更をしている最中だ。

 そして着替えが終われば軽く打ち合わせをした上でそのまま学園ダンジョンへと直行する予定である。

 学園ダンジョンがまだ追いつける範囲に居るとはいえ、悠長に装備の個人調整をしている暇はない。

 だからこそせめて使用者である人間側が少しでも絶好調に近いほうが良い。なので俺は檜垣に心と身体を休めることを勧めていた。


「その前に、だ。桜井。お前に渡しておきたいものがある」

「あん?」


 その言葉に顔を向けると軽く目をつぶって心を落ち着かせるように一度深呼吸をした檜垣がゆっくりと俺に向けて手を伸ばす。

 そこに握られているのは使い込まれた古臭い剣が一本。

 冥府で和解した時からずっと預けっぱなしにしていた師匠であるおじさんから貰った一振りだった。


「もう私に預けておくのは十分だろう。受け取ってくれ」

「いいけど……お前の武器はどうするんだよ」

「元々お前が使う予定だった剣があるだろ? 同門の剣士だ、お前に使えて私に使えないということはない。それにするさ」


 そういうことならば、と受け取って具合を確かめる。

 普段から使い捨て気味に利用している数打ちとは違い、重心もしっかりしていて手に馴染む。

 なんだかんだ、貰ってから学園に入学するまで一番長く握っていた剣なのだからそれも当然か。


 現実世界では二ヶ月程度ではあるが冥府で過ごした時間も加算すれば主観的には半年以上この剣を手放していたことになる。

 だからだろうか、馴染む感覚と共にどことなく懐かしみを感じてしまう。

 俺にもそう想うくらいにはこの剣に愛着があるんだなと自覚する。

 そしてそれを確かめるように数度剣を振って具合を確かめて…………俺は納刀して剣を檜垣に返した。


「やっぱこれお前が使え」

「え? ちょ、待て桜井!? どうして!?」


 困惑する檜垣の表情からは複雑な思いが見て取れる。

 彼女にとってこの剣は恋い焦がれた存在が持っていたものであり、自分がやらかした罪の象徴みたいなものだ。

 なのできっと檜垣はこの剣を渡すにあたって色々と考えた上で自分なりの折り合いをつけて踏み出したのだろう。

 だから檜垣のことを想うのであれば受け取ってやるのも一つだと思った。

 しかし俺は剣を握ったことで考え直し、これを彼女に再び預けることに決めたのだ。


「そこまでわかっているなら、何故。理由を聞かせてくれ」

「うん。まぁ、なんというか。シンプルな話なんだが」


 そう。剣を返す理由は酷くシンプルなものだ。

 しかしそれを告げるには流石の俺もやや勇気が必要だった。


 だがこればかりはしっかり言ってやらねばならない。

 そうしなければ執着心が強く、俺のとの出来事を通じてやや自罰的になっている檜垣が自分に落ち度があるのだと思い込んでこれからの戦いに影響が出てしまうかもしれない。

 剣を返す理由は檜垣ではなく俺にあるのだと、なので別に気にすること無く使って良いと思ってもらうためにもこのシンプルな理由を告げねばならない。

 なので俺は伝えた後に帰ってくる反応を想像して言いたくないなぁと思いながらも勇気を出して伝えるのだ。




「だって……おじさんから貰った剣よりも『アバルソード』の方が信用できるから……」

「は?」




 俺の言葉に檜垣の視線が冷たく鋭いものとなり、更には声色がとても低くなった。

 うん、予想してたけどやっぱ怒るよね。

 だから言いたくなかったんだよ! でも言わないと納得しないじゃん!

 でもこれには合理的な理由があるんですよ! そうしなきゃならない理由があるんですよ! だからまずは言い分を聞いて下さいよ檜垣さん!


 これから俺たちは七篠とピグマリオンという原作でも終盤で戦うことになる強敵ボス達に挑むわけになる。

 そのために俺たちは今、戦力を強化するために武器防具にアイテム類をかき集めてお召し替えしている最中だというのはわかっているよな?


 で、集めた物は何を根拠に選んでいるかと言えば俺や天内が持つ「原作知識」だ。

 原作知識がこの世界においても変わらずに有効であり、特に物語に影響を与えることのない物品の性能に関してはこれまでの人生で十二分に証明されている。

 だからこそ俺は知識の中にあるデータを信じて七篠との決戦に必要であると判断した物を集めて強化にあたっているのだ。


 もう一度言おう、根拠は信頼できる知識データだ。

 確かにおじさんから貰った剣は頑丈で扱いやすく手に馴染む。しかしそれ以上のことは何もわからない。

 何もわからないということは長年使っていても気が付かないデメリットがあるかもしれない。

 例えば『剣聖』の武器だからこそ「『剣術』のスキルレベルに補正をかけるが、その他のスキルレベルをマイナスする」等という能力がついていたら困るのだ。


「最近多用してる『糸繍』スキルとかはおじさんの剣を手放した後に身につけたものだしな。勿論、検証をすれば本当にデメリットが無いかどうかはハッキリさせられるがその時間が無いのはわかってるだろ?」


 対して俺が選んだ『アバルソード』についてわかっていることはフレーバーも含めてこのようなものだ。



 『アバルソード』装備条件、キャラクターレベルが60以上。

 特性:恵み【筋力と敏捷を5%上昇させる】

 「国内で算出される鉱石の中でも軽く強固な鉱物を利用して鍛え上げられた両手剣。」

 「”恵み”の特性付与によって使用者に対する負担の軽減が行われるため、一定以上の実力者であれば片手でも楽々と扱える。」

 「それでいて剣の実重量が変化したわけではないため、”威力も有り扱いやすい名剣”として成立している。」



 この剣は装備にレベル60以上を必要とするがその条件に相応しい攻撃力を持っている。それはゲーム中盤に相当する冥府で得られる武器よりも高いものだ。

 更には筋力と敏捷をアップさせる特性『恵み』も有しているため実際に発揮される攻撃力は数値以上であるし、七篠との遭遇戦において必要を感じさせたパワーとスピードを補強してくれるのも素晴らしい。


 そしてなによりというのが一番大事で、だからこそ武器として信用できる。

 なので俺はおじさんの剣よりもこの『アバルソード』を選ぶのだ。


「間違わないで欲しいのはおじさんの剣がいらないだとか、嫌いだとか。お前に対してまだ思うところがあるとかそういうわけじゃないってこと」


 ただ今の状況に対して不明な点があるかもしれないおじさんの剣は不適当であると判断しただけなのだ。

 十中八九、ただの頑丈な剣でしかないとは思っているがそれも絶対ではないのがな。その一抹の不安さえ検証して潰せれば使っても良かった。


「だから俺は使わない。その上でこの剣を誰かに任せるなら檜垣、お前しかいないと思ってる」


 同門であり同じく『火剣』を使う剣士であること。

 『剣聖』であるおじさんを深く尊敬しており、先程剣の状態を見た限り手入れも含めて今まで大事に保管してくれていたこと。

 それが檜垣が犯したの罪を象徴するものであるからこそ、この剣を任せるならばコイツしかいないと思えるのだ。


「……むぅ、そういうことなら今はまだ預かっておく。事が終われば絶対に返すからな」


 極めて真っ当な説明によって檜垣の怒りは収まり、返したおじさんの剣はその腰に収まった。

 俺は離れていく檜垣の背を見送りながら、全てが終わった後も結局は預けたままにしてしまいそうな予感を感じていた。


 なにせ俺は強盗を働いたことが学園全体にバレてしまっているのだ。

 きっと退学辺りになった上で下手すりゃ刑務所からの壁外討伐労働コースだ。

 俺としては壁外活動許可証の取得を省けることもあってそれはそれでいいのだが、流石にそのような状況でおじさんの剣を振るうのは申し訳ないと思うし、そもそも持ち出せるかも不明である。

 その点、檜垣に預けておけば俺の財産ではないとして没収を免れるだろうし、その点検整備も俺が戻るまで檜垣が続けてくれるだろう。

 ま、言わぬが花だなこういうのは。


「ユリアーそっちはどうだー?」

「十全どころか万全といったところだよ亨くん。いやはやしかし、『黄金ぶどう』にこのような使い方があるとは。今まで何故思い浮かばなかったのか不思議でならないよ」


 少し離れた場所で小細工を施した『黄金ぶどう』を腰にぶら下げたユリアが言葉を返してきた。

 協力の対価として公式の場以外ではお互いに名前呼びがしたいと請われたのでその程度のことなら安いものだと許可したところ、名前を呼び合うたびに彼女はニコニコと機嫌の良い笑みを浮かべている。


 非合法活動に対する協力という弱みにつけこんで、要求するのがこんなものとは。

 恵まれた戦闘力と王族という身分が邪魔をして今まで対等な友人関係に飢えていたにしても、助けてもらってるこちらが逆に王族がこんなことで協力してもらっていいのかと不安になってしまう。


 原作をプレイしていた時には感じなかったが、この世界のユリアはなんだか根の部分が若干陰キャっぽい感じがするな。なんだか悪い男に引っかかりそうな気配がある。

 つか天内も模擬戦するくらいに親しいなら名前で呼んでやりゃ良いのに。王族が孤独を拗らせて暴走した時に責任取れるの?


 まぁ実際に他にも王位継承権を持ってる人物は居るのでそう悪い想像が当たることは無いだろうが、王族、ひいては国家の将来を憂いてユリアの為に名前呼びを許す俺は全くもって忠義心と納税額に溢れた素晴らしき国民だと三度思うわけで。

 なんならこれから七篠とかいう小物臭い大犯罪者を――愚連隊として身勝手にだけど――倒しに行こうとしてるわけだし、成功したらその功績で永年俺無罪法とか制定してくれないだろうか?

 ダメかな? ダメか。まぁいいや。


「よっし、終わり」


 適当なことを考えながら手を動かし続けついに俺の準備も終わった。


 いつもの学生服に仕込みに仕込んだ薬と武器。

 腰に抜き身のまま縛り付けた『アバルソード』に背中にはアクセサリー扱いされている紫色の鞘である『狂刃宿し』。

 『糸繍』スキル御用達の『錬鉄糸れんてついと』でスキルレベルを補強して、『魔殺の帯』も隠し持った。

 額には一撃死を防ぐ『不屈の鉢巻はちまき』を巻き付けて、盗賊ギルドの手も借りて学園から持ち出した『特性付与コーティング剤』も使えるだけ使い終えた。


 レベル上げのためではなく、敵を倒すためにいつになく『強さ』を求めて構築した装備群。

 その恩恵は俺だけではなく学園ダンジョンに乗り込む全員が受けている。

 むしろ学生服のままでいるのは自分くらいだ。

 普段とは一風変わった衣装防具に袖を通し、個性的な武器やアクセサリーを身につけている面々は俺の言葉に反応して腰を上げた。


 そのまま言葉を交わす必要も無いので隠れ家を出る。

 途中で盗賊ギルドの人に連れてきてもらったフロンと合流して、三天シリーズを装着したフロンが引く荷台に乗り込む。

 そして手引を受けてトラブルもなく街の外へと出ると、そう遠くもない距離に動き続ける学園ダンジョンの姿があった。


 それを眺めているのは俺たちだけではなく、馬術を収めている士官学校生や盗賊ギルドの人々が30人弱。

 ダンジョン内部に直接乗り込むのは俺たちだけだが、乗り込むまでを援護してもらうために集まった人員だ。

 それでも鬼剣オニガシマの存在を考えれば命の危険は高いと言わざるをえない。

 それを承知で参戦しているのが彼らである。


 俺が掲げた錦の御旗は名誉だとか、正義感とか、そんな綺麗なものとは程遠いただの個人的な怒りと私怨によって作られている。

 そんなものに集った面々を一度ゆっくり見回した上で俺はダンジョンの中に居るであろう七篠の姿を思い浮かべ、静かな声で呟く。


「行くか」


 俺に馬耳を向けていたフロンが大きく嘶き、それを合図に全ての馬が駆け出した。

 

 学園ダンジョン到達まで大凡3時間程度か? きっとたどり着く頃には陽も沈み始めているだろう。

 薄暗くなるならば都合が良いなと思いつつ、俺は奇縁に寄って集まった周りの連中を見て少しばかり不思議なものを感じてしまい。

 俺はそれをらしくないなと投げ捨てて、気持ちを改め前を見据える。


 すると自然と口角が持ち上がり、牙を剥くような獰猛な笑みを浮かべてしまう。

 獲物を前にするといつもこうなってしまう俺の悪癖だが、治すつもりはさらさら無かった。


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