161 遅れてやってくる



「回り込まれた! 隠れろォ!!」


 先頭を行く騎士の声に弾かれるように天内と赤野は横へと飛んだ。

 次いで警告を発した騎士が大盾を構える。一分一秒でも多く後に続く避難民が攻撃から逃れる時間を稼ぐためだ。


 しかしその覚悟は幾重にも重なり合う衝撃音によって潰えることとなる。

 大盾ごと騎士を貫通し蜂の巣にしてのけた弾丸はその上体をひき肉に変えてなお止むこと無く、雨霰の如く避難者達へと飛来する。

 蜘蛛の子を散らすように散開して逃げた人々を執拗に狙って乱れ飛び、先程まで命であったものが大地に撒き散らされる惨状を前に天内は物陰で奥歯を強く噛み締めた。


「ヒュー! やっぱアウトレンジから一方的にぶっ殺すのは最高だぜ! なぁ相棒!」

「全くその通り! 俺も出すもん出せて最高だぜ兄弟!」


 天内が遭遇した魔人は2人で一組のコンビであった。


 1人目を一言で表すならば「全長4mはある人面亀」だろうか。

 ただし首は殆どなく、身体の大半を占める甲羅の正面に人の顔が埋め込まれているかのような不気味な姿をしている。

 手足も亀としての例に漏れずリクガメのような短くて丈夫な足を有しているがその機動力は肉食獣を幻視させるほどに機敏極まりなく、一度動き出せば轟々とした足音を勢いよく響かせ、幾度となく天内達の逃走を阻んできていた。


 そしてもう1人の魔人は人面亀の甲羅の上で人々に対する銃撃を行った射手である。

 こちらは胴体こそ子供のような小ささだが足は短く平らで甲羅にピッタリと吸着させており、両手は枯れ枝のように長く細い。

 問題はその細い腕で抱え込んでいる身の丈ほどはある大きな木製の筒。

 その正面は輪切りにした蓮根のように複数の銃口が備わっており、後ろに向かうほどに急激に細くなるそれは魔人の下腹部に接続されている。

 射手の魔人はその筒から大きさ形ともに不揃いな結晶体を弾丸として撃ち出し続けている。

 その威力は完全武装した上で盾を構えた騎士を蜂の巣にするほどのもの。

 真正面から受ければ人体に耐えられるようなものではなく、その結果が逃げ送れた人々の残骸だ。


「(あんなの武装車両テクニカルじゃないか! クソ、避難民を連れて逃げるには機動力に差がありすぎる!)」

「隼人どうしよ!? このままじゃみんなが!!」

「わかってる!」


 事態を打開しようと物陰から覗き込んだ瞬間に向けられる弾幕。

 再び身体を隠さざるを得なくなった天内は浅く切った額から流れる血を拭いながら考え続ける。


「(こっちの動きに対する察知が早い。地震で建物が崩れてなかったら内部を通って近づけたけど辺り一帯瓦礫だらけ。普通に近づくには距離がありすぎる)」


 一瞬だけ確認した周囲の状況。それを考慮すれば接近の機会は必ず訪れる。

 しかしそれがいつどのタイミングで生じるのかが曖昧だ。

 そう遠くはないとは思うものの、その不明瞭さが体感する一秒をより長く引き伸ばしていく。


「くそ、くそ、テメェこの野郎」

「っ!? 待てやめろ! 出るな!!」

「畜しょがばごばばば」


 それは天内だけが感じるものでは無かったのだろう。

 避難民の護衛をしていた冒険者の一人が焦れた末に無謀な突撃をしかけ、数歩と持たずに大地に転がる。


 眼の前の死が焦燥を駆り立てる。

 もっと何か良い方法があるのではないかと頭を回すが冷静さを欠いた状態では思考が噛み合わず空転するばかり。

 自覚があってなお「なにかあるはずだ」と自らを追い込むように思考を続け――突然、赤野に襟首を捕まれ引き倒された。


「うおっ!?」

「ぼさっとしない!」


 先程まで立っていた場所をいくつもの弾丸が通り抜けていく。

 考え込んでいる内に身を隠していた場所は敵の攻撃によって削り落とされ、その後ろにいた天内の姿を晒していた。


「次は助けられるかわかんないよ!? とりあえず何を考え込んでたのか口に出して教えなさい! 一人で考え込んで周りが見えなくなって! そういうところを変えていかないと命取りになるってわかってるでしょ!?」

「ご、ごめん玲花。あぁいや、ありがとう」


 引きずり倒されたことで自然と赤野の膝に頭を乗せていた天内は真上から叱りつけられ、それが不思議と頭のノイズを取り除く。

 気付けのために捻られる頬の痛み、感じる熱がじんわりと身体に広がって、胸のつかえが取れる。視界が広がり落ち着きを取り戻していくのがわかる。

 そして諸々の懸念が一度リセットされた真っ白な頭のまま自分を見下ろす赤野の顔を見て、天内は思わず口から想いがこぼれ落ちた。


「やっぱり俺、玲花のこと好きなんだな」

「……え。は!? 今!? 嘘でしょ!?」

「あ、いや、なんかつい!」

「ついって……まぁ嬉しいけれど後にしましょ。それでどうするの?」


 一瞬だけ考え、やはり当初の狙い通りに動く方が良いと結論付けた天内はその内容を説明する。

 赤野はそれを信じて了承すると自らの杖を強く握りしめ魔力を練り上げていく。必要なのは大きく、そして視覚的に目立つ魔法だ。


「おいおいおい、次の勇者は居ねぇのかァ!? 瓦礫の山に身を隠したってよぉいつまでも無事でいられるわけじゃねぇぜ? なぁ相棒!」

「そう言ってやるなよ兄弟! ノリにノッてる俺に弾切れは起きねぇんだ! いつまで経ってもエクスタシー! ビビって出てこれねぇのも仕方がねぇって!」

「ハハハハハ! それもそうだな! それじゃあこうしよう! 俺らの方から近づいてやるってのはどうだ相棒?」

「サービス精神の塊じゃねぇか兄弟! おい聞いたかお前ら! ビックチャンスの到来だぜ!?」


 魔人の掃射に身動きを封じられ続け、今度は向こうから動き出すという宣言。

 それに耐えかねた避難民の一部が制止の声も聞かずに逃げ出した。

 当然、射線も見切れず身体的にも冒険者未満の人間なんぞ格好の餌食であり彼らは魔人らの笑いの種として人生を終える。


 ゲラゲラと笑い声を上げる魔人に対する怒りを吐息と共に吐き出して冷静さを保つ。

 それで居ながら奥歯を噛み締め集中を続け――ついにその時がやってくる。



 ドスン、と響く地鳴りと共に



「うぉおお相棒ォ!?」

「うわあああ兄弟ぃ!?」


 天内が一瞬だけ見ることができた周囲の情景。

 そこに否が応でも映り込む大巨人の姿。


 それは片足を持ち上げていて、間違いなく一歩踏み出さんとしていることが見て取れた。

 天内はその一歩による衝撃を救助活動の中で二度ほど体験しており、その揺れが地に足つけた人間に耐えられるものではないと理解していた。


 だからこそ彼はその一歩に賭けた。

 跳ね上がった身体が落下するまでのコンマ数秒の間に『雷帝拳』を発動。幾本もの雷霆が形成する不定形の翼を使って身体を空中に浮かべる。


「玲花!」

「『炎魔法、熱傷旋風ファイヤー・ストーム』!」


 原作ゲームで言えば「敵単体に炎上の状態異常を付与する」というだけの殆ど使われることもない魔法。

 だが視覚的にエフェクトは炎の旋風を発生させるそれは赤野が発動した技能スキルである『魔法対象全体化』と『魔法威力向上:Ⅰ』の力によってその規模が膨れ上がっている。


 結果として一瞬とは言え視界を埋め尽くすほどに巨大化した炎の風が魔人達へと襲いかかる。

 地震によって体勢を崩された上に眼前へと迫る炎。

 本能に根ざした炎への忌避感から彼らは思わず顔を庇う。


 そこに赤野が魔法を発動する直前に物陰から飛び出していた天内が迫る。

 身体を空中に浮かべていたからこそ、誰よりも揺れの影響を受けず、誰よりも早く動き出すことができた。


 魔人達と天内、彼我の距離は大きく開いている。

 「一方的な攻撃は最高!」と叫んでいた通り、彼らは何が起きようとも対応できる距離を常に保っていた。

 これが魔人達への対処を困難にさせていた大きな原因であり、ただ無策に飛び出したとあれば天内であってもその半分を詰めたところで蜂の巣にされていただろう。


 しかし巨人の踏み込みによる地震と赤野の魔法による援護が合わさったことでその距離を踏破する余地が生まれた。

 その上で天内はこれまでの鬱憤を晴らし、怒りの一撃を全力で叩き込むという決意と共に最後のひと押しとなる魔法を発動させる。


「『世界介入システムコマンド主人公補正ヒーロータイム』」


 膨大な魔力を吐き出し、世界を味方につける。

 その身体能力が制御できるか不確かに感じるほどに強化され、たった一歩の加速が天内を音の速度領域へと押し上げる。


 広がる炎の壁を突き抜け拳の射程に敵を捉える。狙うべきは射手である魔人。

 拳の先に生まれた帯電する焔の刀身を携え、人面亀の頭を踏みつけ乗り上げ、下から掬い上げるようにその砲身を斬り飛ばす。


「ぎゃぁ!?」

「相棒ぉ!」


 振り抜いた右拳、未だ構えた左拳にもまた焔の刀身。

 弾くように放たれた左拳が射手の魔人の顔を捕らえる。

 焔の刀身が突き刺さり、次いで拳が顔面を打ち砕く。


「畜生! テメェ!」

「ぐっ!?」


 これまで甲羅に埋まっていた人面亀の顔がまるでろくろ首のようにスルリと伸びて甲羅の上に立つ天内の足に食いつき、投げるように地面に叩きつける。

 射手を殺した次に足元の魔人へと攻撃を加えようとその場から離脱しなかったことが仇となった。


 天内は二度三度と地面に叩きつけられながらも纏う雷を足へと集め、その電流を噛みつく頭に放つことで拘束から逃れ転がっていく。

 ダメージは深くはないが運悪く脳を揺らされた、同様に視界が歪む。

 辛うじて分かるのは電流による攻撃から即座に復帰し、体勢を整えた人面亀の魔人が突撃の姿勢を取っていることだ。


「(避けれないっ!)」


 どれだけ優れた身体能力を有していようとも、その判断を下す脳が無事でなければそれを活かすことなど不可能。

 慌てて飛び出してきた赤野が魔法を放つがそれよりも魔人の動きのほうが遥かに速い。


「死ねぇ!」


 魔人の踏み込みは大地を砕き、全長4m、体重3tに達するの巨体が勢いよく射出される。

 コンマ数秒後に襲いかかるであろう衝撃はどれほどのものだろうか? そんな下さない疑問は考えるだけ無駄だろう。

 確かなことはその直撃を避ける手段はなく、ただ耐えるしか無いこと。

 天内はせめてもの抵抗として覚悟とともに身を固め、反射的に目を瞑った。


「隼人ッ!!!!」





 衝撃は来なかった。代わりに感じたのは生温い熱さが篭った粘液であった。



 宙に浮いていた天内はそのままドサリと地面に落ちて、彼は顔にかかった粘液……何かの血潮を拭いながら目を開く。

 横を向けばそこには身体を縦に両断され、体液を撒き散らしながら勢いそのまま転がってきたのであろう人面亀の左半身。視線を反対に向ければ右半身が転がっている。


 前を向けば、そこには魔人を両断したであろう青年が一人。

 そして空中から鋼鉄の翼をはためかせて降りてくる馬が一頭。

 青年は自身についた返り血を拭うこともなく刀身に着いた血液のみを振り払い、何事もなかったかのように天内を見下ろして懐から取り出した回復ポーションを投げて渡す。


「丁度いいところに。天内、お前って確か飛べたよな? 今から学園ダンジョンにいるカスを殺しに行くからそれを飲んだら付いて来い。戦力は多い方が良い」

「ヒヒーン!」


 静かな怒気を感じさせる青年、桜井さくらい とおるがそう告げる。

 その有無を言わせぬ物言いに天内は気が抜けたかのように笑みをこぼし、受け取ったポーションを一気に飲み干した。

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