143 チャレンジ精神
「え、なに? どうした? おーい」
崩れ落ちた彩子と小鳥を倭刀の先端で突っつく、しかし彼女らはまるで電源が落ちたかのように一切の反応を示さない。
一体なにが起きたのか? 原作において彩子がこんな状態になっているのは見たことがない。捨て置いて良いやつなのだろうかこれは?
「ふぅ、やっぱり母さんみたいに手際よくは行かないわね。トール、結界の修復終わったわ……なにこれ、どうしたのよ」
「なんか突然死んだ」
「もうちょっと具体的に言いなさい」
いや本当になんか突然死んだとしか言えないんだってば。
見てよこれ、『魂撃』の応用でとっ捕まえた彩子の魂。突ついてたらぬるっと抜け出てきたから思わず掴んじゃったやつ。
魂抜けてるってことは死んでるってことだよな? どうすりゃいいのこれ。
「見えないし知らないしわかんないわよ」
「お前それでも聖職者かよ」
「あんた聖職者のこと死霊術師と勘違いしてない? というか、本当に何があったのよ……?」
そう言いながらエセルがつま先で異形の小鳥をチョイチョイと突く。彼女の顔にも困惑の色が見えるあたりエセルが何かをしたわけでもなさそうだ。
会話の途中で突然倒れた辺りヨゼフが何かをやったとは思えないし、彩子が自らこのような状態になる理由も能力もないはずだ。
そして俺の知識の中にも朝永 彩子がこのような状態になるイベントなりなんなりは存在しないので……これはちょっと、本当に想定外のトラブルである。
「(コーデリアさんから貰った『相子の水晶玉』の片割れはアイリスの持つそれと繋がってる、それに異常が起きてないなら向こう側にいるであろうヨゼフも含めて大きなトラブルは起きてないはず)」
ポケットの中にある小さなケースに入れておいた水晶玉を確認して思考する。
想定外のトラブルへの対処は現状確認から始めるべきだろう。周りを見渡し、彩子が倒れる前と後での違いを確認する。
「……禁書区画の結界?」
「結界? 結界がどうかしたの?」
「タイミング的にエセルがここの結界を直したであろう時に彩子がぶっ倒れたからそこに何かあるんじゃね?」
結界に穴があったかどうか。
それ以外に変化した部分が見られないのだから原因はそこにあると仮定していいだろう。
それが事実かどうかを確認するためには結界をまた切り開いてみるのが手っ取り早いのだが、それをするには両手を使う必要がある。
両手を使うということは俺の手の中にある彩子の魂らしきものから手を離さなければならないわけで、まるで風船のように浮かび上がっていくそれを見失いでもしたら後がどうなるかわからない。
というか、元の体に押し込んでもまた抜け出してくるからまずはそれを解決しないことには大図書館から出るに出れない。
彩子にはヨゼフを叩くためにも奴を裏切って、街のどこかに潜んでいるであろう本体の居場所を教えてもらったり、油断を誘って奇襲を成功させるために何食わぬ顔で近づいて貰うなど重要な役割があるのだ。
こんなところで死んでしまったら得られる
「つーわけで、デーモン。お前この大図書館の常連だろ。なんか知ってるなら教えてくれ」
「ニンゲン、貴様! よくもぬけぬけと!」
情報収集のため本棚から知り合いを抜き出してみたのだが、この結界の内部に詳しそうな現地住民はどうやらご機嫌斜めらしい。
薄暗い大図書館の中では陽気が足りないから気が立ちやすいのだろうか? 陽気……つまり必要なのは明かりだな。
ならばピッタリの物がある、ほれ『火剣』。
どうだ? 明るくなっただろう? 合わせて熱気も感じるだろうが陽気と似たようなものだろうから気にせず堪能すると良い。
「…………条件がある」
「条件?」
「今後、二度と我に関わることを禁ずる。絶対にだ。これを飲むならこの一時だけ貴様に我が叡智を授けてやろう」
『ブック・オブ・デーモン』には「万の叡智が記された魔本、その情報そのものが自らを守るために悪魔を生み出した。そして悪魔は情報を守るために人を襲い、その頭に収められた魔本へと記す。万の叡智は人を喰らって増えていく」という設定がある。つまりある種のデータベースと言って過言ではない。
反応的に現状に対して思い当たる節がありそうな感じだし、その叡智を得るために命を差し出せとか言われないのであればここは条件を飲んでもいいだろう。
ところで俺、そこまで言われるほどに嫌われるような真似したかな……? 襲いかかってきたんだから後は何されても自業自得ってのが筋じゃない……?
「で、この女がぶっ倒れた原因なんなのよ?」
「大図書館に設けられた結界だ。大聖堂を囲む結界と違い、こちらの結界はより綿密で隙間無く構成されている。よってここには
「
「人形を操るための糸のようなものだ。
魔本の中には魔導線を通じて他者を呼び込む洗脳電波じみたものを発することができるらしく、その対策のためにここの結界は魔導線を遮断できるほどに綿密な作りになっているそうだ。
人形使いのヨゼフの場合は魔導線を使って人形に対して干渉しているため、それが切れたから
んで、それをなんとかする方法は? まさか無いとか言わないよな?
「誰かが新たな主となるか、貴様が握る魂を新たな器に入れ込み魔力を注ぐかだ」
「言っておくけど、私は面倒見るなんて嫌よ?」
「というか今から『人形使役』のレベル上げして間に合うようなもんでもないだろこれ」
いや、まぁ、時間的に許されるならやるけど。やらせていただきますけど。やりたいけれど。
そんな事してたらヨゼフがどこかに消えて後の火種になる予感しかしない。
なので手っ取り早く彩子を復活させて戦力化した上でヨゼフを叩きに行くのが最高の着地点なのだが、そうなるとやはり新たな器が云々の方になるのだろうか?
「必然か偶然か、驚くべきことにその人形娘には魂がある。であればその意志を反映させ魔力で動く器を作り上げてやればよい。そして元の人形があるのであればそれを利用すれば器作りなど容易いものよ」
「マジか、すぐできるならパパっとやっちゃってくれ」
「ちょっとトール。そんなフリーハンドで任せちゃっていいの? 何か仕込まれたら溜まったもんじゃないわよ?」
「その時はここ燃やすし」
「多少は悩む素振りくらい見せなさいよ!?」
「安心しろ小娘、我は後でこのニンゲンが戻ってくるような火種を作る真似などしない。我は、二度と、関わりたく、無いのだ」
「あ、そう……」
ここまで念押ししてくるということは、少しでも大義名分に見える隙があれば喜々として経験値を奪いに行くつもりだったことは見抜かれているようだ。
その点は残念に思うものの、わかっているならば尚更余計なことはしてこないだろう。であれば自由裁量を与えようが問題ない、問答する時間も惜しいしパパっと作業してもらおう。
そこからの光景は魔法を身に着けていない俺にとってはよくわからないものだった。
デーモンが展開した魔法陣の中央に彩子の身体を横たえるとその周囲に光の玉が幾つも浮かび上がる。
その光玉の位置を操りながらレーザーのようなものを照射し続け、まるで何かを書き換えている様子は伺えるがそれにどんな意味があって何が起きているのかは理解できない。
「(光って動くデラックス彩子人形……5980円から……)」
よって俺はその光景を前に適当なことを頭に浮かべながら、あやとりよろしく『糸繍』スキルのレベル上げをして終わりを待つ。
素振りのほうがしたいのだが如何せん片手に彩子の魂を抱えてしまっているので効率が悪くなってしまう。
『火剣』は火気厳禁な場所ではあるし、『魂撃』は全身を使った型稽古か組手・実践で使うなどの手段でなければこれまた経験値効率が悪い。
よって今できる行動の範囲でそれなり以上に経験値を稼げるスキルと言えば『糸繍』スキルだけになるので大人しくそれを……待てよ?
「(彩子の魂……この形……ボクシングジムで見覚えがあるな)」
あれは確か、パンチングボールとかいうやつだっただろうか? 上からぶら吊り下がっている雫型のやつだ。
原作ゲームにおいては『糸繍』と『魂撃』による合体技や混合スキルなどは無かったので糸で魂を縛り上げるなどできるかどうかは不明だが、もしも仮にやれるのであればあのパンチングボールを彩子の魂を使って再現できるのではないだろうか?
俺は前世でパンチングボールを実際に使ったことがある訳ではないのでそれ自体にどれほどの効果があるかはわからない。
だが吊り下げた魂を殴りつけるのだから普通よりも多めに『魂撃』の経験値が入りそうな気がするし、糸を使って魂を捕獲して留めておく状態を維持することで『糸繍』側にも経験値が入るかもしれない。
一つ一つの効率はいまいちかも知れないが2種同時に経験値が入るとすれば検討に値するものではないだろうか? 少なくとも試して良い理由にはなりそうな気がする。
なら早速――いや待て待て、この魂は見知らぬ誰かではない。蘇った暁には交渉相手となる朝永 彩子の魂だぞ。
『冥府』で魂だけの状態になった俺は五感をしっかり知覚していたじゃないか。
今の彩子が俺たちのことを知覚していない保証など無い。そんな状態で糸で縛り付け吊り下げた上でボコボコに殴りまくったことを覚えたりされたら後の交渉に響くのは間違いない。
ここにアイリスさえ居ればそれを確かめ……くそ、それはそれで止めろと言われそうだな。結局パンチングボール化を試すには危険性が高いか。
「(でも、チャレンジ精神って大事なのでは?)」
チャレンジ精神、言い換えれば勇気を持つことはいつだって大事なことだ。
世の中には勝算が低かったとしても胸に勇気を宿して突き進むことで成功に繋がった事例なんて幾つも存在しているじゃないか。
だから一切の確証がなくとも彩子が現在何も知覚もできず、何をされても復活後は覚えておらず、更に俺が一発で『糸繍』と『魂撃』の合わせ技に成功する可能性だって0ではない。
0ではないならばその可能性に賭けて行動に出てしまっても良いのではないのだろうか?
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、か。つまりそういうことなんだな過去の偉い人……ヨッシャッ! じゃあやってやろうじゃ」
「出来たぞニンゲン。後はその魂を戻すが良い」
「チクショウが!!」
いざ征かんとしたところで告げられる終了報告。
どうして俺がやりたいことはこうも邪魔されてしまうのだろうか、俺は理不尽に対する不満の声を上げざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます