142 人形使いヨゼフ
その怒りを孕んだ声は聖女コーデリアの病室で上がった。
「は? どういうことだ?」
声の主は部屋に居た軽装の女騎士、ヨゼフの犠牲となり傀儡へと変えられた操り人形からのものであった。
困惑するヨゼフはその様子に問いかけてくるアイリス達を無視して思考を巡らせる。
なにせ大聖堂へと送り出した彩子と端末にしている小鳥との繋がりが突如として途絶え、その原因が何一つわからなかったからだ。
「(彩子と端末の接続が途切れるのは全く同時、あの桜井少年に不意を突かれたとしても完全に同じタイミングで繋がりを断つなどできるものか? それに攻撃の予兆があれば彩子が反応しているはず。あの剣聖の攻撃にさえ反応した彩子が対応できないほど卓越した技量の持ち主? いや、可能性としては低い)」
可能性として最も高いのは誰もが予期せぬトラブルの類。
しかしその答えを導き出すには必要な情報が欠けている。
考えても考えても、その抜けがある限り答えに到達することは無いと結論づける。
「――――っ」
悲しみが湧き上がった。
愛する娘を持つ父親として、そして彩子という人形を作り出した『人形使い』として、彼は彩子を管理監督する責任が自分にあると信じている。
故に五感を共有せず、ある程度の自由意志と行動権を与えているものの彩子とヨゼフの間には人形と使役者という魔力を介した繋がりがあった。
『人形使役』という技能に由来するその繋がりは彩子が自らの創造物として管理下にあることを示す
その絆が。
自らの感覚器全てを使って彩子を愛でるヨゼフ、その中にある尤も根本的な繋がりが断ち切れらたことで彼は抑えきれない程の喪失を感じた。
「……くく、ふはっ」
だからこそヨゼフは笑った。
朝永 彩子の喪失は彼女の不完全性を示し、成長・改善の余地があることを表している。
至高の一品だと信じていた彩子にまだその見込みがある。
その事実が『
「あのッ! 聞いていますか!?」
「あん? あ、あぁ、済まない。どうやらトラブルが起きたようで大聖堂内の様子がわからなくなった。私はこれからその調査に向かう、この人形は置いておくから何かあれば声をかけてほしい。必要があれば反応する」
「え、あ、ちょっと!」
ヨゼフは早口でまくし立てその場から意識を遠のかせる。
問いかけるアイリスの声はもはや壁一枚挟んだ程度の言葉にしか聞こえない。
別位置に隠れ潜んでいる本体の中でコーデリアの監視に割くリソースを最小限に設定した上で、結界の外から大聖堂を囲う騎士団の人員の中に当然のように潜ませ情報工作に当たらせていた幾つかの人形へと意識を移す。
騎士団の面々は今日もまた会議を開いていた。
各種報告と今後の対応について検討が行われる定例会議において、紛れ込ませているそれなりの地位を持っている2名の人形を利用して会議を踊らせ貴重な時間を無駄に浪費させ続けていたのだが今回ばかりは違う。
「次に兵士たちの状態についてですがこの一週間様子見を続けたことからか緊張感がやや緩みかけているようです。しかし行動する上では適度な緊張状態と――」
「すまないが事情が変わった。少しばかり死んでくれ」
「は? ぎゃあ!?」
「ジェレミー!! 何をグアッ!?」
突如として報告者を刺殺したジェレミーと呼ばれた人形、その凶行に剣を抜いた騎士もまた隣に立っていた別の騎士に背後から剣で斬り殺される。
斬り殺されたものはヨゼフの手によって新たな人形として作り変えられ支配下に置かれる。
「全くいつまで監視してりゃ良いんだ。いい加減飽きちま――あぁ丁度良いところに、君も死んでくれ」
「え、ゲボッ!?」
「ようケヴィン。暇なら一杯やらねぇか?」
「なんだその酒? 一体どこから盗ってきやがった、手癖の悪い野郎め」
「じゃあお前さんはいらないってのかい?」
「そうは言ってねぇよ。どれ、飲むんだったらどこかからツマミの一つでも申し訳ないが死んでくれ」
「は? ガエッ!?」
「父さん! 父さん!」
「アントニー! 無事か! 無事だったか!?」
「一体何が起きてるんだ!? 突然、襲われて! さっきまで普通だったのに急に殺し合いが始まっ――ガボッ!? ど、う、ざん……っ!?」
「私のことを父と呼んで良いのは彩子だけでね。それと余り大事にはしたくないんだ、静かになってもらうよ?」
つい先程まで同僚だったものが、友だったものが、家族だったものが突如として襲いかかってくる。
そして殺されたものもまた立ち上がり別のものを標的として襲い始める。
まるで安直なゾンビ映画のワンシーンの如く騎士団内で次々と発生する凶行。
恐るべきはヨゼフが襲う人やタイミングを選別し計画的に行動を起こしたことでその凶行が襲われた者たち以外に発覚することはなかった。
こうして表面的には異常を感じさせないまま多くの騎士が殺害され、20分と経たぬうちに元々紛れ込ませていた人形も含め総勢127名の軍勢が完成する。
さしものヨゼフのこの一軍を操るにはその内1名に本体を移して可能な限り近い距離で運用しなければならないが、そもそも彩子の身に起こったトラブルの原因を探るために結界内に踏み込むつもりであったため何の問題にもならない。
「(年甲斐にもなくワクワクしてしまうな)」
今の彩子を作り上げてから四半世紀と2ヶ月17日。
ヨゼフはその期間をただ彩子を愛でる片手間で『黒曜の剣』に技術協力をしていた。
片手間だったからこそ、ここまで強く好奇心を刺激されることはなかった。
繋がりを断ち切ったそれが如何なるものか、それが新たな彩子を作る上でどう役立つのか。
その夢想に心躍らせながら、溢れそうな熱を携えヨゼフとその支配下に置かれた
その軍勢の中には当然のように結界の運用に関わっていた者たちが人形として支配下に入れられている。
それらを使って結界に施されたセキュリティさえ突破できれば、一軍を通すだけの穴を開けるなどヨゼフにとっては造作もないことだった。
大聖堂を囲う結界の一部を解除し、通り抜けた後で元に戻す。
ついでとばかりに結界にも一部手を加え、外を抑える騎士団にも容易に解除できないようにしておく。原因を調べるにあたり横槍を入れられたくはなかった。
「待て! 貴様ら一体何をしている! 戻ってこいッ!!」
「ふんふふん、ふーんふん♪」
後方から怒号が聞こえる。それは騎士団の長が強行した部隊とされるヨゼフとその人形たちに向ける制止の声だ。
しかし彼はそれを無視して楽しげに鼻歌を歌いながら大図書館へと足を向けた。
彼が話を聞くつもりがないのであれば人形たちもまたそれに倣う。
先んじて結界内を進んだ桜井達によって魔物の大多数が駆逐された敷地内、そこにあるのはただ漠然と存在しているだけのプラナリア・スライムの分体達。
ヨゼフの歩みを止めるものなど存在しない。
それがわかりきっているからこそ、彼は自身の知的好奇心の赴くままに悠然と歩みを進めていた。
故に。
結界の外側から、その溢れる『熱』を捉え、それが伝わる先々を探る魔眼の存在に彼は終ぞ気がつくことがなかったのだ。
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