127 裏設定


 禁書に指定される書物はそう多いわけではない。なのでそれに応じてこの部屋もそこまで広いわけではない。

 とは言え仮にも大図書館の中にある一区画、壁面に並べられた本棚にはびっしりと本が詰められている。


 地下であるが故に窓の類は一切無く、光源と言えば魔力を通すことで光を灯す道具のみ。

 部屋の中央には読書のためのテーブルが置いてあったのだが、今は意識を失ったコーデリアさんを横にするための簡易ベッド代わりにされている。


「う……ぐ……」

「母さん……大丈夫、大丈夫だからね……」


 痛みに唸る母親にエセルは優しく声をかけながらうつ伏せに寝かされたコーデリアさんの背中にある傷跡に手をかざしている。

 手のひらから傷口へと注がれていく光の粒子は『神聖魔法:再生』という初歩的な回復スキルだ。

 俺が渡したポーションもあるのでその程度の傷ならなんとかなる……と思っていたのだが、それがどうにも効きが悪い。


「(そう言えば年齢が上がると共にポーションの効力は下がるとかあったなぁ……)」


 ゲーム時代においては何ら意味のない裏設定の類なのだが、現実化に伴ってその設定は生きる人々に対して確かな影響を与えているらしい。

 というかその裏設定はポーションどころか魔法による回復にまで影響しているようで、安物のポーションでも応急処置には十分であった俺に比べて外見は30代ながら実年齢70歳を超えているコーデリアさんの傷口は流血が止まる程度に留まっていた。


 鎖によってつけられた肉を抉られた傷口の中に背骨のようなものが薄っすらと見えている。

 医療に関して素人である俺であっても背骨へのダメージというものがどのような結果を引き起こしかねないのかは何となく知っている。

 逃げるにしても動かしてよいものかどうかわからない。もはやこればっかりはエセルとコーデリアさんの頑張りに賭けるしかないだろう。


 とりあえず俺はコーデリアさんの手に『騎士の鋼鉄剣』を握らせておく。

 この武器には『微再生』と呼ばれる「毎ターン開始時に最大HPの1%を回復する」という効果を持つ特性が付与されているからだ。


 理屈の上では1ターン10秒であるため約15分もすれば全回復するはずだが、これもまた回復効果であるため魔法と同じく回復量が大幅に減退する可能性が高い。

 ハッキリ言って気休めになるかどうかといったところだが、無いよりかはマシだろう。


「ありがとう、トール」

「ん。じゃあ俺調べ物してるから、コーデリアさんが話せるようになったら教えてくれ。アイリス、2人を頼むわ」

「はい、わかりました」


 俺はアイリスにエセルの補助をするように頼んでその場を離れた。

 コーデリアさんは言わずもがなだが、母親が襲撃され傷つけられたという事実を前にエセルの顔色も悪くなっている。

 アイリスに求めたのはコーデリアさんではなく回復スキルを使い続けるエセルのストッパーとなる役割だ。


 今の彼女は魔力が無くなっても回復スキルを使おうとして、発動しないことに焦り精神的な悪循環に陥りかねない危うさがある。

 そんな時にアイリスが隣にいれば優しく諭して休ませるための説得ができるだろう。

 同じ状況になった場合、すぐに諦めるかとりあえず意識を刈り取りにかかるであろう俺にはできない役割だ。


「あ、そうよ! 『相子の水晶玉』! これを使って助けを呼べば!」

「まぁ無駄だろうなぁ」

「何でよ!?」


 目についた本棚から収められている本を抜き取ろうとした時、エセルの声が聞こえた。

 彼女はポケットに入れていた水晶玉の存在を思い出し、そこに希望を見出したようだが俺はそれを迷わず否定する。


「普通に考えて襲撃を仕掛けてきた時点で地上にいるだろう連中も奴らの仲間である可能性が高いだろ。それに……よっと」


 俺は自分が受け取っていた水晶玉を取り出すと、それを地面に叩きつけて砕く。

 するとエセルが何かに気が付き、震える手を自らのポケットに入れてそこにあるものを取り出した。


「……クソっ!」

「そういうことですか」

「そういうわけだな」


 エセルが怒りと共に床に投げ捨てたものは砕けた『相子の水晶玉』、その残骸。それを見てアイリスが納得の声を上げる。


 エセルが有していた水晶玉が砕けたタイミングから見て、彼女の持っていた『相子の水晶玉』は俺に渡されたものと連動していたのだろう。

 そしてきっとアイリスが持っているものはコーデリアさんの水晶玉と連動しているに違いない。

 つまりそもそも地上に異常を知らせる手段そのものが事前に封じられているのだ。これでは助けを呼ぶことなどできるはずも無い。


「じゃあどうすればいいのよ……何なのよアイツら……!」

「エセル、今は母親を治すことだけ考えろよ。隠し持ってたポーションも無くなったからその傷口治せるのはお前だけだし」

「……わかってる、わかってるわよ!」


 これからどうすればいいのか、襲撃者が何者なのか。

 エセルはそれらの不安を忘れるために頭を大きく振ると気合を入れ直して母親へ魔法を発動し続ける。


 俺はそんなエセルの姿から視線を外し今度こそ本棚に収まる本へと手をのばす。

 襲撃者について、これからのことについて、相手の目的こそわからないものの俺はその両方に推測混じりではあるが答えを返すことができる。

 だが俺のそもそもの目的はこの禁書区画にある本の中からダンジョン封鎖を解決に導く情報を探し出すことだ。


「(推測で答えを返してあーだこーだ言い合う羽目になるのも面倒だしな、エセルには悪いが俺は俺の目的を優先させてもらおう)」


 それに脱出するにしても結局はコーデリアさんの回復を待たねばならないのだから、それまでの時間を有効活用したところで文句を言われることなどあるまい。

 よって襲撃に関することについては一旦横に置き、俺は情報収集へと意識を向けることにした。


 幸いにも結界によって外部から守られているここならば収められている本を調べる時間は十分にある。

 なので俺はこの禁書区画に存在する隠し扉を出現させるために本の順番を入れ替えるパズルに挑むのであった。

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