124 知らない歴史

「ヒッヒーン!」

「うるせぇ!?」


 翌日、馬小屋で寝ていた俺は耳元で放たれたフロンの大きな鳴き声で叩き起こされた。


 時刻はまさしく日が出たタイミングであり、大体午前5時と言ったところだろうか。

 実に健康的な目覚めというか、普段起きる時間を寝過ごさずに済んだことに感謝してフロンの身体をブラッシングしてやってから一緒に馬小屋を出た。


 朝起きてやることと言ったらそりゃもうレベリングである。

 剣術、火剣、糸繍などの普段遣いするスキルに加えて単純な筋トレから気晴らしに変装や編み物等……成長状況によって時間配分は変わるがこれらのことを一通り行っていく。


 結果として『馬上で小脇に数々の衣装を抱えた男が鞘に収まった剣を振り回しながら足元から煙を立ててスクワットしながら回転しつつ衣服の着脱と糸を使って浮かべた化粧品を使ったり拭ったりを繰り返している』といった光景が生まれるのだが、最近は周りの連中も慣れてきたのか人様に怪我をさせるとかでもない限りは放置してもらえるのでありがたい限りだ。


「うわっ!? なんだあいつ!?」

「ひぃ、不審者!」

「な、な、何だぁお前! こっちに近づいて来るんじゃねぇ!!」


 そういえばここ学園じゃなくてエルフ領だったな。


 そんな調子で飛んできた憲兵にそこそこ長めの説教をされていたところでどこからか話を聞きつけやってきたエセルとアイリスに助け出された朝。

 「とりあえず午後から大図書館を利用できるようになるからそれまで本当に大人しくしてなさいよ!? フリじゃないわよ!?」と言われてしまったので、手持ち無沙汰になった俺はアイリスと一緒にフロンに跨り大図書館へと向かうことにした。


「良いんですか? 利用するのは午後になるってエセルさんが言ってましたけど」

「聖女の許可が必要な区画に関してはだけどな。一般開放されてる場所を利用する分には何の問題も無いだろ」

「なるほどー」

「フフヒーンっ」


 というわけでやってきたのは大図書館。

 大聖堂の外側を通ってたどり着くことができるその場所は敷地で考えれば真隣になるのだが、大聖堂そのものからはやや離れた位置に存在している。


 大図書館の外見は一言で表すならば『灰色の長方形』だ。

 大聖堂の幅と奥行きの長さからそれぞれ3分の2を抜き出した上で四角形を形成したかのような建築物は多くの書物を保管・管理するためだけにデザイン性を切り捨てて機能性を追求した結果として『灰色の長方形』としか言い表せないものになってしまっていた。

 しかしそのサイズ感や傷汚れ一つないのっぺりとした外見から、ここまで堂々と構えられると異質さよりも先に感心を覚える程度には印象的な建物になっている。


「んじゃ、ちょっと行ってくるからフロンはここで暫く待っててくれ。水と食料ここな。後、この器具のここを噛んで引っ張ると結び目が解けて抜け出せるようになる。もしも俺がお前を呼ぶ声が聞こえた時は外して来てくれ。ほれ、やってみ」

「フッ……ハフッ……ヒヒーン!」

「よーし上出来だ! お前は本当に頭が良いな!」

「フンスフンス!」

「いや桜井さん、ちゃんと結んでおかないとダメですってば」


 流石に馬は入館できないのでフロンは指定された駐車場のような広場で待っていて貰う。

 ちなみにアイリスの言葉は無視して馬が逃げ出さないように取り付ける器具に細工をしておく。

 逃走車ならぬ逃走馬はいつでも動けるようにしておくに限る。もちろん、『三天シリーズ』も忘れずにフロンに装備して大図書館の受付へと向かった。

 そして残念ながら馬もダメなら武器もダメということで、俺は大図書館の入り口にある受付にて腰の剣を預けて入館した。


 カーペットが敷き詰められた屋内でまず目に入るのは4~5mはありそうな本棚の数々、そしてそれよりも高い天井だ。

 とにかく収める本の数を重視しましたと言わんばかりにぎっしりと詰め込まれた幾つもの大きな本棚が縦横無尽に並べられ、多くの通路を形成している。


 また本や資料の劣化を防ぐために天井には一年を通して常に同じ温度と湿度を維持するための魔法陣が刻まれているようで、魔法の心得がある職員が時折それを動かすためのエネルギー……魔力を送り込んで補充している姿が見えた。ここらへんはアイリスがパッと見ですぐに理解して魔法のわからない俺に説明してくれた。


「でも何だか珍しいですね。桜井さんが鍛錬じゃなくて本を読んで時間を潰そうって考えるなんて」


 連なる本棚に沿ってスライドする梯子を使って高い位置にある本を取って戻ると、いくつもの絵本を小脇に抱えたアイリスがそう言った。


 確かに俺は四六時中レベル上げのことしか考えていないし、本当はエルフ領で発生するクエストにでも手を出して合法的に悪人の頭をかち割って回りたい気分である。

 ただそれは目の前にある学園ダンジョンの問題から逃避しているにすぎないし、それによって得られる経験値など一過性のものでその量もたかが知れている。

 なので今はレベル上げのための情報収集期間と割り切ることで自分の中の欲望を制御しつつ、この世界において俺の知らないことを学ぶことにしたのだ。


「俺の知識の大半は前世に由来してるからな。今回のダンジョン封鎖問題にどんな知識が役立つかわからない以上はこの世界でしかわからない知識に手を伸ばしておくのも一つだろ」

「なるほど。私てっきり本を盗み出すための下見とか言い出さないかと心配してましたが杞憂だったみたいですね」

「なんでばれ、ハハハそんなこと考えるわけないじゃん!」

「ちょっとは考えてましたね?」

「…………」


 俺はアイリスから目を逸らし、彼女は叱るように「おバカっ」と言って俺の頭をぺしんと叩いた。

 だって、有用な情報があったら独占したいと思うじゃん……。




「『対竜総力戦ドラゴン・レイド』かぁ」


 この世界において俺の知らない情報とは何か?

 そう考えた時、頭の中に真っ先に浮かび上がったのは『歴史』という言葉だ。


 ことゲーム内で開示されたこの世界で起きた大きな出来事などは当然のように頭に入っているが、それはどれもこれも本編ストーリーやキャラのシナリオに関わるものだ。

 それらの出来事はこの世界においても実際に存在しているのだろうけれど、そんなものはこの大図書館に残された『歴史』のほんの一欠片に過ぎない。


 今回俺たちが閲覧しようとしている国家の最重要機密情報、『ダンジョンは魔物の一種である』というのも魔物蔓延るこの大地で人類がどうやって共同体を作り上げ発展したのかという疑問を氷解させる『歴史的情報』にあたる。

 であれば同年代の『歴史』やそこから広がる技術なり書物なりに何らかの手がかりが見つかるかもしれない……そう考えて俺は適当な歴史書を手に取り机の上で広げているわけである。


 そして前世の頃から習得してる速読術を利用してページをパラパラ捲っていたところ、目についたのが『対竜総力戦ドラゴン・レイド』という単語である。

 何故この単語が目についたかというと、ゲーム時代最強の魔物であるドラゴンが関わっていることに加えてその出来事が記されてる年代が物凄く近年というか3年前なのである。


 曰く、ここ百年近く無かったドラゴンの襲撃に700名以上の精鋭を出して帰ってきたのは一割以下でエセルの父親は戦死したし『剣聖』のおじさんも半死状態になったとか。

 曰く、ドラゴン到来に際して邪竜信仰者を名乗る連中がテロ行為を行い国内の騎士団と戦闘。あっちこっちで同時多発したものだから民間人に犠牲者が出た上に治安が悪化したとか。

 曰く、ドラゴンの接近を感じ取った動物やテイムした魔物たちがパニック状態になり大暴れ、それによる事故被害が相次いだとか。


「全然知らんな……素振りしてた記憶しか無い……」


 読む限りかなりの大騒動だったようなのだが、その頃の俺はおじさんから剣をもらって「良い剣貰ったぜフッフー!」と喜びながらいつもの河川敷で素振りをしていた覚えしか無い。

 あの頃に獲得した経験値量に関しては「何月何日にこれくらい」と鮮明に思い出せる辺り俺の記憶力には問題が無いので、俺の周りでは何もなかったか騒動が起きるには起きていたけれど関心を向けていなかったかのどちらかだろう。……多分、後者。


 しかしおじさんも半死状態になるなんて相当な戦いだったのだろう。

 時期的に考えて原作ゲームでおじさんが命を落とした戦いとはこのことだったのかもしれない。

 となるとおじさんが剣をくれた時に言っていた「もう教えられることは無さそうだわな」という言葉の意味も変わってきてしまう……『剣聖』のおじさんが死ぬ覚悟で戦うとかこの世界のドラゴンどんだけ強いんだよ。経験値めっちゃ貰えそう。


 というか檜垣の奴、下手すりゃおじさんの形見を奪うことになってたかもしれんのか。

 こう……本人が居ないところで事あるごとに株が下がるのは自業自得の因果応報とは言え若干同情してしまう。

 なので俺はもしもここで何の手がかりも得られなかった場合には学園に戻り次第この事実を檜垣に突きつけて憂さ晴らしをすることを決心しつつ本のページを捲るのであった。

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