117 人は変わる
『冥府』と現世では時間の流れが違う。
よって『冥府』で数日を過ごしても現世ではそこまで長い時間は経っていない。
俺を追い駆けてきたアイリスと共にこれからのことを考えて『塔』でレベリングをして精神を落ち着けてから、俺は現世へと戻った。
学園ダンジョンは相変わらず閉鎖されたままであり、俺はそれを見てこの事態を解決する決心をより強く固めた。
トート神兄貴の助言に従いエルフ領に行くならば現地に詳しい案内人が必要だと考えた俺は元聖女候補という仰々しい設定を有しているエセルを同行させることに決めた。
多分滅茶苦茶嫌がるだろうが、最悪金で誘惑し拉致でもしてしまえば良いと思いながら学園を探し回っていた。
そこでふと窓の外を見た時にエセルが校舎の反対側にある廊下を歩いている姿が見えたので、俺は窓から飛び出し『
エセルが歩いていた方向から行き先が学園長室だとわかっていたので、その部屋の外に辿り着いたところで何やら中で興味深いお話を拝聴。
「これは渡りに船だ、大義名分がやってきたぞバンザイ!」と喜んだ俺は自分の存在をアピールして……まぁ後はご存知の通りである。
「うぅぅううぅ……ごごごごご……」
「桜井さん、エセルさんから変な唸り声が響いているんですけれど」
「今のエセルは有り金をカジノで全て溶かしたような状態だ、触れてやるな」
もう逃さないとばかりに俺の左腕をがっしり掴むアイリスを伴い、空いた右手でバグったエセルの手を引いて移動する。
エセルと共にエルフ領に行くことは決定したものの、彼女の本来の仲間は天内達だ。
見知った仲であっても一言入れておくべきだと考え、俺は天内と赤野がいるであろう場所へと向かっていた。
「あれ、桜井くん。目が覚めたんだ」
「ん、桜井だと? あぁ冥府から戻ってきてたのか」
渡した依頼書から多分ここらへんに居るんじゃねーかなーと歩いていたところちょうど良く赤野に遭遇、ついでにその横には檜垣の姿もあった。
原作ゲームの中ではよく見た光景ではあるものの現実世界で関わり始めたのはここ最近のためこの組み合わせは少々珍しい。
というか檜垣、俺にもっとかけるべき言葉があるんじゃないの?
アレだけ頭を打ち付けて死んだのだから心配の一言とかかけるべきじゃないの?
「あんなにも未練がましく絶叫しながら死んだのだから間違いなく冥府にたどり着くとは思っていたし、どうせ蘇ってくるとも思っていたからな。わかりきってることに対して心配なんて時間の無駄だろう」
「でも碧ちゃん、そう言う割には慌ただしく病院の手配とかしてたよね」
「頭の傷ぐらいは治しておかないと後で何を言われるかわかったものではないからな。まぁ最も、外傷は治せても中身まではどうしようもなかったが」
ははは、一ヶ月ほど前に俺の頭蓋骨を割りかけたくせに言うじゃねぇか檜垣このやろう。
だが社会奉仕精神に目覚めた今日の俺は寛大だ、実際に傷は治されているので喉元まで出かかった台詞は飲み込んでおいてやる。
「それはそうと天内に話があるんだがアイツどこに居るんだ?」
「隼人だったら商店街の方でお手伝い中。私達も頼まれた買い物の帰りだし一緒に行く?」
「私達も? 檜垣も手伝ってるのか?」
「私も天内の一件に関与していたからな、その償いとしてだ。結果的には桜井の罰を手伝う形になってしまっているのが少々おかしな話になっているとは思うが」
「ふーん」
「ふーん、て。お前なぁ」
そんな雑談を交わしつつ未だに「うごごごご」とバグり続けているエセルを赤野に渡し、アイリスを檜垣へと放流し、その代わりに二人の持っていた荷物を受け取る。
荷物は意外とずっしり重たかったので移動しながら筋力トレーニング。
持った荷物を上下させて両腕に負荷をかけていく……んー、入手経験値がゴミだが移動中に何も得られないよりマシか。
傍から見れば手荷物で筋トレをするというまるで子供のような行いを続けながら歩いていき、商店街へとたどり着く。
俺が渡した商店街の依頼と言えば看板の手直しか売り子の手伝いだったはずだが……さて天内はどこに居るやら。
天内を探して視線を巡らせれば商店街の奥の方に人だかりが見え、そしてそこから天内の声が聞こえてくる。
「売り子やってんのかあいつ。なんかこう……イメージ湧かないな」
外見こそ『ザ・物語の主人公』と言わんばかりのツンツンヘアーのイケメンなので”目を引く”という点で売り子には向いているとは思うのだが、売り子というのは素人考えでも積極的に声を出せる人間である必要があるように思う。
だが天内は本質的に受け身な性格で、また自己評価の低さから内向的な印象を感じさせる人物だ。
そういう内面的な部分は立ち振舞いに現れることもあるので、そういう点ではヤツに売り子がこなせるとは思えない。
心配……というわけではないが、無様な姿を晒しているならば目を逸らして口を噤んでやろうという優しさが俺にもあった。
「前までの隼人ならそうだったろうけれど、学園祭を通じて色々吹っ切れたみたいだから大丈夫だよ」
「あそこの人だかりの中心から強めの『熱意』も見えますし、嫌々やっているようには思えませんね」
俺の言葉に赤野とアイリスが反応する。
天内を誰よりも理解しているであろう幼馴染と、人の『熱意』を視ることができる魔眼の持ち主がそういうのであれば問題なく売り子をこなせているのだろう。
そうわかると湧いた優しさも途端に霧散するもので、もう放っておいてさっさとエルフ領に旅立ってしまおうかと思い始める。
しかしその考えを察したのか「ジトーっ」とした視線をアイリスが向けてくるので「どれ一つ天内の仕事ぶりでも見てやるとするかハハハハハ!」と足早に人だかりへと向かうのであった。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 本日目玉のバナナちゃん! 生まれは東外壁、ジェレオン農業地帯! 土地を治める伯爵夫人に見初められ、一房二房もぎとられ、朝昼夜と魔法使いが付きっきり、ピカイチ鮮度を保って運ばれて、やってきましたコルブッチ商会! 運び込まれた真っ黄色のそれを見て、我ら商会、一同並んでいざパクリ! 熟したバナナはなんともまぁ美味いこと! キャラメル絡めて食うもよし、焼くも美味しく、揚げても美味い! 大旦那様も喜んで、あれよあれよと腹の中! そこで我らが大旦那、フェデリコ・コルブッチ様が伯爵様へと願い出た! 是非とも、是非ともこの地に住まう民にも一口これを食べてもらいたい! 大旦那様の熱意に惚れ込んで、伯爵様が頷いて、エッサホイサと丁重にお運びしましたこのバナナ! 一房お値段400ゴールドの叩き売り! さぁさぁ買った、さぁ買ったぁ!!」
「
「ね? 言ったでしょ?」
見えてきた人だかりの中心には頭にねじり鉢巻を巻いてタンクトップ姿で逞しい二の腕を晒し、とても爽やかな笑顔と共に声を張り上げる天内 隼人がいた。
その堂に入った売り子姿に俺は驚き、赤野はまるで自分のことのように誇らしいとばかりに胸を張る。
「お兄さん一房頂戴な!」
「さすがお嬢さんお目が高い!」
「いやだもう、お嬢さんだなんて! もう一房追加で頂こうかしら!」
「毎度ッありがとうございまぁす!」
初老の女性におべっかまで使いこなしているその姿に、俺は人間変わるもんなんだなぁ……とただ驚くのであった。
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