115 ダンジョンの秘密

 真っ赤な顔に片眼鏡、白髪のオールバック。

 周囲に七色の書物を浮かべたインテリヤクザみたいな顔つきの男。

 それが『冥府』において右に出るもの無き知恵者にして魔法の神『トート』である。


「ふむ、ちょいと変なもんが混ざり込んでいやがるな。調整して馴染ませっからしばらく動くんじゃねーぞ」

「ういっす」


 宙を浮かぶ七色の書物が俺の周囲を飛び回り、謎の光線を出しては俺の身体を調べ上げていく。

 そのスキャン結果をもとにトート神は何十もの魔法陣を展開して俺に何らかの魔法的施術を施している。


 前回『冥府』に来た時は色々あって俺の魂は一部欠損が生じてしまった。

 それを補填し修復するために、俺は他人の魂を取り込んでいるのでその悪影響が無いかどうかの確認と調整をしてくれているらしい。


「しかしダンジョンに入れなくなった、ねぇ」

「何とかならんもんですかね」


 俺は施術を受けながらも自分をリラックスさせるために身体をほぐしつつトート神に問いかけた。


 ちなみに俺が今ある程度落ち着いているのは『冥府』で目覚めたその瞬間に『塔』に突撃して小一時間ほどレベリングをしていたからである。

 同じく『塔』に挑んでいた連中が大笑いと共に暴れまわる俺を発見し、その報告を受けたアヌビス神に捕らえられ、トート神に突き出された形だ。

 落ち着いて振り返ると『冥府』に来るまでの経緯が無様さに過ぎるため面目次第もないのだが、俺にとっては真面目に死活問題なので大目に見て欲しいところだ。


 そんな俺の問いかけにトート神は視線を合わせることもせず、施術のために魔術を使う手を休めること無く動かしながら返答する。


「ダンジョンが口を閉じる時は大体がテメェを成長させる時だ。新たな階層を追加して、内部構造を整えるために一度外部から入り込むものをシャットアウトする……まぁ店舗改装のために一時閉店するようなもんだ」

「でもトートの兄貴、聞いた話によると学生が内部にいる状態でいきなり閉じたらしいんすよ」

「となると違ェな。俺らの作った『塔』と違って現世の連中はあれで生きてやがるからな、内部に部外者が居るってんなら出ていくまで待つか邪魔だから追い出しにかかるはずだ」


 トート神がダンジョンのことを「生きている」と表現したが俺はそれに驚くことはなかった。

 なぜならこの世界においてダンジョンがどういう存在なのかを俺は当然のように知っていたからだ。



 ダンジョンとは、世界最大級の”魔物”である。

 食物連鎖の頂点こそドラゴンに譲るものではあるが、それに次ぐ存在こそが我らがダンジョンだ。



 魔物というものは個体に応じて様々な特徴がある、例えばそれがドラゴンであれば「刃を通さぬ頑強な鱗」「鋭い爪と牙を携え口から炎のブレスを吐く」「人を恐怖に陥れる咆哮」などの暴力的な特徴を持っている。

 ではダンジョンがどんな特徴を持っているかと言うと、ドラゴンの暴力性に対するかのようなが奴らの特徴だ。


 魔力というリソースが必要ではあるものの『マティエール森林窟』のように自身の内部にまるで別の世界のような空間を作り出したり、それこそ内部に発生するアイテムや魔物だってダンジョンが作り出している存在だ。

 何もかもを破壊するドラゴンに対してその気になれば何でもかんでも作り出せるダンジョンといったところである。


 連中は自分の餌となる魔力を得るためにアイテムや金銀財宝を作って身体の中に人を招き入れ、これまた作った魔物と戦わせることで魔力を回収していく。

 そして回収した魔力を使って内部を拡張して更に多くの人を招き入れ、さらなる魔力の獲得を目指す。


 そういうサイクルを繰り返して成長していくのがダンジョンという存在なのだが、何故こんなにもダンジョンが人類に焦点を合わせた生態をしているかと言うと”人類は繁殖力が高い上に保有してる魔力が多く、更に魔力の回収効率が良いから”である。


 細かな理屈はよくわからないが魔物を作り出す際の魔力消費量よりも人類が戦いの中で発する魔力量の方が高いらしく、魔法使いどころか俺のような剣士であっても戦えば収支はプラスになるらしいのでダンジョン的には大歓迎な存在らしい。

 だからこそ人類に挑み続けて欲しいダンジョン側とダンジョンが生み出すものを様々な面で活用したい人類側で共生関係が成り立ち、古代から始まったその関係は今なお続いているのだ。


 ちなみにダンジョン側の殆どは「死んだら死んだで人間っていっぱいいるし、その時はその時」と認識しているらしいので完全な味方というわけではない。

 しかし挑み続けてくれるならば人類が勝手に内部に手を加えることも許してくれたりもする。


 その最もたる例がみんなもご存知学園ダンジョンだろう。

 その存在を教育機関に組み込んだり、何なら30層を筆頭に非戦闘階層を作り上げたりと好き勝手利用しているが学園生という餌を定期的に放り込んでくれるのだからダンジョンとしては文句が無いのでその行いを許しているのだ。


 話がよくわからないと思うのであれば「人類は栄養価の高いプランクトンで、ダンジョンはそれを食べて生きるクジラ」だとでも思ってくれれば良い。

 最終的に栄養素になってくれれば構わないので、自分の老廃物なり生産物を使って文明を繁栄させようとクジラ的にはどうでも良いことなのである。


「(そういう意味では知性あるドラゴンに対して、何か社会性のある虫みてーな連中だな)」


 なお、冥府にある『塔』はこれらを神の力で再現しアレンジを加えたものである。

 それができるほど神々とは本来凄まじい存在なのだ。ただし適当に暴れていただけのバビ・ニブルヘイムは除く。


「原因、わかんないもんですかね」

「何らかの理由でそうしたか、そうさせられているかのどっちかだな。俺ら神々は『冥府』の世界に居を移してからオメーらが出会ったダンジョンに関しては何も知ら無ェし知るつもりも無ェんだ。現世に干渉しすぎるのはお互いのためにならねェからな」

「兄貴ぃ……そこをなんとか」

「ダンジョンを直接調べられるってんならまだしも、そうでも無いなら俺でもわからねぇよ。あれだ、そのダンジョンとの付き合いが長いってんなら歴史書なり何なりにもしもの時について記されてたりすんじゃねェの? エルフの連中とかがその手の書物保管してねェのか?」

「なるほど、エルフか」


 そう言えばダンジョンが魔物の一種であるという情報はエルフたちが管理している大聖堂の大図書館、その更に奥にある禁書指定された書物を保管する区画に存在するある書物の中に記されていた。

 しかもこの書物は隠し扉の先に保管されているので王族であっても代によっては知らない人物さえ存在する国家の最重要機密の一つだと設定資料で明かされている。

 人類社会においてダンジョンは必要不可欠なものではあるが、ダンジョンが魔物だと知ったことでそれに対する危険視から排斥運動に走る人物がいるかもしれない、故にこのような形で秘匿されているのだろう。


 本来であればその隠し扉の先に入るにはエセル・タイナーのヒロインイベントを消化した上で、禁書区画に立ち入りを許可されるほどに高い『信仰』スキルと隠し扉を発見するためのイベントフラグを立てている必要がある。

 だが今回は学園ダンジョンの一大事、ひいては冒険者学園の存在意義に関わる事態だ。

 エルフの保管する歴史書の中にはこの事態を解決する何かしらが存在していたとしてもおかしくはないと可能性を示すことができれば、権力ユリアとか権威おじさんとかの力でイベントを無視してゴリ押しできるかもしれない。


 ダンジョンの問題は俺の問題、レベリングに直結する大問題だ。

 その解決のために動くのは学園生であることも合わせて当然の義務であり、その中に「問題を解決できたらダンジョンを自由に使わせてもらえる権利とか貰えるかもしれない」「というか個人でダンジョンと契約して保有する手段とかもあるかもしれない」「プライベートダンジョンめっちゃ欲しい」等の邪念は一切何も欠片もない。


 故に俺の行いは胸を張れる社会正義に属するものであり、アイリス達に文句を言われることもないだろう。うん。


「そういうことなら……行くか、エルフの領地に!」


 それを確信した俺はへこたれては居られないなと身体に力を込めて気を引き締める。

 全ては俺のレベリングのため、俺の学園ダンジョンのため、現世に戻ったら早速出発だ!


「ざぐらいざぁぁぁぁああああん!!!!」

「ほぐぉ!?」


 そう決意したところで背後から襲いかかった衝撃に俺は顔面から床に叩きつけられた。

 それは俺が死んだことでパニック状態になってしまい、『冥府』に流れ着いているという一縷の望みに賭けてやってきたアイリスの突撃によるものであった。


「ざぐらいざぁぁん! よがっだぁぁぁ、よがっだぁぁぁ~~~!」


 同じ魂が『冥府』に二度三度と流れ着くことは稀である。

 アヌビス神でさえそう言うほどに俺の漂着は奇跡的なことだ。

 アイリスもそれを知っていたからこそここまでパニック状態になっているのだろうし、それでも諦められないからこそこうして『冥府』に探しにやってきたのだろう。


「言ったじゃないでずがあああああ! 二度も三度も冥府に行けるわげじゃないっでぇぇぇ! なのに、なのにあんなおバガな死に方をじでぇぇ!!」

「あぁ、うん。それに関してはなんも言い訳できないわ。できないからとりあえず背中の上からどいてくれアイリス、慰めようにもこの体勢だと何もできん」


 決意は一旦、棚の上に置いておくとして。

 とりあえずアイリスを落ち着かせるために「お前が何とかしろ」という視線を送ってくるトート神の前で、俺はあの手この手を尽くして彼女を落ち着かせる羽目になったのであった。

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