096 提案は笑顔で

「(いや、え? あー……? いやほんとわからん)」


 日々レベル上げに邁進する桜井にとって天内の抱える問題は「わけがわからない」としか言いようが無かった。


 勿論これでも『剣聖』の手ほどきを受けてきた身の上。

 ユリアたちの言葉を踏まえ、更に天内が転生者であるという点を考慮した上で今までの交流を振り返れば彼が抱えている問題というのはなんとなくわかってくる。


 原作主人公の存在に強く縛られていることや、そもそもの自己評価の低さ。

 現状認識の甘さやそれ故の積極性の欠如など原因や理由が積み重なって、天内は無意識の内にブレーキを踏んでしまっている。


 勘違いしてはならないのが天内が意図して手を抜いているわけではないという点だ。

 バルダサーレが口にした「全力ではあるが本気ではない」という言葉にあるように降りかかる物事イベントに対して彼なりに全力で取り組んではいるのだ。


 確かに桜井に比べればそのレベルが低いが、それは桜井がレベル狂いであったがための例外であり、天内のレベル35というのは本来9月に仲間となる檜垣 碧の初期レベルが40であることを踏まえると5月の段階では十分に高い。

 またユリアが評したように、槍に対してスキルを使わずに素手という圧倒的に不利な戦闘スタイルでほぼ無傷で勝利してのけた実力は一般的には称賛されてもおかしくはないのだ。


 それでも桜井には「わけがわからない」としか言い様がない。


 桜井は恥も外聞もなく、「レベルを上げたい」という自分の欲求に従いどこまでも正直に生き続けてきた。

 その在り方はある意味で幼い子供のようで、全力と本気が直結している状態にある。

 彼の中では「全力」と「本気」が常にセットであるが故に、片方が機能不全に陥っている状態が根本的に理解できない。


「(どーしたもんかな、これ。生徒連中が集まってる場所で堂々と指摘されちまってるし、これじゃあ俺の相対的評価上げ作戦がおじゃんだ。最悪、周りに認められなくともユリアだけでも倒してもらった上で彼女の発言力で周囲を黙らせることも考えてたけど……ユリア自身にも惜しまれちゃってるしなぁ)」


 そもそも桜井が天内に協力したのは愚者の首飾りを合法的に手に入れるためだ。

 原作主人公である天内ならば学園祭で難なくトップを取ることができるだろうし、ユリアとの戦いも主人公であればなんとかなると考えたからこそ彼の提案に乗ったのだ。


 しかしここに来て雲行きが怪しくなってきた。

 バルダサーレの指摘に答えを返せず、ユリアに惜しまれ未熟さを露呈する。

 これでどうして「周りに認められた上でユリアとの一騎打ちを制する」ことができるだろうか?


 少なくとも桜井でもわかるほどに今の天内は精神面が不安定になっている。そんな状態の彼が本来の実力を発揮することができるとは思えない。

 それはすなわちユリアとの一騎打ちにおける勝率の低下に繋がるだろうし、愚者の首飾りを手に入れる確率が下がることにも繋がってくる。


 桜井は悩む。

 天内を切り捨てて別の策を考えるか、それとも協力を続ける前提で一計を案じるか。


「……んー」


 天内との協力関係は愚者の首飾りという報酬目当ての利害の一致による対等なものだ。

 その目的が達成できなくなりそうならば、その協力関係を解消するのも1つだろう。

 しかし「解消」するにあたっても禍根を残すような真似をしてしまったら将来的に彼の力を借りることは勿論、最悪敵対して自分の邪魔になる可能性がある。


 思い出すのは冥府におけるアイリスからの説教だ。

 自身の有り様が許されているのは他者や社会が許容してくれているからに他ならない。

 それに甘え続けて好き勝手を貫き続けると、それは巡り巡って不利益へと繋がることになる。


 だからこそ解消するにあたっても「おめー雑魚だからやっぱ止めるわ! アバヨ!!」などと言って別れようものならば、以後の関係全てを溝に捨てるほどの覚悟をしなければならず、それが原因で将来的に妨害行為をされたとしても文句は言えなくなる。


 そして天内との関係性を全て捨てるという選択肢に待ったをかけるのが、もう一人の転生者『七篠 克己』の存在だ。


「(ほぼ敵対したようなもんだし、多分俺は目を付けられてるよなー)」


 宿での一件で、桜井は七篠が率いる黒曜の剣に関する多くの情報を耳にしてしまった。

 それが七篠の落ち度であるとは言えその情報を持ったまま生き残ってしまったのだから、七篠にとって桜井は邪魔な存在で普通なら早急に殺害しなければならない人物として扱われていてもおかしくはない。


 七篠 克己はボスキャラに転生したこともあってか、地力で言えば完全に格上の存在だ。

 宿の時は必然と偶然の奇襲に助けられ何とか逃げ出すことには成功したが、二度も三度も退けられる相手だとは桜井自身思っていない。


 倒すにしても退けるにしても荷が重い。

 できれば何かあった時に巻き込むなり押し付けるなりできる仲間が欲しい相手だ。


「(ここで天内を切り捨てて縁を断つよりも、泥舟が沈むまで一応は付き合って繋がりを維持しておいたほうが将来的な問題解決の手駒として数えられるか?)」


 検討に検討を重ね、見切りをつけようとする感情と将来的な実利を天秤にかけ。

 たっぷり5分を考えに費やした結果、やはりというべきか協力を続けた上で一計を案じることを桜井は決めた。


「よし、じゃあやるか」

「おや。何か思いついたのかな?」

「まぁ色々と……そうだ、ユリア。今からちょっと時間あるか?」

「構わないとも。今さっき私の都合に付き合わせてしまったからね、今度は私が都合をつける番だ」

「そりゃありがたい。じゃあどっか腰を落ち着けられる場所にでも行くか。ルイシーナも来てくれ」

「は? 指図しないでよ」

「りんご飴買ってやるから」

「……ふん」


 ユリアは桜井の言葉にそっぽを向きながらもその場を立ち去る様子のないルイシーナを見て、その子供っぽさに思わず微笑んでしまう。

 その表情に気がついたのか彼女は軽く舌打ちをして立ち上がろうとする桜井に八つ当たり気味の蹴りを入れる。

 それをりんご飴の催促だと勘違いしたのか、彼は「お前、りんご飴どんだけ気に入ってんだよ……」と呟きながら立ち上がった。


「話というからにはあまり人の耳が無い場所の方が良いかな? 近場に密会にはいい場所があるけれど」

「じゃあそこで。二人は先に行っててくれ、りんご飴買ってから行く」

「自分のものは自分で選ぶわ。金だけ出しなさい」

「あ、はい」

「それで桜井くん。話というのはどんな内容なのかな?」


 桜井の提案は彼が熟考の末に導き出した天内に関する結論から来るものだろう。

 ユリアとしてはそれが天内の全力を発揮させることに繋がるものであってほしいと願わずにはいられない。


「そう大したことじゃない。ちょっとばかり協力してもらいたいことがあるんだわ」

「その協力には私が首を縦に振るだけの価値があるものかな?」


 願望と、そして期待に胸を膨らませたユリアは問いかけに対して桜井は意地の悪そうな笑いを浮かべる。

 その笑みはユリアの経験上、自身の企みに確信を持った人間がする表情だった。


「いい表情だ。悪巧みかい?」

「もちろん悪巧みだ」

「ふふっ……どうやら私の中にも童女のような悪戯心がまだ残っていたらしい。桜井くんがどんな話をしてくれるのか楽しみで胸が高鳴り抑えが効かない。だからせめて、概要だけでも聞かせてくれないかい?」


 今のユリアはプレゼント箱を前にしてその中身に想像を膨らませる少女のようであり、彼女はまるで父親に中身のヒントをせがむように問いかけた。

 その表情に桜井も微笑ましさを感じたのか、彼もまた好奇心を煽るかのような含み笑いと共に「仕方ないなぁ」と言って――





「――あえて言うなら、ヒントは

「うん?」


 優しげな口調で、悪戯どころではないガチの犯罪行為を告げる言葉に流石のユリアも戸惑いを見せる。


 桜井 亨。

 未だ手段を選ぶ必要性にまで考えが及んでいない人間性ワースト級の男であった。

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