095 期待という名の祈り
「まぁ、大体はバルダサーレくんが言ってしまったね。しかし相変わらずよく響き渡る声をしているものだ」
そう言ってユリアは広場から視線を外し、建物の壁に寄りかかった。
それに追従するように桜井も背に乗るルイシーナを押し退けて、壁を背にして胡座をかいて座り込む。
ユリアがルイシーナの話でその存在を知った天内 隼人はその語り口の中で誇張されていると感じていた部分を差し引いても優秀と言って良かった。
戦闘スタイルのベースは地方に派遣されることの多い神官戦士が修める『聖闘派』と呼ばれる武術でありながらも、彼はその
年齢制限のない士官学校において今年で20歳になるバルダサーレは槍の使い手としては士官学校で五本の指には入る人物だ。
それに対して15歳という年齢も踏まえて考えると天内 隼人は間違いなく天性の資質を持っているし、相応の努力を積み重ねてきたことは間違いない。
「だからこそ、天内くんは酷く惜しい」
身体も技も磨き上げているからこそ、その心の拙さが目に映る。そしてそれは彼の戦いぶりに見て取れた。
「徒手空拳は一撃の殺傷力が武器使いよりも低い。特に多種多様な種類が存在する魔物を相手にするならば、急所が明確な人間と違って何度も何度も攻撃を叩き込まなければならなくなる。だからこそ徒手空拳の使い手の攻撃は自然と苛烈に、嵐のように激しくなっていく」
対して天内の戦いはどうだったか。
彼の打撃は正確無比であり、僅かな隙に吸い込まれるかのように急所に叩き込まれていた。
しかしユリアの眼を通して見れば攻撃時の踏み込みや拳に乗せる体重に「甘さ」があるのがわかった。
それは意図的なものではなく、心構えからくる無意識の手加減だというのがすぐに理解できた。
「わかりやすく言えば……そうだな。彼の打撃には思い切りの良さが足りない、ただ殴るだけで『殴り抜く』にまで至っていないといったところかな?」
バルダサーレに叩き込まれた彼の拳は正確に急所を打ち付けた、しかし更にその一歩先にある打ち抜く領域にまで届いていなかった。
「だからこそバルダサーレくんは倒れなかった。その鋼の意志でダメージを誤魔化し続けることができていた……私はそう見ているよ」
「気概が足りないってことか」
「ヘッタクソな演技で自分を騙しきれてないってだけでしょ」
「演技?」
桜井の言葉に対し、ルイシーナが興味なさげにそう言った。
向けられた視線に答えることもなく、齧りついたりんご飴の咀嚼面を何やらぼんやり眺める彼女はそのまま淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「受け答えとか所作とかが半拍遅い。外部の刺激を受けて演じてる役ならどんな表情や振る舞いをするかって考えた上での動きね。演じてる役を自分のものにできてない役者の動きよ。戦いの気概がどうのこうのなんて私にはわからないけど、不自然でヘッタクソな演技を続けてたら体の動きが悪くなるのは当然よ」
言うだけ言うとルイシーナは黙々とりんご飴を食べ始めた。
戦う者ではなく演じる者としての観点から語られた意見はユリアにとって新鮮であり、競技後に無理を言ってでも供回りに連れ出した自分を褒めてやりたいとまで思った。
だがユリアは得た情報を自らの中でまとめ上げるつもりはなかった。
自身とルイシーナが観察の結果手に入れた情報をこれまでの経験も合わせて分析すれば、『天内 隼人』の人間性を正確に捉えて今後の戦いや交渉などに大いに役立てることができるだろう。
しかしそれはしたくない。何故ならユリアは天内に期待しているからだ。
優秀な素質を持つ人材は何人も見てきたし、積極的に交流を深めようとしてきた。
そして期待を寄せてアプローチを繰り返しては「ついて行けないと」彼ら彼女らはユリアから離れていった。
疎まれてではない、至極単純に優秀な素質を持っている程度ではユリアについていけなかったから。
士官学校の教育というのは冒険者学園と違い「集団」を重視する場所。
その教育は長所を伸ばし優れた個人を生み出すものではなく、短所を潰して平均的とも言われる層を厚くすることを重要視している。
騎士達が担うのは主に国内の人間に関わる問題についてだ。
だからこそ上下の実力差に大きな幅がある冒険者よりも、平均層を厚くすることで多くの問題にでもそこそこ対処できる上に、引退や負傷などの理由で抜け落ちたとしても即座にその穴を埋められるように個々人の能力を画一化することを是としたからである。
ゲームで言えばレベル20台を量産することを重視した施設、士官学校。
そこに突如として現れたのが今やレベル60をも超える個人、ユリア・フォン・クナウスト。
入学当初からメキメキと実力を付けていく彼女について行ける者などおらず、そしてその土壌の性質故に生まれることもなかった。
もしも仮に彼女が冒険者として学園の扉を叩いていたならば、と思う者もいるかも知れない。
しかしそれは王族という身分が許さなかった。
王の血縁者が壁の外で活動する冒険者となるにはあまりにも問題が多かったのだ。
ユリア個人の資質に対し、その生い立ちと環境はあまりにも噛み合わせが悪かった。
彼女が集団の中で精神的に孤立する事態に陥ったのは、あまりにも当然の流れだと言えるだろう。
だからユリアは期待する、自分の隣に立てるかもしれない
だからユリアは考えない、期待した
付いてきて欲しいのだ、隣に立って欲しいのだ、対等以上になって欲しいのだ。
離れていった過去の人々を脳裏に浮かべ、また一人になってしまうという恐怖を振り払うためにも「彼ならば今度こそと」思わせ続けて欲しいのだ。
しかしその懇願にも似た想いに反して、広場で戦っていた天内は『心』の未熟さという底を晒し始めていた。
ただ目を逸らすだけならばいくらでもできた。
この場を立ち去ってもいいし、仲裁という形で介入してバルダサーレの口を閉ざすことだってできた。
それでも戦いの推移を見守ったのはユリアが今まで見た人物の中でも最上級の素質を持っている天内ならば、即座にそれを糧にして成長してくれると思ったからだ。
途中でやってきた桜井を迎え入れて巻き込んだのも天内が成長する場面を共に見て、喜びや感動を分かち合いたいが故のこと。
天内が提案した勝負における彼側の協力者であり、第四レースで公然とユリアどころか選手全員を敵に回しかねないほどに強烈な印象を残した桜井。
そこまで強い人物とは思っていないがあの『剣聖』の一番弟子ともされている彼ならば自分と同じ視点を持ってくれるだろうと期待したし、実際に彼は天内の戦いを見て同じ結論に至ってくれた。
後はバルダサーレの言葉に奮起して彼が認めるほどの会心の一撃を打つ天内を見るばかりだったのだが……結果はご覧の通り。
戦い自体は天内の勝利に終わったものの、天内はついぞバルダサーレに言葉を返すことができず精神的な部分で敗北することになった。
赤野やエセルと違い天内から目を離すことが無かったからこそ、彼が握り続けていた拳をユリアは見逃さなかった。
「(このままだと、十全な天内くんと戦うことができないかもしれない。彼が、戦いを避けるようになってしまうかもしれない)」
だからその場に居た桜井に、天内の協力者に彼の欠点を明確に伝えることにした。
自分と同じ視点を持てる桜井も勿論気がついているだろう。だがユリアは念押しするようにそれを伝えた。
軽く調べた限りでも冒険者学園で一二を争う問題児である桜井が天内の協力者として動いていることには理由があるはずで、きっとそれは何らかの利害の一致によるものだとユリアは考えていた。
であるならば彼は天内がユリアに勝利してもらわねば困るだろうし、今回の精神的敗北で天内が戦いを避けるようなことがあればフォローするなどの手を打ってくれるだろうと考えたからである。
「(えー……天内の奴、そんなよくわからん問題抱えて弱体化してんの……?)」
対して桜井は、天内を切り捨てるべきかどうかを検討し始めていた。
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