091 モブ野郎とチート野郎


 チート。


 前世では漫画やアニメ、ライトノベルの分野などで頻繁に現れていた言葉であり「強すぎる」「便利過ぎる」などの意味を持って使われていることが多かった言葉だ。

 しかしその本来の意味は「騙す」だとか「欺くこと」であり、俺たちゲーマーの間では忌むべき不正・反則行為として負の意味合いが強い。

 ある程度ゲームに触れたことがあれば、オンライン系のゲーム界隈で日々チート使用者による不正と運営による取締とがイタチごっこを繰り広げていることを知っている人も多いだろう。


 ゲームの世界におけるチートというのは製作者が意図して用意したものではなく、バグの利用やハッキング行為などで引き起こされるものが殆どで、基本的にはゲームバランスを破壊し公平性というものを損なわせてしまうものが多い。

 それは例えば一切のダメージを受けなくなる無敵化だとか、レースが始まった瞬間にゴール直前にワープするだとか、本来1つしか手に入らないアイテムを無限増殖させたりだとかだ。


 俺としては誰にも迷惑をかけないことが確実であるならば、ゲームの仕様の穴を突いたバグ技を活用することはある。

 一例を上げればそれこそ冥府から蘇る時に行ったアイテム増殖のバグ技だろう。


 勿論、その後ゲームがどうなろうがそれは自己責任の範疇。

 結果としてゲーム進行ができなくなったり最悪ソフトがぶっ壊れたとしても悪いのは自分だ。

 まぁ一度やらかして同じソフトを買い直す羽目になった経験があるので、そんなことになりかねないバグ技にはもう二度と手を出すことはしないと誓っているだけだが。


 そしてその上で外部ツール等を利用して意図的にデータを改造して行うチートや他者との接触が発生するオンラインゲームに関わるものについては絶対に手を出さないようにしていたし、前世の経験から良い印象が無い。


 前者はオフラインで一人で楽しんでいる分には自己責任の範疇だと思って口を出すつもりはないのだが、後者のオンラインゲームで行われるチートに関しては一時期プレイしていた作品で不正が横行していたこともあってむしろ純粋に忌避感が強いのだ。

 空間跳躍一撃必殺攻撃で人の獲物を横取りしていくクソ野郎がのさばっているゲームを続ける気力は俺にはなかった。


 ともあれ、その認識の善悪やら倫理観がどうこうは置いておくとして、俺のチートに関するスタンスとはこんなものだ。

 なので俺がそのチートというものを「プレイヤーに許された最高の特権だ!」と、別のプレイヤーを前に堂々と宣言する人間に僅かに眉をひそめたとしても、それは仕方がないことだろう。

 しかし七篠は自慢に夢中なのか俺の顔色に気がつくこともなく楽しげに自らの奥の手だと言うそれをを語り続ける。


「『世界介入システムコマンド』での魔法はどういう理屈かはまだよくわかんねぇけど、対象が自分自身で固定されちまうみてぇなんだ」

「対象が自分で固定?」

「あぁ、だからどんな魔法も自分に対して発動する。「火を起こせ」なら俺自身に火が付くわけだ。だからぶっちゃけ『世界介入』で使えるのは自己強化くらいしか使えねぇのよ。だからこそ、ここでチートコードが輝くわけだ」

「はぁ」

「ゲームでチートコードが発揮する効果って色々あるだろ? 無敵化、高速化、ワープだとか増殖だとか……でもそれってつまるところゲーム内のキャラクターにそういう情報を追加してる、つまり強化付与バフみたいなもんじゃないかと思ったんだわ。だったらそういう事ができるんじゃないかと思ってやってみたら、できた」

「できた」

「アホみたいに魔力食われるけどな! でもその間はまさしく無敵、俺に敵う奴なんて……まぁ剣聖くらいしか居ないだろうよ」


 その言い方だとチート使ってなお戦いを成立させるおじさんのヤバさが強調されるだけだが大丈夫か?


 というかアレコレ長々と講釈を垂れた割には肝心なところはボンヤリとしているし……まぁ、未知の情報を得ることができた上に目の前の男がチート万歳野郎だということがわかっただけ儲けものか。


「つーわけで俺の話は終わり。じゃ、対価を渡してもらおうか」

「あいよ。一度しか言わないからしっかり覚えろよ?」


 というわけで散々自慢話のようなものを聞かされた対価として、俺は天内の情報を七篠に渡すことにした。


 俺はこれでも取引に関しては真摯だ。

 だから天内がオペラハウス事件の解決者であることや、もう既にユリアのイベントを引き起こせるくらいの強さは持っているよだとか真実7割に嘘3割の特製ブレンドで内容を提供してやった。


「なるほどなぁ。やっぱ俺らと同じ転生者か。じゃなきゃ5月で姫さんのイベントを起こすなんて出来るわけがねぇ。オペラハウスでのことを踏まえるとレベルは70超えはしてるか……? いや~手強そうだな、勝てるかこれ? まぁ勝ち負けなんざ二の次ではあるけど」


 対する七篠の反応はこのような具合で、なんだか悩みながらもそれを楽しんでいるかのような状態で独り言をブツブツと呟いている。

 そしてその思考の中でふと気がついたように顔を上げると、七篠はニヤリと笑って俺に声をかけてきた。


「なぁ、お前……あれ名前聞いてたっけ? まぁいいや、お前さ『黒曜の剣ウチ』に入らねぇか? 幹部扱いで受け入れるからさ」


 名案だとばかりに明るい笑顔を向けてくる七篠に俺は思わず口から「は?」と一言こぼしてしまう。


「転生者である主人公を相手にするなら、俺一人よりお前も加えた二人の方が絶対に楽じゃん。数は力ってやつだ」

「俺にメリット無いじゃん」

「そこはすり合わせ次第だな。少なくとも『黒曜の剣』っていう組織の力は利用できるようになるぞ? 必要なアイテムとかは部下に言えば勝手に集めてきてくれるし、精度の高い情報を個人で集めるよりも早くそして多く手に入れることができる。お前の目的にもきっと答えられるはずだ」

「いや、俺の目的ってレベル上げすることなんだけど」

「ならそれこそ組織の力が大きなメリットになるじゃねぇか! 強くなるためには良質な武器を集める必要があるし、アイテムや狩場の占有だって必要だ。それをするなら人手が多いに越したことはないだろ? それにさっき殺した騎士共の経験値気にしてた辺り『倒せば経験値が入る』感じなら、部下に魔物を弱らせてトドメだけ貰っちまえばパワーレベリングだってできる!」


 いや、それじゃ俺がレベル上げを楽しめないだろうが。

 なんでこいつ、『レベル上げ』と『強くなりたい』を履き違えているのだろうか?


 積み重ねた経験値に対して成長と成果が約束されているからこそ、俺はレベル上げが大好きで日々それに邁進している。

 しかし勘違いしないでもらいたいのは俺にとって強くなることはレベル上げの副賞というか……おまけみたいなものなのだ。


 例えば長い時間をかけてレベルアップした結果、筋力の数値が+1されるとしよう。

 そこで「アレだけ頑張ったのにこれだけしか上がらないの?」となるのが一般的なレベル上げを強くなるための手段としている人だ。

 それに対して「ヒャァ! レベルが上がったしステータスも増えたッホホォイ! フヘェッフェッヘェァ! オッホホ、たーのしー!」となるのがレベル上げを目的としている人間こと俺だ。


 勿論、強くなれば新たな魔物を倒せるようになるしダンジョンの更に奥まで踏み込めるようになる。

 それは経験値効率の上昇に繋がるのだから、強くなるに越したことはない。

 だがしかし、レベル上げが目的である俺にとっては「成長した」という事実こそが重要であり「成長度合い」にはたいして注目はしていないのだ。


 当然この考えが少数派であることを俺は自覚している。

 だからこそ俺はしっかりと目的はレベル上げだと、手段ではないのだと明言したのだ。

 なのになんで「強くなること」だと間違えるの? おかしくない?


「それに仲間になってくれれば、俺も『世界介入』を教えることに抵抗なくなるしな。お前ってモブキャラだから時間はかかるだろうけれど、プレイヤーであれば何だかんだ習得できるだろうし、覚えちまえば後は『事象改竄チートコード』で楽々レベルアップできるはずだ」


 そして七篠は今いる場所が無人の廊下であるというのにわざとらしく首を左右に振って周囲に誰も居ないことを確認すると、ニヤつきながら身体もろとも顔を近づけ、口元に手を添えて囁くように呟いた。


「いや、レベルアップなんて生易しいもんじゃない。『事象改竄』でレベルを上限到達カンストさせちまえば、くだらないレベル上げから開放される……そう思わないか?」


 甘い甘い誘い文句のつもりだったのだろう。

 しかしそれは俺の対応を決定づける決め手となり、冷静さを保つことに努めながら俺はニコニコと笑みを浮かべる七篠に答えを返す。




「レベル上げが目的って言っただろうが。おととい来やがれこのアホンダラが」



 俺は冷たい視線で嫌悪感を隠すこともなく、中指を立ててそう言った。


 正直に言うと『事象改竄チートコード』に不満があったわけではない。

 むしろ経験値効率の上昇やレベル上限の無限開放、空間跳躍によるダンジョン移動などそれができるのであれば利用したい気持ちはある。


 なにせ今はゲームと違って明確に命を担保に敵と相対する現実の世界、失敗は命を落とすことに繋がり普通はコンティニューやリトライなどできない世界なのだ。

 だからこそ忌避感以上に使えるものを使わない馬鹿馬鹿しさが俺の中で大きく上回る。

 なのでそれが不正の名を冠したものだとしても、それでレベル上げがより効率的にそして長く楽しめるようになるのであれば俺は喜んで手を出すだろう。


 だから七篠が提示した手段が問題なのではない。


 レベル上げ努力することを『くだらないもの』だと口にしたこいつの手だけは未来永劫というだけの話だ。


 逆鱗に触れられて露骨に態度を隠すことが無くなった俺に対して、まさか拒否されるとは思っていなかったのであろう七篠が目を丸くして数秒固まる。

 そして奴は僅かに肩を落として「そっか」と少々残念そうに呟くと、それを吹き飛ばすかのような快活な笑みを浮かべた。


「じゃあ死ねよ」


 七篠が後手に隠し持っていた両手剣を片手で振るう。

 それは即座に防御に回した俺の剣に触れると、刃同士が擦れ、火花を散らして逸れていく。


 元々襲いかかってくるだろうと予期していたことや両手剣の長さがこの狭い廊下に合わず、その切っ先が壁面と擦れ合い速度が落ちたことで何とか受け切ることができたが、その剣の速度は剣聖であるおじさんに次ぐほどに速い。


 身を屈め続く二撃目を躱し、屈んだ俺を両断しようと予想通り上段に振り上げた七篠に勢いよくタックルを叩き込む。


「ぬおっ、と!」


 衝撃にたたらを踏んだ七篠と俺の間に距離ができる。

 それは互いに一瞬で潰せる程度の距離ではあるが、面を向かって仕切り直すには十分なものであった。


「まさか防がれるなんて……腐ってもプレイヤーか」

「剣を抜身で持ち続けて、近づいてきた時に身体の後ろに隠し持ってりゃ、断った瞬間に襲いかかってくるなんて誰にでもわかるだろ」

「カッコいいこと言うじゃん」

「そもそも俺のこと断ろうが何しようが殺す気だっただろ?」

「あちゃ~そこからもうバレてたか。まぁこれでも悪の組織の人間だしな、そりゃ目撃者は殺っとくべきだろ? あ、でも、俺と同じ転生者プレイヤーに出会えたことは素直に嬉しかったからさ、色々語ったのはその礼だ。いわゆる冥土の土産ってやつだな!」


 何処かで何度も聞いたことがあるような台詞を口にする七篠、まるで悪役である。悪役ボスキャラだったわ。

 ならば剣の錆にしても問題ないし、経験値の糧にしようと誰に怒られることもあるまい。

 まぁ事前準備無くボスキャラソロ攻略とか厳しいから、逃走は常に選択肢に入れておくけどね?

 心は怒りに燃えてても、客観的に勝ち目が薄いから頭はクールにしておかなければ……ヨシ! 殺せる余地があればぶっ殺してやる!


「あ、そうだ。そういやお前の目的聞いてなかったな」

「は? 今になって言うとでも思ってんのかテメェ」


 ですよねー、と思いながら俺は軽く息を吐いて剣を構える。


 場所は宿の内部、4階。個室に続く扉が連なる長い直線通路。

 幅はそれほど広いわけではないので、刀身の短い片手剣を持っている俺のほうが両手剣を持つ相手よりも武器を振りやすいだろう。

 出入り口に繋がる階段は七篠を挟んだ先にある。不幸中の幸いと言えば、今の立ち位置が階段側に近いため後ろに下がる分には十分な距離があることだろうか。


「(宿の壁、それなりに厚そうだな。この分だと暴れても外に騒動が起きてることは伝わらないか)」


 七篠から注意を逸らさぬように意識しながら、不意打ちされた時に作られた壁の傷など周囲の情報を収集する。

 時間にして数秒の睨み合い。

 その間に俺は作戦を概ね組み立て終えて、肩の力を抜いた。


「程々に遊んでやるよチート野郎」

「言うじゃねぇかモブ野郎が」


 互いに吐き捨て、互いに剣の射程へと踏み込んでいく。七篠が振るう両手剣が壁を抉って迫りくる。

 その一撃は速度も威力も俺のそれとは比べるまでもなく格上であり、だからこそ培ってきた対人経験が生きてくる。


 剣を剣で受け止め、逸して流す。

 安易な反撃は行わず、じっくり腰を据えて観察を続ける。

 俺の防御が破られるか、はたまた廊下の突き当たりに押し込まれて斬り捨てられるか。それまでに反撃の糸口を掴むことができるかどうか。


 七篠 克己との戦いは、まずは防戦という形で幕を開いた。

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