086 お手製進化
「チッ!」
ついにユリアの放つポールがアイリスの防御を抜けて俺にまで届き始めた。
俺は剣を片手で振るいポールを弾き飛ばすものの、ブレた体勢を立て直すために戦車のスピードを落とすことを余儀なくされる。
「桜井さーん! ごめんなさーい!」
「気にすんなアイリス問題ない!」
一番最悪の事態は荷馬車に乗せていた荷物袋にポールが直撃していた場合だけであり、スタート直後の罠さえ上手いこと行けば大凡問題はない。
俺は準備のために更にスピードを落とす。
ユリアはその行いに僅かに眉をひそめるが、彼女の乗る戦車の御者はこれを好機と見たのか手綱を振るってそのスピードを上げた。
小粋の良い足音を鳴らして駆けていくその姿を見送りつつ、俺はアイリスに魔法を詠唱させ始め自分の手元の近くに荷物袋を引き寄せタイミングを見計らう。
「――っ、止めるんだ!」
「えっ!?」
「早く!」
コースの最後にあるカーブを曲がり終える直前、何かに気がついたユリアが御者の肩を掴んで声を張り上げた。
御者は突然の指示に困惑しながらも手綱を強く引き戦車の動きを止めようとするが、勢いづいていた馬も荷馬車も簡単には止まることは出来ない。
「間に合わない、かッ!」
即座にユリアは自身の換金で作り上げた何本もの刀身を前方の虚空に撃ち込むが、彼女の言う通りもはや状況は手遅れというもの。
そしてそのままユリアの乗る戦車は俺の手によって作られたワイヤートラップ地帯、入場口とスタートラインの選手達を今だに繋ぎ続け張り詰めている何十本も糸の中にそのまま突っ込んでいった。
「不覚、だね。糸を切るんだ早く!」
ユリアが同乗していた騎士見習いたちに即座に指示を出し、馬や荷馬車に絡まった糸を剣や作り出した刀身を振るって次々に斬り裂いていく。
戦車から降りてしまった選手は失格となるためユリアとその仲間たちは荷馬車の上から武器を振るっているのだが、流石にスタート地点でまごついていた連中とは動きが違う。ユリアの的確な指示もあって、糸による足止めは彼女たちを三十秒ほど拘束することしかできなかった。
しかし、レースにおいて三十秒というのは致命的なロスだ。
馬の脚力があればその三十秒の間にユリアたちとの間に開いている距離を十分に潰すことができる!
「チャンスだウマァ! 全力で駆け抜けろ!」
「ヒヒッン!」
手綱でウマの身体を打ち、全力で駆けるウマに引かれて俺の戦車はユリアたちとの距離を詰める。
そしてそのまま立て直しを図っているユリアを横目に、彼女たちが糸を排除して斬り開いた通り道をありがた~く感謝しながら通り抜けた。
しかし通り抜けた先、2周目に突入するためのスタート地点には俺の罠によって動きを止められ、諦めや荷馬車の破損など様々な理由で馬共々脱落した選手たちの戦車の残骸がまるでバリケードのようにゴロゴロと固まって放置されている。
当然、目の前に広がる残骸の壁に俺らの戦車が通り抜けられるような隙間はない。
しかも、その残骸に組み込まれて身動きが取れなくなった戦車の中にはもはや試合を放棄して妨害に精を出そうと近寄りつつある俺たちを狙う性根の腐った野郎共まで待ち構えている始末。
この光景を前に愚直に直進しようものなら、自分たちがどのような末路を辿るかというのは手に取る様にわかるだろう。
「しかし勝利への道は前進あるのみよ! アイリス、やれ!」
「よっこいしょー!」
アイリスが魔法を発動した。それは彼女が冥府の塔の中で俺と檜垣に対して使用した大量の水を生み出す魔法だ。
掲げた長棒の先に生まれた巨大な水球を振りかぶり、彼女はそれを残骸の壁に向けて叩きつけた。
生まれる津波、待ち構えていた選手たちもそれに飲み込まれ、居座っていた残骸から流しだされてしまいその殆どが正式に失格となる。
後に残ったのはびしょ濡れの残骸と水を吸収しグチョグチョの泥道になったコース、そして津波を受けてなおコースに身を落とさずこちらを狙う真性のお邪魔虫共。
魔法で全員を押し流すつもりであったアイリスが、その姿を見て声を上げた。
「桜井さーん! まだ残ってる人居ますよー!」
「大丈夫、誰がこの状況を作り上げたと思っている! 荷馬車にしっかり捕まってろ!」
「ヒヒーンッ!」
急かされたウマは泥道にやや足を取られながらも速度を落とすことなく戦車を引き続ける。
目の前に残骸の壁が迫ろうとも臆することのないその肝の座りっぷりに満足しつつ、俺はその姿に褒美を与えるかのように荷物袋から3つのアイテムを取り出す。
向こう側が透けて見える程に薄い『
巻き尺に収納された特殊な生糸である『
馬の頭をモチーフにした平べったい鋼鉄のプレート『
何を隠そう、それは先の事件で手に入れた『三天シリーズ』と呼ばれるアイテムたち。
俺はそれを掲げ、迷わずウマへと装着する!
「さぁ進化の時間だウマァ! 今度はビビって暴れるんじゃねぇぞ!!」
羽衣が仙女のごとく絡みつき、背に付けられた鋼鉄のプレートから羽が生える。
その疾駆の先には巻き尺の力により作られた雲の道が空中に向けて形成されていく。
『な、何だあれはー!? 馬が、翼を生やして、空に駆け出したー!?』
「ハッハッハーッ!」
困惑する実況の声に応えるように俺は笑い声を上げた。
ゲーム時代は如何なる装備アイテムもその対象はキャラクターに対してのみ、しかし現実化したこの世界において身につければ力を発揮する装備が人間だけにしか使えないという道理は傲慢と言うものだろう。
傷ついた動物をポーションで癒せるならば、空を駆ける力を与える三天シリーズだって動物に装着すれば効果を発揮する!
つまりこの三天シリーズさえあれば、馬だろうが魚だろうが空は飛べる! 飛べるのだ!!
「これぞ俺のお手製人工ペガサス! ウマより進化したウマ・ザ・ペガサス! 地を這う負け犬共はせいぜいこの雄々しき姿を目に焼き付けるが良いわーッ!!」
「どうして桜井さんは露骨に恨まれるようなこと言うんですか!」
『ウマ・ザ・ペガサス、安直ね』
「んだとルイシーナ! だったら俺以上の命名してみろや! センスのある名前って奴をよォ!」
「そんなことよりしっかり手綱を握ってください桜井さん!」
おっと危ない危ない。しっかり手綱を握っておかなければウマの挙動次第で荷馬車の車輪が雲の道から外れて真っ逆さまだ。
それに後は宙を駆け抜けてコースを周回するだけなのだが、泥と残骸の壁で身動きが取れなくなっているユリアが何をしてくるかわからない。
ここで墜落した日には笑いもの不可避なのだか、気をしっかり引き締めなければならない。
「まぁ下からできることなんて限られてるから高度上げちまえば後は一方的なんだがな! さぁ空を駆けろウマ・ザ・ペガサス! もっと高く、もっともっと高くだ!」
「ヒヒーンッ!!」
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