085 唯一存在

『さぁ! それでは各選手の紹介も終わり、もうすぐスタートとなります!』

『ユリア以外はどいつもこいつもパッとしないわね。ちょっと亨、貴方何か面白いことしなさいよ!』

『亨……桜井 亨選手ですね。パーティメンバーは、うん? ちょっと情報が無いですね転入生でしょうか? 活動履歴はありませんし、いわゆるダークホースのような存在でしょうか? これは期待が高まります!』


 無駄に注目を集めるような真似はお止め下さります?

 ほら、何か周りの連中みんなして俺のこと見始めたじゃん。

 下手に顔を覚えられて恨まれたりしたら返り討ちにするの面倒なんだけど。


 まぁそれはともかくレースである。会場である競馬場は大凡現代のそれと大きな違いはない。

 強いて言うならば中央に存在する円形のコースが芝ではなく土を均していることと、スタート位置にスターティングゲートのような枠は無く、横一列に並んだ参加者たちの前にフックを利用したロープが張られていることだろうか。

 このロープには審判が軽い魔法を当てることで真上に跳ね上がる仕掛けが施されており、それがレーススタートの合図となっているのだ。


 参加するパーティは1レースに9組。今回はやや士官学校側に人数が偏っており、士官学校側が5組で冒険者学園側の参加者は俺を含めて4組だ。

 所属毎に交互に並んでいるために俺の両脇はユリアのパーティと別の士官学校のパーティで固められている状態であり、参加者同士は現代の競馬のように柵で区切られている訳でもないのですでに参加者同士で牽制が始まっていたりする。


 冒険者側も士官学校側も、軽口で挑発したり相手の馬をビビらせようとわざと自分の馬を近づけたりと小賢しい事を繰り返している。

 当然、ユリアとは反対側にいる隣の士官学校生たちが俺やアイリス、そしてウマにもちょっかいをかけてくる。

 しかし俺が歩法と素振りを組み合わせた新たなレベリングスタイルで荷馬車の縁の上をスライド移動しながら「キェェェェェ!」と奇声を上げれば相手は黙るし、家のウマもこれを見越して肝が座っている奴を選んできてもらったので何の問題もなかった。


『それでは第四レースが今、スタートを迎えます!』


 実況席に座る女子学生の言葉に会場の意識がレースコースへと向けられ、俺は荷馬車の前方でウマの手綱を握り締めて他の選手同様意識を集中させる。


 数秒か、数十秒か。

 感じる静寂は過度の集中が齎したものか、それとも実際に会場が静まり返っているのか。

 結論の出ぬままにその時はやってきた。


「スタートッ!」


 審判の声とともにロープに向けられた魔法が炸裂、乾いた破裂音と共にロープが高く跳ね上がり参加者たちが手綱を振るって駆け出した!


「うわっ!?」

「なんだ! 何が起きた!?」

「きゃあ!!」


 そして走り出して数mの地点で突然後方から「ガゴンッ!」と何かが大きく歪む音が響き渡り、それと同時に俺とユリアを除く全員の荷馬車が不自然に急停止!

 当然、その上に乗っている人間は慣性によってつんのめり、中には荷馬車から転げ落ちて失格となる者まで現れ始める!


「スタート前の整備点検は重要ってなァ! あばよ者共、自らの不覚を恨むが良いさ!!」


 事態の真実は俺の小細工にある。

 俺がわざと遅れてコースに並んだのも、全ては入場ゲートと各選手の荷馬車を糸繍スキルを使った糸で結びつけるためだ。糸は戦闘にも使えるくらいには頑丈なので、数本束ねてワイヤーのようにすればこのような運用もできるのである。


 結果として俺と小細工に気がついたユリア以外はスタートから数mの場所で立ち往生。糸を切ろうにも車輪から入場ゲートに伸びる糸を荷馬車の上から切ろうとするのに四苦八苦し続けている。


 中には馬を走らせて無理やり引きちぎろうとしている選手も居るがそれは悪手と言うものだ。

 糸もそうだが競馬場の入場ゲートはかなり頑丈に出来ているため、最初に糸で繋がっている戦車達を引き止めるために多少歪んだ程度で今はもうびくともしない状態になっている。

 走り出そうとする力は荷馬車もろとも横滑りする力に代わり、結果的に隣で引き止められている戦車にぶつかってしまう。

 そしてお互いに罵り合って、そのせいで糸を斬るのに更に時間がかかって……と悪化し始めるのだ。


「それじゃあ、私はお先に行かせて貰うよ?」


 順調なスタートを切ることが出来たが、それで1位になれるかと言うとそうは問屋がおろさない。

 俺の罠に気が付き並走しているユリアがその腰にぶら下げているグリップを握り、それを服とをつなげる金の細い鎖を引きちぎるほどの勢いでその先端を俺へと向けた。


「『換金』」


 ユリアが自らの技を使うための定型句キーワードを口にする。それに反応し、千切れた金の鎖が宙を舞う。

 鎖はグリップの先端にて熱せられた金属が無重力で浮かんでいるかのような球体へと変わったかと思うと、その次の瞬間にはレイピアの刀身を思わせるような金色のポールに作り変わる。


「『穿て』」


 そしてユリアの言葉に応えるようにこちらに向けてポールが射出された。

 相手を傷つけないように配慮された丸みのあるポールではあるが、その射出速度は弓矢と同じかそれ以上。如何に刃ではないとしても金属棒が相応の速度で飛来すればそれは十二分に驚異というものである。


「させません!」


 それに反応したのはアイリス、彼女は手にした長棒を振るい飛来するポールを叩き落とす。

 対して即座に袖口のボタンを『換金』することで新たなるポールを作り出したユリアが第二射、第三射を続けざまに撃ち込んでくる。それはもはや弓矢どころか拳銃のような連射能力を有していた。


「間近で見ると、贅沢なもんだなぁ!!」


 俺は手綱を握りながらもアイリスとユリアの攻防を横目で見つつ、思わず声を上げた。

 なにせ先程から彼女が刀身に変換している鎖やボタンは純金製であり、それを全く惜しむことなく武器へと変えて撃ち込んでいるのだから。エセルが見たらきっと卒倒する光景だろう。


「『換金三連、全弾穿て』」

「その程度で!」

「ハハハハ! 三連射も通じないか! これは素晴らしい、これはもう少し金額を上げる必要があるかな!」


 ユリア・フォン・クナウストが心底楽しそうな笑みを浮かべて、取り出した細い金の延棒を新たなポールへと『換金』する。

 撃ち出されたそれをアイリスはまたもや棒術によって弾き飛ばすものの、先程までとは段違いの衝撃に手がしびれたようで、ユリアを見据えながらも棒を握る手を開いては握るを繰り返していた。


 王族生まれの男装の麗人、ユリア・フォン・クナウスト。

 彼女の使うスキルの名は『換金術』と呼ばれるアイテムの価値を戦闘能力に変換する特殊スキル。


 それは戦闘開始時と攻撃時に所持しているアイテムを換金消費することでそのアイテムの価値値段に応じたダメージや効果を発揮するスキルであり、唯一無二レベルの高価なアイテムを消費してしまえば原作における最大火力を発揮することができる性能を持っている。

 しかしその反面、彼女はどんな雑魚戦においてもアイテムを消費しなければならないキャラクターであり、ボス戦前後で所有しているアイテム合計数の桁が1つ下がると評判の金食い虫。


 ついた渾名が「王族銭闘士ロイヤルゼニント」。


 このゲームでただ一人の『戦闘型錬金術師』である。

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