083 最高の台詞だな


『さぁさぁついに始まりました! 学園祭、第一競技『戦車競走』! 実況は私、学園新聞部所属の武谷(たけや) エリーと!』

『士官学校第十六小隊所属、解説者……の代理。ルイシーナ・マテオスよ』

『あれ? 代理? というかルイシーナって』

『他人の空似よ。前任者は今頃ロッカールームで眠っているだけだから気にしないで』

『まぁむさ苦しい男よりも華のある美女のほうが私も嬉しいですので良しとします! それでは第一走者の皆様が出揃うまでにルールと順位毎に支給されるポイントをおさらいしておきましょう!』

『えー、妨害有りだけど重症を負わせるようなことは禁止。馬は狙ってはいけない、荷馬車が破壊されたら失格、コースに降りても失格、諦めたら失格……ちょっとこのルールブックもうちょっとポジティブなこと書けないの? あれは駄目、これは駄目だけだとやる気が失せるわよ。順位だけじゃなく、レース毎に面白い活躍をした奴に特別ポイントを与えるくらいの褒美は出しなさいよ』

『おーっと解説者がルールに物申し始めた~~~! しかし我々にはそれを実現する権限がありません!』

『ならちょっと運営のテント行ってくるわ。貴方、私が戻ってくるまでレースの開始を引き伸ばしてなさい』

『スタッフ~! スタッフの方~! なんで微動だにしないんですか~!? 私、この自由人に早くもキャパオーバー気味です!』


 借り受けた競馬場に快活とした女子生徒の声が響き渡る。

 席に詰め寄っている人々も競技の開始を今か今かと待っており、全体的にソワソワとした空気が漂っていた。


 しかしルイシーナの奴、あんなところで何やってんだ?

 俺の邪魔をしないのはまぁ良いのだけれど、一応は死人として報道されているのだからあまり表に立って厄介事を引き込まれても困るのだが。ほとぼりを冷ますという気が無いのか……?


「やっと見つけたぞ桜井」

「お、檜垣じゃん」


 選手用の通路から競馬場の様子を見ていた俺のもとに檜垣が靴の音を鳴らして現れた。

 いつもの純白の制服に加えて運営側であることを示す蛍光色の腕章を身に付けた檜垣は軽く周囲に目配せをして、自分たち以外に誰も居ないことを確認した。


「全く、お前は風紀委員長である私に不正するように協力を求めるなんて何を考えているんだ」

「前に聞いた気がするけど、お前もう風紀委員長って肩書に拘ってないんだろ? なら良いじゃん気にすんなって!」

「ハァ……本当なら道理を説いてやりたいが、私の口では滑稽でしかないか。とりあえず天内君から聞いた通り、出場順の操作はしてみたが第一レースに天内を混ぜることはできたが、お前とクナウスト姫に関してはそこまで手が回らなかった」

「というと?」

「お前の出場は第四レース。クナウスト姫と一緒にだ」


 これは、良いのか悪いのか。

 今回の学園祭において俺の最終目的は愚者の首飾りを入手することにあるが、最後に首飾りが俺の手に入るのであれば個人賞だのなんだのはどうでも良いと考えている。

 なので天内と協力するにあたり、俺が考えたのは「俺と天内で同時にポイントを稼ぎ、最終的に片方に合算させる」というものだ。


 俺のレベル80に対して天内は35と低いように見えるが、そもそもこの学園祭イベントは30もあれば全ての競技においてトップを取ることが出来る程度の難易度だ。

 確かにゲーム時代と違って選択肢を選ぶのではなく、自ら動かねばならないという現実化の影響はあるものの、それも踏まえてユリア以外の有象無象は殆ど相手にならないと見ていいだろう。


「(なんなら、負け続けたとしても最後の総当たり戦で手当り次第ぶちのめして行けば最終的には勝てるからなこのゲーム)」


 それバランス的にどうなんだと思わなくも無いが、原作においては所詮キャラの顔出しを含めたボーナスイベント。なので全体的に緩い難易度に設定されているのだろう。


「ま、そうなったらそうなったでしょうがない。お姫様には申し訳ないが、大人しく地べたを這いずり回って貰うことにしましょうかねぇ!」

「士官学校の生徒扱いとはいえ一応王族だからな? やりすぎるなよ?」


 ぶっちゃけユリアとの交流においては王族だの何だのを考えずに、一個人としてしっかり向き合った上で真正面からぶちのめしてやるのが完璧な対応になる。

 だから俺も彼女を王族だのなんだの立場はしっかり無視した上で出来得る限り行動を以て、愚者の首飾りを手に入れるための踏み台にすることを心に誓っているので問題はないだろう。

 なーに、競技内での屈辱を学園の外にまで持ち出して報復しにくるなんてことはきっと無いさ! だから今日も明日も今まで通り、俺は俺の思うがままに動くぜ!


 そんな気持ちを言葉にせず俺はただ笑顔を向けて檜垣に親指を立て、それを見た檜垣は小さくため息をついた。

 そして言うべきことは言ったとばかりに立ち去ろうとする彼女の背を見て、俺はふと思いついた疑問を口にしてみる。


「そう言えば檜垣、ちょっと聞いておきたいんだけど」

「なんだ?」

「お前、なんで用意してたおじさんの書いた掛け軸受け取らなかったんだ?」


 檜垣への賄賂のために用意していた『剣聖』直筆の掛け軸。

 俺への弱みも含めて提供すれば頼みごとの一つや二つは確実に聞いてくれるだろうと思い天内にその話をするように言ったのだが、檜垣はそれを受け取ることはせずに俺の工作に協力してくれたのだ。

 昨日の間は手札を温存できて儲けものだなと思っていたのだが、振り返ってみると結構な違和感を感じる。

 もしも彼女の中でおじさんへの執着が薄れていたとすれば、今後あの賄賂を手札として扱えるかがわからなくなる。そう思って俺は檜垣へと問いかけた。


「先生直筆の掛け軸か。あぁ、欲しかったさ。欲しいに決まっているだろう」

「じゃあ、なんでまた」

「なんでってお前…………風紀委員が、賄賂とか受け取るわけにはいかないだろう」

「え、嘘だろ。お前この期に及んで猫をかぶって見栄を張ろうとしてんの?」


 おう檜垣、目を逸らさずに桜井くんに視線を合わせなさい。

 数秒前に風紀委員の肩書にはもう拘っていないってことを肯定しておきながらめたくそ拘りまくってるじゃねぇかお前。


「う、うるさい! 先生に実質破門されかけて、私だって反省はしてるんだ! 一連の諸々は大っぴらに広まっていないんだから少しばかりやり直したいと思うことの何が悪い!」

「良いか悪いかは知らんがお前の人間性が滲み出る最高の台詞だな」

「やかましい!」


 そう言って檜垣はこれ以上喋らせまいとばかりに俺の頬を掴んで引き伸ばす。微妙に爪が食い込んで痛いからやめて欲しい。


 原作ヒロインとは思えない考えだが、まぁこれで理由がわかった。

 だから本心を見せていない天内たちの前では風紀委員長としての見栄を張ろうとして、掛け軸は受け取らずに不正に手を貸してくれたのだろう。


 しかし、風紀委員としてやり直そうとしているならばそもそも不正自体を断れば良いのではないだろうか?

 レースの出場順に手を加えることはそこまで大きなことではないが、不正と言えば不正なのだから。


「そこはまぁ、お前からの頼みだからな。よほど大勢に迷惑をかけるようなものでもなければ、確認していた選手の書類を間違った場所に戻してしまうくらいは聞いてやる」


 うん? 俺からの頼みだからこそ賄賂でも無ければとりあえず拒否されると踏んで掛け軸を用意していたのだが。

 その言い方だとまるで頼んだのが俺だからであって、天内たちに頼まれていたら拒否していたかのように聞こえてしまう。


「これくらいやってやらないと、今度はお前がどんな手段に出るのか全くわからなくなるからな。お前はある程度好きにさせるのが一番だと私も学んだんだ。それに……」


 そう言って頬を摘む指に力を込めて顔を動かすなと意思表示した檜垣は、顔をズイッと近づけてそのまま何かを探るように俺の瞳を覗き込んだ。

 そして数秒して口をへの字に曲げて不満そうな顔をすると、そのまま摘んだ頬を一瞬強く引っ張った上で弾くように手を離した。


「いふぇっ!」

「落ち着いたからこそ思うところもある。手打ちにしたとは言え、だ」


 檜垣は言うべきことは言ったとばかりに背を向けて、今度こそ立ち去って行った。

 最後の言葉はよくわからないがとりあえず今後も色々迫……、頼んで良さそうだと思った俺はその背を見送って競技に出るための準備に戻ることにしたのであった。

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