082 いつもの!
俺はとりあえず全員の口ぶりからステータスや状態を推測して、それに見合った装備を貸し出すことにした。
念の為に持ってきていた冥府産の装備品がこんなところで役に立つとは思っても見なかった。
いつか何かに使うだろうと持って来てたけど結局剣と糸の鍛錬にかかりっきりで他のことできなかったしな。
死蔵するよりもこの機に放出してしまうのが有意義な使い方だろう。後で絶対に返してもらうけど。
「よし、アイテムは貸したから姫様とのタイマンは気合で頑張れ天内。できるできる、お前ならきっとできる。闘いの中で覚醒してレベル50ぐらい上昇すればできるできる」
「無茶な事を言うなよ……大体、敵を倒しもしないのに経験値なんて入るわけが」
「ご都合主義でも主人公補正でも引き起こせ。物理的に時間が足りないなら奇跡に頼るしか無いんだから、そういうのは主人公の十八番ってもんだ」
大体、天内は自分の肉体と素質を低く見積もり過ぎているというのが個人的な感想だ。
ゲーム設定やインタビューにおいても、主人公である『天内 隼人』は存在自体がバグのような才能の塊であると明言されているのだから、何事においてもできると思って挑むべきだ。
時間をかければ作中全種のスキルと魔法を身に付けることもできる。
それに伴い全てのスキルレベルをMAXにすることだってできる。
あらゆる武器に最初から適正を持っていて、やたらと物騒なフレーバー文が書いてある魔剣の類も平然と扱えるし呪いの装備も解呪せずともつけ外し可能。
なんなら主人公一人旅プレイでシナリオクリアだってできるし、壁外だってその気になれば散歩ついでに出掛けることだってできる。
俺のようなモブキャラと比べてどこまでも可能性に満ちているのだ。だったら戦いの中で急成長して超覚醒する奇跡の一つや二つは引き起こして欲しいものである。
「とりあえず基本方針としてはお前は普通に参加して優秀な成績を収めてポイントを稼げ。協力と言ってもいきなり1つのパーティで行動するにはお互いを知らなすぎるし、そもそも俺はチームプレイが苦手だ」
「妨害とかそういうことはしなくて良いのか?」
「あぁ、周囲から認められた上でユリアを倒すことが条件だからな。お前がそれをやっちまうのは不味いだろう」
「ということは、桜井が?」
「競技内で許されてる範囲なら当然やるに決まってるが、それ以外の盤外戦に関しちゃ俺の世間体や評価はまだしも露見した時が面倒だし検討中」
できるのであれば調合スキルで作り出した状態異常付与アイテムを相手が口にするものに混ぜたり、夜中の闇討ちとかもやれるならばやりたい。
だが学園祭に備えて前々日から近くに寝泊まりしている士官学校の連中の様子を見るに、しっかり夜警までしてやがるので難しいだろう。
しかも本職の近衛騎士が警備を勤めているユリアに対して妨害を行おうなど結果は推して知るべしと言ったところだ。
「ちなみに、今一緒に作ってるこれは?」
「うん? 爆音スライム爆竹」
家から外に持ち出してきた錬金釜をかき混ぜる天内の問いかけに、俺はそこから出来上がってきた素材をこね回しつつ答えた。
こいつ、そこまで高くなかったとはいえ俺がせっせと上げてきた
ちょっとモブとの成長倍率かけ離れ過ぎてない? そんなんだからバグ呼ばわりされるんだよ。
「それで、これを使って何をするつもりなんだ?」
「作るだけ作って、士官学校の連中が泊まってる宿の周りとかに仕掛けて夜に使う」
夜警する人たちはしっかり起きていなきゃいけないからね、その職務に敬意を評して眠気を吹き飛ばす手伝いをしてやろうかなと。
導火線と合わせて使えば時間差で自動着火できるから、ある程度の準備をしておけば一夜くらいは鳴らし続けることができるだろう。
「これなら悪戯、小細工程度で済ませられるからな。後は……明日のレースの出場順を細工できないか檜垣に聞いてみるか。それ次第で取れる行動も――」
「躊躇が無さすぎる……」
躊躇して勝てるならこの世に妨害という言葉は生まれていないぞ天内。
まぁ実際に仕掛けるのはフラッグ戦の前日、明日の競技が終わった後だ。
今はまだ競技が始まってないから緊張感と警戒心高いままだし、有利な競技である戦車競走に勝てば少しは精神的な緩みも生まれるだろうから、仕掛けるならば明日の夜がベストタイミングだ。
もちろん、だからといって明日の競技を捨てる訳でもない。
そのための行動も……と言ったところで俺の中の何か、そうエネルギーのようなものが危険域に到達し激しい動悸が身体に襲いかかった。
「うっ、グッ! グゥゥゥゥ!!」
「ど、どうした桜井!? 胸が苦しいのか!? 待ってろ、今すぐエセルを呼んで」
「待て、天内……ッ! 大丈夫、大丈夫だ……っ」
突如として胸を押さえて苦痛の声を上げ始めた俺に対して、何を勘違いしたのか回復魔法の専門家であるエセルを呼びに行こうとする天内。
俺は天内の肩を掴んでそれを制止すると、息を整えつつ笑顔を向けて親指を立てた。
「ちょっと理性を使いすぎただけ、だっ。レベル上げをすればすぐに治る、からッ!」
「何だって?」
レベル上げにあまり関係のない問題に頭を使いすぎたことで俺の中の理性エネルギー、レベル上げ行為から得られるレベルニウムが枯渇して身体が禁断症状を訴え始めてきた。
このままでは目の前にいる主人公という最上級の経験値の塊に手を出してしまいかねない! それはそれで別に良い気がしなくもないけれど、いやダメに決まってんだろ俺! ああああああ、経験値が、経験値が足りないぃぃぃ!
「れ、レベッ、レベベベベ……っ、くそったれ! 天内! 俺は今から早急にレベル上げをしなければならない! 今日はもうきっとお前らの前に現れることはないだろうから、アイリスの指導を受けてる赤野達と一緒に適当に鍛錬したり明日に備えてくれ!」
「あ、うん。俺もお前と距離を取りたくなったから好きにしてくると良いよ」
「そのうち檜垣が帰ってくるだろうからお前ら、俺、ユリアの順番で出場するように細工しろって言ってくれ! もし渋ったり拒否するなら、俺の部屋にある棚の裏に『剣聖』直筆の掛け軸隠してあるからそれで頬でも叩いておいてくれーッ!!」
「二人は一体どういう関係性なんだよ!?」
驚く天内の声を無視して、アイリスに「いつものッ!」とだけ告げて俺は手早く装備を整えて学園ダンジョンへ出発した。
脳裏に「学園祭中はダンジョンが封鎖される」と檜垣が言っていたのを思い出しはしたが、俺はそれに対して返事をしていないし了承もしていない。
それに封鎖しようにも抜け道の存在は未だに気が付かれていないので、これは逆に言えば学園祭中は俺が学園ダンジョンを占有しているようなものでは無いだろうか?
俺専用ダンジョン、素晴らしい響きである。
いやそもそも学園ダンジョンは俺のものだった気さえしてくる。
であれば今も入り口を厳重に警備している風紀委員たちの努力に応えるためにも、しっかりとした……そうしっかりとしたレベリングに励まなければならない!
「夕飯までに帰ればセーフ……! 夕飯までに帰ればセーフッ!」
自分でも訳の分からない理屈を口にしつつ、抜け道から学園ダンジョンへ侵入。
下層へと進みつつ目の前に現れる魔物たちをバッサバッサと切り倒していく。
視界に入った
「グゲェ! グギャーッ!!」
「レッドゴブリンが逃げんじゃねぇ! おめーらそれでも魔物か! 経験値袋としてのプライドがねぇのかァァァッ!!」
あまりの実力差に逃げるレッドゴブリンを追いかけて、落とし穴にかかろうと毒矢の罠を踏み抜こうとも突き進む。
別にこいつはそこまで経験値が高い魔物ではないのだが、理性を生産するためのレベルニウムが足りないために、俺は目の前の経験値がどれだけ低かろうとも本能的な欲求に従って身体が勝手に追いかけ回してしまうのだ。
というかやたらと逃げ足速いねキミ、実はユニークエネミーだったりする?
そんなシステムあるとか聞いたこと無いけれど……ふふ、経験値がもしかしたら通常と違うかと思うと楽しくなってきちゃったなぁ~!
「だから死ねぇい!!」
「ビギャァァァァ!!」
「いつものレッドゴブリンと変わらねーじゃねぇか!」
叫びと共に投げつけた剣が突き刺さり、通算282匹目のレッドゴブリンは息絶えた。
逃げ足が速いからと言って特に経験値は変わってなかったので骨折り損の経験値儲けと言ったところだ。無駄な期待させやがって……!
「チクショウ、こうなったら44層までノンストップで突き進んでやらぁ!」
そう声を上げながら俺は気持ちを切り替えてダンジョンを駆け抜け魔物たちに襲いかかり続ける。
そして夜遅くまでレベル上げに励んだことで大量の
「んん~。今駆け抜けていった少年、幸いこちらには気がついてなかったようですが~、いかがしますか七篠さん~?」
「……ん」
「気がついてないなら一々追いかけて殺す必要も無いだろ。それに、学園祭時期だから誰も来ないハズと考えてた俺らの落ち度だし。不幸中の幸いとでも思って気を引き締め直すぞ」
「んん~! まぁ、貴方がそういうのであれば私は構いませんけれど、後々どうなっても知りませんからね~?」
「はいはい。ほら、裏階層さっさと行くぞ。後120本は魔剣回収しねーといけねーんだから進んだ進んだ」
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