080 クルックルッ
学生寮の裏手、雑木林を抜けた先にあるアイリス家。
そこで俺はウマに跨りお馬の稽古に励んでいると、「やぁやぁ我こそはイケメン主人公! 美少女二人を引き連れまかり通る!」と言った具合に天内が肩で風を切って現れ……なんてことはなく、普通に手土産を持ってきて現れた。
一体何の用だろうか? と首を傾げていたところ、なんでもユリアと勝負することになったから協力して欲しいとのこと。
仲間が居る手前ボカしているが、言葉の端々からあの姫様の面倒なイベントを引き起こしてしまったっぽいのが伝わってきた。
あのイベントをこの時期に引き起こすのは不可能なはずなのだが、それを言い出したらアイリスの一件も主人公不在で発生していたので現実化に伴う仕様変更みたいなものだろうと俺は1人納得していた。
「お前、ユリア派だったの?」
「そんなんじゃない。オペラハウスの話を聞いて、なんだかよくわからないけれど勝手に好感度が上がってたみたいなんだ。多分、ルイシーナ・マテオスが何か絡んでるんじゃないか?」
「お、俺は何も指示してない! 言いがかりをつけるなら抵抗するからなッ! 剣で抵抗するからな!!」
「確証もなにもない推測だから、自分で疑惑を深めるようなこと言うなよ。後やっぱり、お前とルイシーナは繋がってたんだな」
天内のカマかけに見事に引っかかってしまったことで俺とルイシーナの繋がりが露呈してしまった。
まぁ俺とは違って握った弱みを使って脅しかけてくるようなやつでもないし、バレたところで別に何かデメリットが発生する訳でもないので問題ないだろう、多分。
そして話を戻してユリアのイベントに協力してくれと言われようとも、そこに経験値が絡まない以上は俺が関与する理由はないし自分の尻拭いは自分でやってくれとしか言い様がない。
という訳でこのお土産は貰うが天内に協力できることは何もない!
むしろ馬術のレベリングの邪魔なので早いとこ帰った帰った! ゴーハウス! ステイホーム!
「愚者の首飾りを手に入れるための協りょ」
「天内くぅぅぅんッ!! もっと気軽に話しかけてくれていいのに~~~~! さぁ向こうの切り株の上にでも座って、お話聞かせてくれるかな~~~?」
「くを……お、おう」
話くらいは聞いてやる、そう言ったのは俺自身だ。
自分の言葉にしっかり責任を持つのは大人として当然の、いや人として当然のことだ。
しかも彼は俺と同郷、同じ苦悩を抱えて生きてきた転生者である。俺は生まれ変わったことに欠片も悩みを抱いたことはないが、ともあれ心の同士と言っても過言ではないだろう。
そんなマブダチが、原作主人公が、俺の手駒になってくれるかもしれないというならば話を聞いてやらずして何が男か!
と言うか首飾りを強奪出来ない以上は正攻法で手に入れるしか無いのだから、そのために少しでも競技での勝率を上げなければならないのだ! 今の俺は首飾りを交渉のテーブルに出されるとホイホイ席に着いちまうんだぜ!!
こいつめっちゃ俺の弱み熟知した交渉カード切ってきてるじゃん。
お前本当にそれでも主人公か?
閑話休題。少し話をまとめよう。
原因は不明だが天内はユリアのイベントをこの学園祭中に発生させてしまった。
彼女のイベントは主人公を呼び出したユリアが彼とその仲間たちを強く士官学校に勧誘することで開始され、NOかいいえの二択を選ぶことで進行する。
拒否されてなお諦めきれない彼女は、イベントの途中で自身を納得させるためと言って主人公に決闘を申し込むことになり、その決闘の結果次第で3つのルートにイベントが派生することになる。
まずは決闘に勝利する。
勝利した場合、彼女は士官学校への勧誘を諦めた上で逆に冒険者学園へと留学。
正式にヒロインとして物語に参加する事になり、決闘の後に開放されるイベントをこなしていくことで個別エンディングを迎えられるようになる。
次に決闘に敗北した場合。
この場合は士官学校に入学とまでは行かないものの、短期留学をすることになりユリアの好感度が大きく上昇するものの2週間分の自由行動が強制的に騎士系スキルの習得に費やされてしまう。
騎士系スキルはどんな場面でも効果を発揮するものもあるが、キャラクター育成という観点からいうと専用の育成をしていなければただ時間を無駄に過ごす羽目になるのである意味ペナルティを受けることになる。
その後は勝利した場合と同じ様にユリアが学園に留学して……という流れだ。
で、最悪のパターンが決闘を反故にした場合。
意図してやらない限りは発生することはないが、これをすると高めていた好感度を踏まえた確率次第で彼女は主人公と闘うために黒曜の剣に加わり魔人化して彼らの前に立ち塞がるルートが発生する。いわゆる、隠しボスの類である。
もし敵対しない場合であっても決闘を反故にした時点でユリアとの交流イベントは全てが消失してしまうので、もしこのパターンを選ぶのであれば相応の覚悟が必要だ。
「(好感度が高い状態で作中「ものを見る目は確か」と言われていたユリアが天内の素質を勝手に見抜いて、結果的にレベル制限に関わらずイベントが始動した……ってあたりか。現実化の影響は油断ならねぇな)」
で、そのイベントの発生を感じ取った天内は一策を講じた。
それはイベントの中で発生する決闘までの内容を、学園祭の競技種目を利用して消化するというものだ。
ユリアとの決闘までの間に行われる内容は、雑に言うとユリア以外の関係者に彼女と闘うに相応しい人物だと認めてもらうことにある。
お前の方から決闘を挑んでおいてどういうことだ。と思わなくもないが、これに関しては彼女に落ち度はない。
というのも、その内容としては「王族のユリアが無名の、しかも一介の平民である主人公を認めたのが信じられない!」と士官学校の生徒が彼女の目を偲んで突っかかってくるものだからだ。
なのでそいつらに実力を示してやれば大人しく鉾を収めるし、ついでにユリアに見つかって完全装備で山籠りサバイバルを課せられるなどの罰も受けるので不快感はそこまでない。
「で、その内容を競技中に行うつもりってわけだな」
「結局は周りに認められた上で、彼女とタイマンで勝利する。ここをこなせば問題ないと思うんだ」
俺は冥府の一件で要点さえ合致してしまえばイベントは始動することを学んだ。
そこから一歩踏み込めば、どんな過程を辿ろうともイベントの要点さえ抑えてしまえば、原作との乖離は最小限で済ませることが出来るのではないかという推測が成り立つ。
その点を踏まえた上で、競技の中で周りに実力を認めさせた上で決闘までこなそうとする天内の一計は中々に大胆で感心するものがある。
「でも、勝てるのかお前? あのユリア・フォン・クナウストに」
「……今のレベルは35だ」
「5月にしては高いが、キツくね?」
そもそも、ユリアのイベントはレベルが一定以上でなければならない。
つまりある程度の実力が無ければ突破できないイベントであると作成者側が保証しているようなものである。
幾ら要所を抑えてイベントを進行すると言っても、そもそも勝利できなければ意味がない。
だからこそ彼は直接対決ではなく競技という形に落とし込んだのだろうけれど、少なくとも最終的には彼女に勝利しなければならない事に変わりはない。
「まぁそこだけは負けた上で2週間を士官学校で過ごすつもりってんなら問題ないと思うが……」
「いや、勝つ。まだまだ学園でやりたいこともあるし、もし学園に黒曜の剣が潜んでいたらと思うと2週間もこの場から離れるなんてことはしたくないんだ」
「でも現実的に厳しいんじゃないか?」
「だからこそ、桜井。君の協力が不可欠だと判断してここに来た」
そう言って天内は緊張を解すように僅かに手を握りこむと、真剣な視線を俺に向けて力を込めた言葉を放つ。
「頼む、桜井。俺を強くしてくれないか?」
「よしじゃあ死ねいッ!」
というわけで俺は天内に斬りかかった。
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