081 それはそうと嫉妬


 腰をわずかに落とし、瞬時に抜刀。

 まるで居合いの如く、斜め下からの斬り上げを俺は迷わず天内に放つ。

 しかしその攻撃は天内が反射的に身体を逸らしたことで空を切った。


「いきなり何を!」

「何って、強くなりたいんだろ?」


 『神士聖装しんしせいそう』によるものか、手足に魔力で形成した籠手と具足を身に着けた天内が何事だとばかりに問いかけてくる。

 今の奇襲で仕留められなかったとなると少々面倒くさいな……そんな事を思いつつ俺は振り切っていた剣を肩に担いで、そのまま天内の疑問に答えてやることにした。


「ユリアに勝つために強くならなきゃならないのは当然だし、俺も協力者が強いに越したことはない。でも一朝一夕で強くなれるかと言われると厳しいだろ」


 この世界で強くなるにはどうすればいいか?

 答えは至極単純レベルを上げることだが、同時にレベル上げには時間と場所が必要である。


 ゲーム時代であっても、行ける場所の少ない5月の時点でユリアのイベントを開始できる規定レベルまで達するには、俺でさえ2日間ほどプレイをし続けなければならなかった。

 これが現実世界のこととなれば移動時間や体力等のしがらみも増えてより時間がかかるだろう。


 ましてや今は学園祭の真っ最中。

 最も近場の学園ダンジョンは封鎖されているし、もしも学園外のダンジョンに行くならば学園祭を捨てなければならないという本末転倒に陥ってしまう。

 抜け道でダンジョンに入る手段もあるにはあるが、ゲームに存在するルート以外にも俺自らこの世界で開拓したルートもあるので情報を広めたくない。レベル上げにおいて優位を得られる情報は独占しておきたいのが人情というものだ。


「装備である程度の底上げはできるけど、この学園で手に入る物なんてたかが知れてる。ダンジョンも封鎖されているから、トレーニングでレベルを上げるにしても時間が全然足りねぇ」


 そう、時間。時間が問題なのだ。

 直接対決が長く見積もって3日後の総当たり戦になるとして、それまでの競技に不参加を貫き通して筋トレなり組手なりに打ち込んだとしても成果が出るかどうか。

 学園外のダンジョンに向かうにしても、経験値効率の良い場所に向かう移動時間が存在している以上は同じ結論に至ってしまう。


「だからお前には死んでもらう。実際には瀕死状態になってもらうだけだが、それくらいやらないと冥府にゃ行けないだろう」

「冥府……そうか、彼処なら時間のズレがあるから」

「1日を1ヶ月に伸ばすことが出来るし、塔があるからレベリングにも最適ってわけ――だッ!」


 そういうことなので一回死のうぜ! と言った具合に刺突を放つがまたもや回避される。

 ちょっと天内くん、君なんで避けちゃうの。早く死なないと剣を向けてる俺を見て「何事ですか!」と駆けてきているアイリス達が合流しちゃうじゃないか。


「待て待て、待ってくれ! 確かに時間が無いのはわかったし、冥府に行けば問題が解決するのはわかったけど他の方法があるだろ!?」

「あるわけねーだろ! ほぼ死人同然の状態で流れ着くのに期待するくらいしか俺でも知らねーよ! だったら死ぬしか無いやろがい!」

「ここにアイリス・ニブルヘイムが居るってことは桜井は通行手形貰ってるんだろ!? それを使えば冥府に行けるんじゃないのか!?」




 え?

 ……あぁ、なんかそう言えばゲーム時代でも主人公が寝ていた病室で通行手形を使用すれば冥府に行けたな。


 …………まぁ、はい。うん。




「でも死ねいッ!」

「何でだよ!?」


 うるせぇ!! 冥府には理不尽に理不尽が重なったことで行く羽目になった上に、DVクソ野郎と戦ったり大変だったんだよ!!

 生まれた時からレベル上限100の才能の塊野郎が瀕死にもならないで冥府に行くなんざ不公平だろうが! 俺の苦労を少しでも知ってそのレベル上限を寄越しやがれぇぇぇ!!


 俺は涙を流して叫びながら天内に斬りかかっていくが、心を乱した剣はとにかくブレにブレてしまい全くもって当たらなかった。

 そして俺たちが争う姿に反応してやってきたアイリス達に止められた俺は、いつものように正座して事情を説明しすることになった。

 ちなみに冥府への通行手形は俺と檜垣個人に与えられてる為に結局天内たちを連れて行くことはできないと発覚したので、冥府行きは悔しいことに断念する。


 その過程でアイリスの経歴や冥府がどういう場所なのかを赤野やエセルに話す必要が出てきたので俺の口から語ろうとしたのだが、そこはアイリスが「冥府の主アヌビス神の姪として間違いが無いように説明しなければならない」と言ってきたので出番を譲ることにした。


「という訳で現世で死亡、またはそれに類する状態になることで魂が抜けてしまった人の中でも、特に強い未練が残っている人々が冥府に流れつく事があるんです。桜井さんと檜垣さんもそういった経緯で冥府に辿り着き、冥府の騒動を解決した功績によって現世への復活が許可されたのです」

「ねぇ。でもそれならこの世界には割と結構な数の蘇生者が居るんじゃないの? であれば冥府のことも広がってておかしくないと思うんだけど、私は全然聞いたことないわよ? 玲花は?」

「私も全然……。でも隼人は知ってたんだよね?」

「いや、今さっき桜井から話を聞いたんだ。流石に信じきれなかったから、さっきまで攻撃を避けてたんだけど」


 そういやこいつ、転生者であることを仲間に話してないんだっけ? しゃーない、話を合わせてやろう。


「ウッス! 自分、たしかにそう言ったっス! 本当ッス!!」

「あんたどういうノリのキャラよそれ」

「本来は蘇生時に冥府のことは忘れてもらうのが原則なのですけれど、桜井さんは少々特別な事情がありますからね。というのも」

「まぁそれはプライベートな話になるのでともかくだ。全員揃ったし一度話をまとめるか」


 俺はアイリスの話を横から打ち切った。時間が足りないという状況で長話をする暇はないのだ。


 そして俺は剣を収めると、天内から持ちかけられた協力の提案を周囲に共有する。

 その話を聞いたアイリスは「あぁ、そういうことならやりますよね桜井さんは」と困ったように苦笑して、赤野とエセルは彼女の言葉に疑問符を浮かべながらも天内が話を上手くまとめたのだろうと納得していた。


 原作ゲームの主人公、その主人公に生まれ変わった転生者『天内 隼人』。

 その天内の幼馴染でありヒロインの1人、魔法使いでもある『赤野 玲花』。

 ヒロインの1人であり天内の仲間、銭ゲバ守銭奴シスター金髪エルフの『エセル・タイナー』。

 追加コンテンツ冥府編のヒロインで、アヌビス神に身柄を託された少女『アイリス・ニブルヘイム』。

 そして誰も知らない描写もされないモブキャラ野郎こと、この俺『桜井 亨』。


 どうせ協力を迫ることになるであろう檜垣も加えれば、俺以外ドリームチームといった具合の面々に俺は笑みを浮かべる。

 フハハハハ、姫だろうがなんだろうがメインキャラ共が味方についちまえばこっちのもんだ! 待ってろ愚者の首飾り! 七難八苦をぶち壊し、必ずこの手に収めてみせらぁ!


「よし、それじゃあまずは装備関係なんとかするか! とりあえず持てるアイテム増やすために学生服改造すっから、お前ら全員服脱いでスリーサイズ測らせてくれ!」


 皆のためを思って告げた提案に、女子たちから冷たい視線を向けられる。

 原作知識で既にヒロインたちのスリーサイズを把握してることを不自然に思われないために、転生者であることを打ち明けていない天内にも配慮して自然な流れを用意してやったというのに「こいつ本当に大丈夫か?」みたいな視線を向けられるのは非常に納得がいかない。


 しかしあれこれ説明しようとも只々人間としての好感度が下がっていくだけだということに気がついた俺は、泣く泣く学生服の改造を諦めるのであった。

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