078 スカウト

 桜井がユリア・フォン・クナウストの屋敷を後にして暫く。

 家主である彼女との会談を終えた天内達は、リーダーである彼の先導に続き学園へと向かっていた。


「隼人、本当にあれで良かったの?」


 天内の隣を歩く赤野の問いかけ。エセルもまた、その言葉への返答を伺うように視線を彼に向けてくる。

 自身の選択に間違いは無かったと思う天内だが、仮にあの場所にお付きの近衛兵が立ち会っていたならばその場で拘束されていてもおかしくはない振る舞いであったのも事実。

 天内にもそれがわかっているからこそ、彼女たちの一抹の不安が理解できる。しかし彼はそれを理解した上で「問題ない」と答えた。


「(でも、あれ以外に選択肢はなかった)」


 天内は僅かにまぶたを閉じた。

 そして自分の選択に間違いは無いことを再確認するかのように、屋敷でのやり取りを思い出し始める。




「初めまして諸君。私の名はユリア・フォン・クナウスト。急な呼び出しで悪かったね、是非とも君たちと話がしてみたかったんだ」

「初めましてクナウスト様。私はこのパーティのリーダーをやっています。天内 隼人と申します。私共、一様にして平民生まれです故、礼儀作法において至らぬ所が多々ございますでしょうが、何卒ご容赦頂ければと思います」


 天内の一礼に合わせ、その後ろに立つ少女達もまた頭を下げた。

 中庭のテーブルの横に立っていたユリアは優しげな笑みを浮かべ、その礼を受け取り「顔を上げて」と伝えた後に彼らへと伝え席へと促した。


「丁重な挨拶ありがとう天内君。それと口調は崩してもらっても構わない。今の私は王族ではなく、士官学校の生徒会長であり、対等な学生だからね。君たちが礼儀を知る人間であるとわかれば私には十分だ」

「しかし」

「それとも、王家の紋章に誓いを立てて許しを与えれば安心するかな?」

「……そこまで言うなら。いつも通り話させてもらいます」

「そちらのお嬢さん達も是非そうして欲しいな」


 ユリアは席に付いた後も肩肘を張っていた赤野とエセルに言葉をかけた。

 エセルはその言葉に肩の力を抜くことができたが、赤野はユリアの纏う高貴な雰囲気に飲み込まれ口を真一文字に結んだままコクコクと頷くばかり。

 その姿が愉快だったのか、ユリアは小さく笑い「大丈夫、取って食うことはないさ」と軽く彼女をからかった。


「そうだ紅茶がまだだったね、もうすぐやってくると思うのだけれど……と、噂をすればやってきたね」

「――え、嘘でしょ? ねぁ天内、あいつって!」

「ルイシーナ、マテオス……?」

「何よ貴方たち。人がせっかく紅茶を淹れてやってきたのに文句がある訳? 不愉快、貴方たちに私の紅茶は飲ませないわ」


 ユリアの視線の先、ロングスカートのメイド服を身に纏って現れたのはオペラハウス事件の実行犯であり黒曜の剣の幹部、更に言えば死んだはずの魔人であるルイシーナ・マテオスだった。

 オペラハウスの騒乱の中で桜井が彼女を打倒したことは知っていたものの、桜井との取引を知らない天内とエセルは信じられないものを見たとばかりに警戒を顕にする。

 次いで赤野も驚きの表情を浮かべてはいるものの、実際にルイシーナが凶行に及んだ事を知識でしか知らない彼女は2人に比べてやや緊張感が欠けていた。


 ともあれルイシーナは出てきた途端に警戒心を叩きつけられたことで機嫌が悪くなり、ユリアの隣にドスリと座ったかと思うと持ってきていたティーセットを独り占めにして不快感を隠そうともせずに、1人紅茶を飲みだした。


「あ、えっと。ごめんなさいマテオスさん。いきなり失礼でした」

「玲花さん、君が謝る必要はない。これは私の配慮が足りなかったせいだ。事件に関わった君たちにとって、彼女の存在には思う所があることは容易に想像できたはずなのに……」

「そんな! クナウスト様が謝るようなことでは!」

「いや、私に謝りなさいよ。おかしいでしょ? 茶葉くれるって言うから態々淹れて来たのにこんな扱い受けたのよ?」

「ルイシーナもすまなかったね。詫びに茶葉に合わせて菓子も包ませておくよ」

「現物よりも菓子のレシピ寄越しなさいよ、レシピ。家で褐色に作らせるわ」

「天内。あの女、王族が口にする焼き菓子のレシピを要求するなんて相当なやり手よ。思うところは一先ず置いておいて、どうすれば私達にもレシピを譲って貰うか考えるべきだと思うわ。レシピは間違いなくお金に替わるわよ」


 混沌とし始めた茶会の中で、天内にとって一番共感できる意見がエセルからの耳打ちだった。ただし、「思うところは一先ず置いておく」という部分のみであったが。


「(オペラハウスの中でルイシーナの相手をしていたのは桜井だ。深く考えるだけ無駄、であればクナウストさんとの話を先に進めるべきだな)」


 桜井という人間への理解度が高まっていた天内はルイシーナの存在を頭の片隅に置くだけに留め、逸れかけている本題へと話を引き戻すことに決めた。


 そもそも自分たちが呼び出された理由は「オペラハウス事件について話が聞きたい」というものであった。

 ユリア・フォン・クナウストは王族ではあるが日々を士官学校で学生として過ごしている。そのため、設定上存在している王家直属の諜報部隊である盗賊ギルドとは繋がりが無く、現王の方針で盗賊ギルドが王家の手駒であることさえも知らされていない。

 だからこそ、今回騎士団を騒がせた事件について独自に調査をしようと自分たちを呼びつけた……と、最初は思っていた。


 だがルイシーナの存在が明るみに出たことでその前提は覆った。

 状況に翻弄されていた自分たちよりも、実行犯である彼女の方が事件について詳しく話す事ができるのだ。今更自分たちの話を聞く理由が思い浮かばない。

 いや、複数の視点から状況を確認して客観的な精度を上げるという目的はあるだろう。

 しかしユリアの性格から考えて、彼女が興味を抱くのは事件よりも人物。であれば呼び出した理由はやはり建前であり、本当の目的は自分たちであると考えるのが自然な帰結になる。


「それで、クナウストさんにはどのような話をすれば良いんですか? 彼女が居るなら、俺たちから話せることは少ないと思うのですけれど」


 脱線した路線を戻そうと発した言葉は想像以上に低い声で、露骨に警戒心が滲み出ていた。

 そしてその雰囲気の変化を感じ取った赤野とエセルは口をつぐんで事の成り行きを見守り始め、ユリアはその態度がお気に召したかのように口元に手を当てて小さく笑った。


「ふふっ、天内くんは良い顔をしているね。そういう顔は私の胸をときめかせる。君には建前も不要なようだ、単刀直入に言おうか」


 次の言葉が紡がれるまでの僅かな溜め。

 その間に天内は原作知識を下地に彼女の言葉を予想し、先の対応を考え始める。

 天内の瞳が更に真剣になったことを見て取ったユリアは、彼に思考時間を与えるように両肘をテーブルについて指先を絡め、その上に顎を乗せて彼を見つめた。

 そして幼子を見守るように、それでいて試すかのようないたずらっぽい笑みを浮かべて本題を口にする。


「天内くん、エセルさん、そして赤野さんも。士官学校に入って、私の騎士団の一員になってくれないかい?」


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