077 要らないじゃん!


 ルイシーナを送り届け馬に乗って帰ろうとしたものの、疲労した足にド素人丸出しの馬術では馬を動かすこともままならず。

 それ見かねた警備の近衛兵さんが屋敷の中に居るであろうユリアに交渉し、敷地内に入ることは許されなかったものの、屋敷を囲う塀の側に腰を降ろす許可を取ってきてくれた。

 こうしたある意味で特別扱いを受けられたのはルイシーナの知り合いであったからなのだが、それはそうとそもそも彼女が馬をここまで連れてくると言い出さなければこんな目に合うこともなかったと考えると微妙にモヤモヤとした気分になる。


 ともあれ暇を持て余していた近衛兵さんにアイリスと共に馬の使い方を教えてもらい、それとなく馬に乗って歩き回るくらいは出来るようになった頃。

 馬上での剣の振り方を教えてくれていた近衛兵さんが、遠くから聞こえる馬車の音に反応して流れるように警備に戻ったので、とりあえず俺達も馬を端に寄せて視線を音がする方向に向けた。


 屋敷の前に停まったのは、美しい毛並みを持つ2頭の白馬が引いてきた高級感のある馬車だ。

 客人の送迎用であるためか王族の所有物としては些か装飾が少ないものの、汚れ一つ無く陽光を反射させる馬車からは拭い切れない品の良さを感じさせ、カーテンで仕切られた馬車の中に乗っている人物が相応の身分を持った存在だと言うことを否応無しに想像させる。


 だが、その印象に反して馬車から降りてきたのは3人の学生だった。

 しかも彼らは揃いも揃ってよく知る顔で、彼らもこちらを見るなり驚いた表情を浮かべた。


「あれ、桜井くん?」

「桜井?」

「誰かと思えばトールじゃない。こんなところで何してるの?」


 そう、降りてきたのは赤野、天内、エセルの3人組だ。

 三者三様の反応を見せる彼らにとりあえず軽く手を上げて挨拶をすると、全員してこちらに歩み寄ってくる。


「桜井も、クナウストさんに呼び出されたのか?」

「いや。居候がここに行くって言うから馬に上下関係教えるついでに走り回ったから疲れて休んでるだけだが」

「まるで意味がわからないんだが」

「たった今、一から十まで要点抜き出して簡潔に説明しただろ」

「……あぁ、説明苦手なんだな」


 謎の納得を見せる面々に何か言ってやれとアイリスに目を向けるが、フォロー出来ないとばかりに視線を逸らされた。もはや俺と目を合わしてくれるのは、小一時間の付き合いを得た馬だけのようだ。

 今度、アイリスも含めて俺への評価を改めさせねばなるまい。何かみんなして俺の扱いが雑な気がしてならないのだ。いやまぁ構われ過ぎてもレベル上げの邪魔になるから良いのだけれど。


「お前らは呼び出されたんだよな? どんな問題起こしたんだ?」

「トールと違って私達は別になにもしてないわよ」

「開会式の後に馬小屋で馬を選んでたら、クナウストさんにオペラハウスの出来事について話が聞きたい、とお屋敷に招かれたの」

「……本当はお前に話を聞けって言いたいんだが、病院での恩もあるからな。適当にごまかしておくさ」


 案内の騎士に聞かれないように小声で語る天内に、小さく首肯するエセルと赤野。

 俺であれば間違いなく面倒くさがって呼び出し無視するか、真実ぶっちゃけて話を別人に押し付けるかするというのに何なんだこいつらの義理堅さは?

 ともあれ、それ自体は好都合ではあるので大人しく真人間達の義理人情に甘えさせて貰うとしよう。


「そうか。まぁ、何かあれば話くらいは聞いてやるよ」

「ありがとう。それじゃあ俺たちは行くから」


 天内達はそう言うと屋敷の中に入っていった。乗ってきた馬車もその場から移動して、また俺たちと近衛兵さんだけの状況に戻る。

 足もそろそろ回復してきたので俺たちもそろそろお暇させてもらうとしよう。いい加減、当初の目的である馬術の習得を目指さなければならない。


「それじゃあお世話になりました」

「あざーっしたー」


 近衛兵さんに別れを告げ、馬に二人乗りしてその場を後にする。

 そしてアイリスに競技用の荷馬車を借りてくるように伝え、俺は馬と共に学生寮の裏、アイリス家の近くの雑木林へと向かうことにした。

 本来は運動場にいる士官学校側から派遣された馬術教官に基礎を学ぶつもりだったのだが、そこは近衛兵さんが教えてくれたので運動場へ向かう理由がない。

 やろうとしてる内容が内容なので検証を含めて人目に触れるのは避けたいし、結局のところ必要なアイテムをアイリスの家にある自室に取りに行かねばならないのだ。


「いつまでも馬というわけにも行かないし、レンタルでもないからお前に名前でもつけなきゃなぁ」

「ヒヒン」

「別にペットでもないしどうでもいいか。お前の名前、ウマね。ウマ」

「……ヒヒ~ン」


 俺の命名に何やら落胆したかのような声を上げるウマ。

 こいつ、周囲の喧騒を物ともしないくらいに肝が座ってるし簡単な応答なら反応するから結構頭が良いな。現実世界の動物とは少々起源が違うから、これくらいが普通なのか?

 まぁ意思疎通がしやすい事に越したことはない、そう考えた俺は手綱を握りウマを歩かせたのであった。




 ちなみにその後、馬の居ないアイリスに荷馬車を運搬する方法が無いことに気がついた俺がウマと共に踵を返したところ、魔術で作り上げた氷の馬に荷馬車を引かせている彼女に遭遇した。


「アイリスそんなことできたの!?」

「ゴーレムの一種みたいなものなのですから単純な命令しかできませんけどね~」

「それが出来るならウマ要らなかったじゃん!!」

「ヒヒンッ!?」

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