074 暴露済み
「そうだ桜井。一週間後の学園祭中はダンジョンへの立ち入りが禁止されるから気をつけろよ?」
「は?」
アイリス家のリビングにて、テーブルの上でアイリスの入学書類をまとめていた檜垣が筋トレ中の俺にそう言ってきた。
それに対して俺は思わず腕立て伏せをする動きを止め、理解できないとばかりに真顔で声を上げる。
「え、いや。どういうことだよ?」
「学園祭は知っているだろう? 期間中は外部の人間も入ってくるからな。事故等が起きないようにダンジョンは全面封鎖になる」
「あー、そうか。学園祭の時期か」
学園祭とはチュートリアルの4月を終えた5月に5日間もの時間をかけて行われるイベントだ。
ゲーム内の数あるイベントの中でも最大の参加数を誇るこのイベントでは、このゲームの主なキャラクター達の多くが顔見せも含めて一堂に会することになる。
「(ゲーム時代だと強制参加でダンジョンに向かうことができなかったが……まぁ外部の人間招くのだから勝手に入られないように一律で封鎖するのは当然か)」
学園祭は現実世界にある言葉とは裏腹に、冒険者学園と騎士を目指す士官学校の合同運動会と言った内容だ。
学園生と騎士見習い達が様々な競技に出場し、その参加した競技で手に入るポイントなどでお互いの優秀さを競い合うことになる。
閉会式には入手したポイント次第で個人賞、パーティ賞、学校賞と呼ばれる3つの表彰が行われ、それに入賞できれば副賞として珍しいアイテムや金銭を受け取ることができるといった流れだ。
ちなみに競技の出場は殆どがパーティ単位での参加となるので、4月の時点で仲間達全員のレベルを30前後にしておけば自然とパーティ賞と学校賞は達成できる。
まぁ4月中に潜れる範囲の学園ダンジョンで9時間くらい狩り続ければ楽勝なラインだ。
え? 個人賞? 主人公のレベルが30後半の状態でパーティ編成で主人公一人にして参加し続ければ三冠達成できる。
このイベント、そもそも想定されている参加レベルは15辺りなので倍くらいのレベルにしておけば大体の競技は無双できるぞ。みんなも覚えておいてくれ。
「学園祭と言えば、副賞で何が貰えるとかもう決まってるのか?」
「学校賞で所属者全員に1万ゴールド、パーティ賞で『大導師の魔導杖』、そして個人賞で『愚者の首飾り』だそうだ」
「なにッ!?」
「うわっ!?」
愚者の首飾り、そのアイテム名を聞いた俺は跳ね起きて一足飛びでテーブルを挟んだ先にいる檜垣の肩を強く掴んだ。
「マジで!? 愚者の首飾り貰えんの!? どの筋からの情報だ現物は見たのか今何処にある誰が警備してる数と配置はどうなってる!!」
「ま、待て! 落ち着け! 目が血走ってるぞ桜井!!」
「答えろ!」
「答えるわけないだろう阿呆!!」
ガクガクと肩を揺らされていた檜垣から反撃の投げ技を受けてソファに沈み込む俺、そのお陰で僅かばかりの冷静さを取り戻すことが出来た。
学園祭イベントにおける個人賞。その副賞として与えられるアイテムは幾つかの候補の中からランダムで選ばれる。
しかし選ばれるアイテムには偏りがあり、その中でも最も選ばれ難いのが檜垣が先程口にした『愚者の首飾り』だ。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という有名な言葉がある。
その言葉の解説やら解釈は各々調べてもらうとして、その言葉をモチーフにして作ったとされているこの愚者の首飾りは「取得経験値を+5%増加させる」という効果を持っている。
取得経験値を+5%してくれるのだ。
経験値を、増やしてくれるのだ。
これは万難を排してでも手に入れ無ければならない激レアアイテムだ。
タダでさえ最近の必要経験値は億単位に近い数字を要求してくるので、5%であっても経験値効率が上昇するならば見逃す理由が存在しない!
「よし!」
「待て」
「何だよ檜垣。俺はまだ何もしてないぞ」
「なるほど、まだ、な。で、今から何をするつもりだ?」
そりゃまぁ、学園の搬入口にある荷受け管理室の履歴を拝借して愚者の首飾りらしきものが持ち込まれた形跡があるかどうか確認したり、校長室とか金庫室に倉庫、隠し部屋周りを虱潰しに調べていこうかなと。
なにせ学園祭まであまり時間がないし、この手の経験値増加アイテムは装着期間をどれだけ長く保てるかが肝なのだ。可及的速やかに手に入れなければならない。
「そうか。確保する」
「何でや!」
「何でもなにも私がそれを見過ごすわけないだろうが!」
檜垣がそう言って俺の背に
「畜生! 人を尻に敷くんじゃない檜垣! 無駄に俺を取り押さえる技術ばかり磨きやがって!」
「こうでもしないと周りに迷惑をかけるだろうがお前は」
「よし、じゃあわかったこうしよう! 取引だ! 俺の持つ原作知識からお前の役に立つ情報を教えてやる! だから見逃せ!」
「断る。先生に関する情報が全く無い時点で、お前の知識に大きな価値は見出だせないからな」
俺の持ち出した取引に檜垣はにべもなく答えた。
こいつ、オペラハウスの一件の後に約束通りに俺の知識の出処を話したというのに。その反応がこれなのだ。
「ゲームと攻略wikiと各種広報誌や関連書籍から」という要約では全く伝わらなかったから、俺が転生者であることも含めて一からしっかり説明してやったのに!
中々信じてもらえないから檜垣の身長体重スリーサイズと全てのプロフィールをその場で諳んじてやったのに!
「大体、俺の話を聞いた感想が「先生に関する情報が全く無いじゃないか、使えんな」じゃねーよ! 普通もっと驚いたり、怒ったり、なんかこう……もっと別の反応あるやろがい!」
「自分が創作物の世界の人間である、という話はお前の言葉と行動で一応の筋は通る。しかし、お前の知る檜垣 碧と今ここにいる私はまるで別人。であるならば、それは私が私としてしっかり生きている証拠だ。変に重く受け止める理由は無いだろう」
「アイリスはまだ冥府の人間として輪廻転生システムを知っているから「そんな事もあるんですねー」で済ませるのは百歩譲って良いとして、大した話では無いとしてももうちょっと語り手を喜ばせる反応を見せろや! お前はそういうとこが駄目なんだよ!!」
「お前こそわけの分からない怒り方をするな。それに、桜井こそ「君は創作世界の人物なんだ」と言われても毛ほどに何も感じないだろうが」
「怒ったフリをして暫く時間を置いた後に、タイマンで仲直りするような場面を演出して根掘り葉掘りレベル上げに関わりそうな情報聞き出すけど」
「お前はそういう所が駄目なんだ」
やたらと割り切った態度で済ませた檜垣に、「桜井さんですから」と妙な納得を見せたアイリス。
ともすれば一波乱起きそうな重要イベントをサラッと流してしまう辺りに女性陣の逞しさを垣間見つつ、俺はアイリスの用意した夕食に連行されるまで檜垣に無駄な抵抗を続けるのであった。
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