065 報酬確認

 開封した革袋の中でまず目についたのは3つのアイテムだ。


 向こう側が透けて見える程に薄い『韋駄天いだてん羽衣はごろも』。

 巻き尺に収納された特殊な生糸である『天駆け橋あまがけばし』。

 そして馬の頭をモチーフにした平べったい鋼鉄のプレート『天馬羽てんまばね』。


 これらは原作ゲームにおいて名称の全てに『天』の文字が含まれていることから、通称『三天シリーズ』と呼ばれていたアイテム群だ。

 恐らくヤン・ランが所有していたアイテムの一部であり、元の所有者が不明のために俺に渡ってきたものだろう。


「(羽衣は頭、糸はアクセサリー、羽は防具欄に装備して紙装甲高速戦闘スタイルとかやったなぁ……)」


 三天シリーズはどれもこれもキャラクターの敏捷度と回避力を大きく上昇させる効果がある。

 それは敏捷特化育成した主人公に全ての装備を身につけると、その敏捷度において右に出るものが居なくなるほどだ。

 その状態の主人公は敵の攻撃を避けまくりながら毎ターン2回行動しつつ全体魔法の爆撃したり、連続攻撃で相手をみじん切りにしたりと中々に爽快感のある戦いをすることが出来る。


 ただしこの構成、防御力は紙装甲と呼ばれるほどに貧弱になり、ボスの攻撃よりも取り巻き雑魚の必中攻撃に泣きわめく事になったりする事が多い。

 また物語終盤は一度攻撃を受けてしまったら立て直しが容易ではない(というか一撃死まで視野に入る)ため、付いた渾名が『イカロス構成』。

 翼をもがれりゃ後は落ちるだけという、ある意味潔いキャラ構成だ。


 しかしそんなことをせずとも、そもそもの効果の時点でこの三天シリーズは有用なアイテムだ。

 本来はオペラハウス攻略後にヤンのアイテムを回収した盗賊ギルドのサブクエストをこなさないと入手ができないので、4月という序盤も序盤の時期で入手できたのは儲けものと言って良いだろう。


 残りは細々としたアイテムや何故か入っているエセル・タイナーの初期装備であるロザリオ(血液付き)、回収した延べ棒を入金した銀行通帳に集めた証拠書類に対する報酬金&口止め料の金貨達。


 え、何このロザリオ。

 血塗れでめっちゃ怖いんだけど? ホラーゲームのアイテムかよ。

 俺から彼女に返せってこと? 発見料とか言って金銭要求されたりしない? 大丈夫?


「しかし思ったよりも金貨多いな」

「いっぱいですねー幾らあるんでしょう?」

「おい桜井。これ本当に受け取って大丈夫な金銭なのか?」

「そこは安心してくれ。おじさんも関わってるから大丈夫だ」

「先生が関わってるなら大丈夫か……おい、どうしてそこで先生が関わってくるんだ? あの夜、お前は先生と居たのか? 私に秘密で二人でなにかしてたのか?」

「一瞬で殺気立つのやめろ、お前そういうとこやぞ」


 最近落ち着いたかと思ったけれど、人の性根は中々変わらないということを檜垣は常に教えてくれる。

 理想の反面教師だなコイツ。


 そんな彼女は置いておいて、袋の中身をひっくり返す。

 俺はジャラジャラと流れ落ちていく金貨を集め、一枚一枚をしっかり確認して数え始める。

 視界には「金勘定+1」という文字が浮かんでは消えていき、病室にあった筆記用具なども取り出しながら効率的な数え方を模索し始めていく。


「あ、ポカポカしてきました」


 俺が金勘定に熱中し始めたことから、アイリスが心地よさそうに目を細め、檜垣が大きなため息をつく。

 「金勘定」スキルは魔物がドロップする素材アイテム売却額の微増や、錬金術によるアイテム作成時に必要な金銭を僅かに減らしてくれる効果を持つ。

 ハッキリ言って無いよりかマシ程度の増減値でしかないので、他の補正スキルと合わせて運用するのが基本ではあるが……眼の前に経験値があって手早く上昇していくレベルがあるなら逃す理由は欠片も無いだろう。

 それに素振りも出来ないし、編み物のための道具も無いので、何かやっていないと落ち着かないのだ。


「うっへへ、いちまーい、にまーい、さんまーい……」

「手伝うからさっさと終わらせるぞ桜井」

「止めろ!! 触れるんじゃない!! コレは俺の経験値だ!! お前が数えた分だけ経験値が減るだろうがァ!」

「桜井さーん、とりあえず10枚毎に置いていきますねー」

「だらっしゃぁぁぁッッ!」

「あああああ!? 何で崩すんですかせっかく数えたのにぃ!?」

「俺が数え直すために決まってんだろ……! 決まってんだろがい……ッ!!」


 この経験値金貨はアタシんだ! アタシんだよ!! 誰一人として渡してやるものかい!!

 『金勘定』のレベル上げのために最低でも30回は数え直すんだから暫く俺の邪魔をしないでもらいたい!


「散れッ! 散れ者共ッ! 何人たりともこの黄金に触れさせるものか! これは我が病室に伝わりし神聖なる秘宝! 病室の外より来たりし者がみだりに触れて良いものではない!」

「お前はどこの部族だ」

「まーた変なスイッチ入っちゃいましたね桜井さん」

「散れ~~! 散れ~~~!!」

「面倒だし暫く放っておこう。私はまた先生のお見舞いに行ってくるが、アイリスはどうする?」

「先生って桜井さんのお師匠様ですよね? 私、ご挨拶したいです!」


 あ、やっぱりおじさんも入院してるのね。

 でも檜垣がこちらに顔を出しているということはそこまで深刻な状態では無さそうだ。もしもの時は間違いなく病室に張り付いているだろうしな。

 とりあえず何度か数えてキリが良いところまで『金勘定』のレベルが上がったら顔を出しに行こう。借金の返済もしなきゃだし。


「いっちまーい、にーまーい、さんまーい、よーんまーい! ひーふーみーよー……」


 アイリスと檜垣が退室し、すやすやと眠るルイシーナの横で黙々と金貨を数え続ける俺。

 後から様子見にやってきた看護師さんがこの現場を目撃し、俺が金で病院の職員を手篭めにしようとしていると勘違いされるというアクシデントはあったものの、起床したルイシーナの『血霧』によって大きな騒動に発展することは無かった。


 今度から対人トラブルが起きたら彼女の『血霧』による傀儡化に頼るのも一つかもしれないな……いやアイリス辺りに滅茶苦茶怒られるなこれ。

 そこから檜垣に飛び火して、また風紀委員の力で追い回されるかもしれない。

 やるときには慎重に吟味した上で2人の承認を得てからにしよう。


「37回の数え直しでスキルレベル3か……まぁそこそこだな」


 そうこうしている内に時刻は昼過ぎ、腹の虫も鳴り始めて来たところで一区切りとする。

 ぶっちゃけ『金勘定』スキルなんて使い所が思いつかないのだが、そこにレベルがあるのであれば上げてしまうのが人類の常。

 今後レベル上げをする機会があるかどうかは不明だが、そういうスキルも取得していることは頭の片隅に覚えておこう。


「さて、とりあえず受付で退院手続きしておじさんの病室聞いて……この病院、天内達も居たりするのか? 聞いてみるだけ聞いてみるか」


 いつの間にやら病室に持ち込まれていた入院食を、これまたいつの間にやら目覚めていたルイシーナが平らげているのを尻目に、荷物をまとめ上げる。

 背負った革袋の重さにアイテムボックスの素晴らしさ再認識しつつ、そしてルイシーナも病室から引っ張り出しつつ、俺は退院手続きを済ませに受付へと向かうのであった。

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