066 借金返済

 退院手続きを終わらせた後、俺はボーナスおじさんこと『剣聖』佐貫 章一郎の病室にやってきていた。

 病室には俺以外にもいつの間にやら見舞いに来ていた檜垣とアイリスが居て、今は俺と一緒にやってきたルイシーナの両脇を固めるように壁際の椅子に座っている。

 おじさんには事が起きる前にルイシーナが『黒曜の剣』の一員であることを告げていた為、入室時にそれなりに冷たい視線を向けていたのだが、とりあえずは協力者の関係であることを伝えるとその矛先を収めてくれた。


「あぁ、そう言えば坊主。お前さん、お嬢さん達になーんにも説明してなんだな。流石にどうかと思うぜ?」

「オペラハウスの事件を事前に看破して、その上で『黒曜の剣』についても知っていたとは。お前のその知識の出処について益々説明してもらわねば無くなったな」

「酷いですよ桜井さん。そういう大事なことを私達に何も説明してくれないなんて……私、信頼されて居ないようで悲しいです……」


 しょんぼりとして、今にも泣きそうになるアイリスに当然のごとく不機嫌そうな檜垣。

 当時は借金返済の事で頭がいっぱいだったのだが、振り返ってみるとまぁ非常に身勝手な行いが多かったなと思い当たる節もある。

 二人のことは信頼はしているし、だからこそクソトカゲ野郎を任せた部分もあるのだが……いや、これは言い訳にしか聞こえないだろう。


「私としては事前に問題があるのがわかっていたならば、それを利用するのではなく防ぐようにしてもらいたかった。そうでなくとも、せめて問題が起きることを事前に相談して貰えていれば、怪我人を減らすことが出来たかもしれないと思うと……な」


 檜垣が静かに、そして低い声でそう言った。

 彼女のことだから兎にも角にも俺の落ち度を強く指摘してくるかと身構えていたのだが、その言葉はまるで自身の不甲斐なさを責めるようなもので。

 発する声に込められた感情が、何処と無くやるせない気持ちを抱えている印象を与えてくる。

 他人が傷つくことをよしとせず、自分が関わっていたならば何か出来たはずだと考えるその姿は、いつもの檜垣らしくないように見える反面、それは俺のよく知る原作ヒロインとしての『檜垣 碧』に似通っていた。


「桜井さんが好きなことのために行動しようとするのは構いませんけれど、あまり危ないことはして欲しくないです。死んでもまた『冥府』に行けると思っているのであれば、その考えは改めて下さい。同じ魂が二度三度と流れ着くことは稀だと、アヌビス様も言ってました」


 俺も死ぬつもりで行動することはまるでないけれど、傍から見れば軽率な行動で自身の身を危険に晒しているようにも見えたのだろう。

 おじさんの口から『黒曜の剣』がどのように語られたかはわからないが、知り合いが反社会的勢力の本拠地に突っ込んでいったと聞いたら普通は心配するものだ。

 アイリスは俺の知る人物の中でも特に優しく、そして冥府での出来事のせいで幼い精神を宿している。

 良し悪しは別として、依存先の一つである俺が命を危険に晒す真似をしたと聞いたのであればもう気が気でない状態になるのは想像に難くない。


「なんつーか、その、なんだ。すまんかった」


 とりあえず俺は頭を下げて謝ることにした。

 しかし、ただ謝るだけで許されるほど世の中は甘くないだろう。

 言葉だけ、形だけの謝罪ではないということを示すためにも、俺は自分の誠意を伝えるための行動に出る。


 俺の前世はこと謝罪においては他の追随を許さない程に厳しさを求める日本人だ。

 常日頃から頭を下げることにも下げられることにも慣れきっているからこそ、今の俺には2人が求める本当の謝罪の形というものが手に取るようにわかる。

 有史以来人類の賢人たちが考え、苦悩し、積み上げてきた叡智の結晶……それこそが今まさに求められているものだろう。


 俺は背に回していた荷物を降ろし、片膝をつきながらアイリスと檜垣を見据える。

 二人は俺が向ける真剣な視線と迷いなき覚悟を決めた『漢』の顔に、無意識にゴクリと喉を鳴らす。




「――それで、慰謝料は幾らだ?」

「お前は素直に謝るということを知らんのか」


 いやいやいや、今の俺って滅茶苦茶素直に謝ってるよね?

 いつもと違って間違いなく自分の非を認めてるのに、何なのこの反応?

 

「桜井さん……貴方は……どうしてこう……」

「ハッハッハッハ! そりゃ、そりゃねぇぜ坊主! 金で、金で解決しようなんてよう! ハーハッハッハッハ!」

「金で解決しようなんて清々しいくらいに最低ね。傍から見る分には愉快だわ」


 おっかしーなー……俺、何か変なこと言ったか?

 アイリスと檜垣に与えた精神的被害に対する、理想的な謝罪と補填の形といえば慰謝料だと思ったのだが。


 それともお客様的には歴史的謝罪スタイルこと土下座がご希望なの?

 当店で切腹オプションをご希望とあらばポーションはお客様負担でご用意していただきたいのだが、今回ばかりは特別にサービスするよ?

 あ、介錯はしないでね。首落とされたら流石に死ぬから、それはごめんだ。


「で、許してくれるの? 駄目なの? 許してくれるなら本題入りたいんだけど」

「あーもう良い、呆れて気が抜けた」

「こんな形でいつもの安心感を感じてしまうの、駄目なやつですよね……」


 何か許してくれるっぽい雰囲気なのでヨシ!

 ということでおじさんの病室に来た本題に入ろう。


 俺は革袋の中から銀行で換金できる小切手と、予め分けておいた金貨を入れた袋を取り出しおじさんに手渡す。

 それを受け取ったおじさんは内容を確認すると、その金額に動じることもなく「おう、確かに」と一言呟いた。

 ゲーム時代どころか前世も含めて見たこともない金額を当然のものとして受け入れているのは、流石冒険者のトップである『剣聖』と言ったところだろうか?


「しかしまぁ昨日の今日で金を返してくるたぁ、最近の若いのはすげぇもんだなぁ。俺ぁ驚いちまったよ」

「先生。桜井が特別おかしいだけですので、彼を若者の基準にしないで下さい」

「合法的に殴れて、しかも金も素材も奪える連中が居るなら、普通のゲーマー人間なら誰だってこれくらいすると思うんだけど」

「そんな人達がこの世に大勢居るなんて、私は信じたくないです……」

「合法的にってわけじゃぁ無いが。大昔にはそれこそ貴族狙いの強盗団の類が居たもんだ。今じゃ大体討伐されて、壁外に着の身着のまま捨てられちまったがな」


 あぁこの世界の刑罰である壁外追放か、設定資料集によれば現実で言う死刑に相当する重罰だったよな? どれだけやらかしたんだその強盗団共。

 壁外フィールドなー、そのうち上級生認定クエスト辺りで行くことになるだろうけれど、国から離れれば離れるほどガンガン魔境化していくんだよな。


 進めば進むほどに強くなる敵、上昇するエンカウント率、戦闘中に増援がやってくる頻度も高まってきて、次から次へとボス級の魔物が乱入かましてくる容赦の無さ。

 補給拠点なども皆無の世界で、アイテムの補充は配置されてる冒険者の死骸かドロップアイテムに祈りを捧げるしかないサバイバル空間。

 ランダムマップ生成のシステム故に壁外の地形も十人十色、そのせいで後に固定地形が追加される修正パッチが配布されるまで攻略サイトの情報は助言程度のものに留まり、掲示板に立てられた専用スレッドの住人達は事ある毎に「おぉ、神よ!」と天を仰いでいたものだ。


 最悪の場合、いざ壁外に出てみたら海と見間違うほどに巨大な湖の中央に自国がポツリと存在しており、壁外のダンジョンに行くために馬鹿みたいに資金と資材を要求される癖に成功率の低い『海超え』をしなければならない人も居た。

 俺も周回プレイする中で全方位毒沼、抜けた先は火山地帯という地形に出会ったこともある。

 5分に一度は火山が噴火してマグマや火山岩が襲いかかってくる地形でクエストをこなすのは流石の俺も心が折れそうになった。


「(今思うと、このゲームにおける欠点の内何割かは壁外の要素だった気がしてならないな……)」


 まぁ壁外の要素は殆どエンドコンテンツであり、大きく本編に関わるものと言えば上級生クエストと場合によっては『霊峰』と呼ばれるマップくらいなのだが、ここは人によってはクソ認定してもおかしくはないだろう。

 修正パッチの配布が迅速だったのも、今となってはメーカー側も予想していたのかもしれない……と話が逸れてるな。閑話休題。


「兎に角。ふっかけられた借金と仕事してもらった報酬金、合わせて8000万ゴールドは確かに渡した! これで貸し借り無しだからなおじさん!」

「ついでに俺の治療費も払ってくれるとありがたいんだがなぁ」

「そう言うと思って既に支払い済みなんだなこれが」

「お、本当かい? こりゃあ、お前に足を向けて眠れんなぁ。師匠想いの良い弟子じゃねぇか坊主」


 おじさんの治療費はポーションがさほど効果を発揮しないことも含めて結構な高額だった。

 外傷だったら割と何でもポーションで直せちゃう世界だからか、外科技術があまり進んでいない弊害なのだろうか?

 しかしそれでも200万ゴールドくらいだったことを踏まえて考えると、全身火だるまの状態だった俺に施された治療がどれほどのものだったのか個人的な興味が湧いてくる。

 実はおじさんが持ってくる素材をふんだんに使って、普段できない治療とか了承を得てない人体実験とかを俺で試してないよね? 大丈夫だよね?


 ともあれ、これで今回の事件で稼いだ金額の約8割は吹き飛んだ。

 だがこれでお金のことなど考えず純粋にレベル上げに励めると思えば、8200万ゴールドぐらい毛ほどにも思わない。

 やはりレベル上げはね……なんというか……こう……自由で、純粋で、救われてなきゃぁ駄目なんですよフィーヒヒヒ!!


「ねぇ」


 そんな事を考えていると誰かに服の裾を引っ張られている事に気がつく。


「うん?」

「…………」


 振り向けばそこにはルイシーナ。

 何かを求めるように無言で手を差し出す彼女に、俺も無言で小切手を取り出し「500万」と数字を記入し手渡す。


「で、次はー」

「桜井、無言で大金のやり取りをするのは妙に心臓に悪いから止めてくれ」

「ちょっと、少ないわよ」

「マテオスさん遠慮という言葉がまるで無いです……」

「じゃあもう倍でいいか」


 新しい小切手に今度は「1000万」と記入し、先程渡した500万の小切手と交換する。

 ルイシーナはそれで満足したのか、窓際で小切手を掲げて数秒じーっと見つめると無くさないように丁重に折りたたんでナース服のポケットにしまい込んでいた。

 これで合わせて9200万ゴールド。稼いでいたのが1億2000万ちょっとくらいなので、残りは大体3000万くらいか。


「これだけ金があっても、案外使い道は思いつかないもんだな」

「お前のことだし武器や防具、消耗品とかあるんじゃないか?」

「消耗品以外は買うよりダンジョンで手に入れたほうが手っ取り早いし、そもそも『冥府』から持ち出してきた今の装備の方が強いんだよな」


 意図せずたどり着いた『冥府』。

 そこで起きた騒動を解決する中で、俺はアヌビス神の協力でゲーム中盤クラスの武具は手に入れてしまっているのだ。

 大多数はアイリスの家に置いてあるが、それさえあれば暫く武具に困ることはない。

 なんなら、この時期に手に入る店売りの装備なんて低確率で販売される一部の掘り出し物や購入数に制限があるアイテム以外は極論不要と言っても良い。


 原作では物語が進めば店もラインナップが増えていき、今までよりも高性能なアイテムが増えてくるが、それらが出てくる時期には店売り装備など見向きすることも無くなる。

 なぜなら、中級生・上級生クエストで手に入るドロップ品の装備や報酬アイテムの方が遥かに便利で高性能なので、店で購入するものは消耗品くらいしか無くなる状態になるからだ。ここらへんは割と『ゲームあるある』な話だと思う。


 そしてゲーム時代の知識がある俺にしてみれば、金で解決するよりも自分で取りに行ったほうが遥かに楽だし、かつ高性能なものが集まるとわかっているので態々この大金を使おうとは思えないのだ。


「経験値が金で買えるなら秒で全額突っ込むんだけどなぁ……」

「不要なら全額引き取るわよ」

「欲張りすぎだろ歌姫様」

「私は貴方と違って完全な無一文から始めなきゃならないの。お金は幾ら有っても足りはしないわ。使いみちが思いつかないのなら、私を想って全額差し出すというのが良き人の行いじゃないかしら?」

「俺は善人じゃないので見合った報酬しか渡さん。良き人から金が欲しけりゃ路上で募金活動でもしてきてくれ」

「ちぇー」


 ともあれこのまま捨て置くのも嫌だし、貯金でもしておくか?

 いやでも急に大金を手に入れてしまったのだから、どこかから情報が漏れたら聞いたこともない親戚等がどこかから湧き出してもおかしくない。

 その手の連中は嫌にしつこいと相場が決まっているので、健やかなレベル上げのためにも俺に向かって人が集まる要素は可能な限り削っておきたい。


 しかし、そういう事ならルイシーナの案も……いや折角なのだから大金を持ってるからこそ出来ることをしてみたい。

 例えば札束燃やしてみるとか……燃えるのは小切手だし意味ないな。


「……ふむ病院、病院か。よし檜垣、ちょっと受付まで付き合ってくれ」

「何をするつもりだ?」

「別に悪いことするつもりは無いから睨むなよ。ちょっと気になることがあるんだが、もし手続きとか絡むなら俺以外にも話が理解できる奴が居たほうが良いなと思っただけだ。アイリスには厳しいだろうし、ルイシーナはなるべく人の多い場所には行かせたくないし」

「むぅ。私はまだ現世の制度や手続きには不慣れですし、仕方がないですね」

「現世ぇ? なんだい嬢ちゃん、まさかあの世から来たって言うのかい?」

「あ、はい。あれ、自己紹介の時に言いませんでしたっけ?」

「面白そうな話ね。ちょっと話しなさいよ、気になるわ」

「じゃあ……桜井さんたちが戻ってくる間でよければちょっとだけ」


 アイリスはこちらをチラリと見て、少し不安げにそう言った。

 俺と檜垣が居ない状況でほぼ初対面のルイシーナやおじさんを前に少々萎縮しているのだろうか?

 それでも自ら進んで『冥府』の話をしようとする辺り、彼女も彼女なりに自分のトラウマと向き合い改善しようと考えているのだろう。


「良い兆候、なのかもしれんな」

「かもなー」


 ポツリと呟いた檜垣の言葉に同意しつつ、俺は幾らか軽くなった革袋を持ち上げ病室を出るのであった。

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