036 正しき終わりを目指す者

「お疲れ様エセル」

「なんだ天内じゃん。なにそれお土産?」

「エセルへの差し入れ。食べていいよ」


 学園に併設された病院の一室。そこに俺は果物を手土産に静かに入室した。


 かけられた声に反応したのは一人の女子生徒。

 着崩した学生服にベール状の頭巾、修道女が被るウィンプルを身に着けた金髪碧眼のエルフ。両手首には小さな十字架のロザリオを掛けている。


 『エセル・タイナー』。

 原作フロンティア・アカデミアにおけるヒロインの一人であり、俺のパーティメンバーだ。


「それで調子は?」

「まぁボチボチ? 結構酷い状態だったから全快させるのにアレやコレやとぶち込んで何とかみたいな? 友人装ってこうしてお見舞いしてるけど、正直一介の学生にここまで高価な薬品使ってるのが何だか露骨に怪しいなーってとこ?」


 エセルは手渡した袋の中から赤いリンゴを取り出すと、皮も剥かずにそのままバリバリと音を立てて食べ始めた。

 俺はそんな修道女とはかけ離れた様子を気にすること無く、視線をベッドへと向ける。


 そこで全身に包帯を巻き付けて眠るのは、「桜井 亨」と言う名前の一人の男子生徒。


 エセルに頼んで調べて貰った「檜垣 碧」と戦い相打ちとなった少年であり、教師陣の間では長年悩みの種となっていた学園ダンジョンの不法侵入者。


「(そして、)」


 俺は檜垣さんとの面識が無いためお見舞いに行くというのは不自然であり、風紀委員に怪しまれたりなどしたら後の交流に支障が出るだろう。

 そう考えた俺は相手となった男子生徒の事を調べることにした。


 幸運なことに桜井は同じ新入生であり、かつ入学式を無視した後も教室に来ることもなかったので「昔の友人だ」とでも騙れば納得させられたし、その素行から話したがらなかったとでも言えば深く踏み込まれることは無かった。

 エセルは自分が何か目的があって桜井に接触したことを薄々感じ取っているようだが、興味が無いのか放置してくれている。


「まぁ、コイツが『剣聖』の知り合いだって話もあるし。もしかしたらコイツの状況を聞いた『剣聖』が裏から何か手を回してるとかあり得るかもねー。そしたら一応筋は通るけど……妄想の域よね」

「『剣聖』って……え? あの檜垣さんの師匠の?」

「そっちは知ってるの? 何でも風紀委員長よりも先に弟子になった兄弟子なんだってさ。最近もギルドに乗り込んで」

「ちょっと待ってくれ? 最近? え、『剣聖』って生きてるの?」

「急にどうしたの天内。急にそんな失礼なこと言って? 天内らしくもない」


 俺が驚くのも当然だ。

 ゲーム本編において『剣聖』は既に故人であることが檜垣 碧のエピソードで語られている。

 それ故に『剣聖』スキルの所持者は檜垣しかおらず、戯れに教えたスキルを覚えた主人公に興味が湧いて交流が始まるというのが本編の流れだ。


 死んでいるはずの人間が生きていて、生きているはずの人間が倒れた。

 その両者に関わっているのは「桜井 亨」という男。


 自分の中で彼が転生者ではないかという疑念が高まっていく。

 転生者であるというのならば原作知識を持っているのかどうか、それがどれくらいなのか。


 そして何より彼が世界をどう捉えているのかをハッキリさせなければならない。

 協力できる、または説得で無干渉で居てくれるならばまだしも積極的に原作を崩そうと考えているならば、それは『原作に添う』事を目的としている自分とぶつかり合う事になる。


「(最低だな。正直、このまま目覚めないで欲しいと思ってる自分がいる)」


 身勝手な考えに自己嫌悪しつつ、それでも自己都合を考えてしまうのは人間の性か。

 渦巻く葛藤に、事態が動くのを待つしか無い現状が、もどかしい。


「天内も男ばっかり見てても楽しくないでしょ? 頂いた料金分はきちっとやっておくから、ここは任せて赤野のご機嫌でも取ってきなよ。最近あんまり構ってくれないって、彼女さんがぼやいてたわよ?」

「彼女って……俺と玲花はそんな関係じゃないよ」

「ちょっとちょっと、好かれてるんだから少しは甲斐性見せなって。あんな良い子ちゃんに好かれてる幸運を蔑ろにすると、後々痛い目に遭うのは天内だよ?」

「今はそんなことを考える余裕ないんだよ……」


 幼馴染の彼女が俺に好意を持っていることは気がついていた。

 しかし、今年はこの国が滅ぶかどうかが決まる重要な時期だ。

 それが原作に添う事で解決できるというのであれば、その役割を果たすのが主人公である天内 隼人の責務なのだから、多くの人々の命がかかっているからこそ今年は原作の流れに集中したいのだ。


「だとしても程々に構ってあげなよ? 毎回、愚痴を聞かされる私の身にもなれってんだ」

「わかったよ。時間は作るって」

「なら行った行った。……何かこのやり取り不倫してる雰囲気あるわね」

「冗談でもそういうの止めてくれ!?」

「悪い悪い、だから病室で大声出しちゃ駄目よー?」


 「にしし」と笑うエセルに背を押され、俺は病室から追い出される。

 からかわれているのは気に入られているからなのか、そうでないのか。

 病室を出たことで感じていた緊張感が解けたのか、やや疲れを感じた俺は気晴らしも兼ねて今日は一日遊ぶことに決める。


「せっかくだし、玲花も誘ってどこかにいくとするか。入学してから落ち着いて外出した覚えもないしな」


 俺は玲花を探すために歩みだす。妙に現代チックな世界なのに携帯電話が無いのが不便でしょうがない。

 だがこういう不便さもまた一興なのかも知れないと気持ちを切り替え、今ままで目を向けきれてなかった学園の風景を眺めながら歩いていくのであった。

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