027 『逃げる』コマンド、未実装


「あ、あ、あぁ! アイリス! アイリィィィス!? 何故だ、何故抵抗もせずに!? おのれおのれ!! 貴様ら私の娘に何をした!! どんな呪詛をかけその身を蝕んだ!? 許せぬ、許せぬ許せぬ許せぬ!!」


 突入のために作ってもらった転移門が消失し、『塔』の中枢で俺はバビ・ニブルヘイムと二人きりとなった。

 バビは消失した転移門の位置に立ち、まるで何かを探るように魔法陣を出しては消してを繰り返している。

 対して俺は吹き飛ばされた先にあった壁に身体を預けながら、HPを回復させる上に追加で防御力を上昇させる効果を持つ『緑の霊薬』を口にして態勢を整えていた。あぁ~壁の冷たさが、火照った身体に染み渡る~。


「無駄だよDV野郎。今頃、アヌビス神とその神官全員がここに対して結界を張ってる。蘇ったばかりで全盛期に劣る実力しか無いお前じゃアイリスさんを追うことは出来ないし、ここから逃げ出すこともできねーよ」


 その言葉に俺の存在を思い出したのか、バビは血走った目を見開いたままぐるりと首を向けてくる。

 その視線には怒りを超えた殺意が濃縮されており、それでも抑えられぬ激情が彼の身体を震わせていた。


「そんな事はない、私に出来ないことなどない。アイリスも私を待っている。すぐにでも、奴らを裏切り私の下へと帰ってくる」

「ここまでくるといっそ哀れだなコイツ……どういう拗らせ方したらここまで人間性下げた状態で生きてられるんだよ」


 いや、一回殺されたから今では生まれ持ってこの性格みたいなものなのか?

 人間性マリアナ海溝かよ、底から真人間に浮上するのに何万年もかかりそうだなコイツ。


 ともあれ、ひとまずは作戦の第一段階であるアイリスさんの救出が成功したことに内心胸を撫で下ろす。

 本心としてはここで逃げてしまいたいところだが、放置すればまた間違いなくアイリスさんを狙い続けるだろう。

 その度に助けに行くのも面倒なので、この場で引導を渡してやらねばならない。


「(さて、倒せるかどうかは微妙なところだ。こいつ原作ではフレーバーとは言えアヌビス神を一回退けてるんだよな……)」


 原作では『塔』に逃げ込んだ際にアヌビス神が単身アイリスを助けに向かい返り討ちにあってしまうイベントが用意されている。

 その余波で『塔』が崩れ、命からがら脱出した先に居た主人公にアイリスの事を託すのが本来の流れだ。

 データ解析を趣味とするファンによれば、アヌビス神は戦闘データを有していない『オブジェクト』であり、その敗北もイベントの都合でそう描写されているだけだと言うことはわかっている。


 しかしバビ・ニブルヘイムが『アヌビス神を返り討ちにできる実力を持っている』ということは原作に置いて設定上保証されている。

 そのため数時間前に戦ったアヌビス神の強さを思い出すと、やはりソロで戦うことには不安が残るのが正直なところだ。

 だが先程少しやりあったところ幸いにも攻撃モーションはゲーム時代と同じものの組み合わせしか見て取れなかった。

 そうであるならば、勝てるかどうかは別として、少なくとも手数の多い徒手空拳のアヌビス神よりかは『ジャスト』が取りやすい。


 つまり勝てるかは微妙だが、だろう。


 バビ・ニブルヘイムが手にした戦斧を何度も何度も床へと叩きつける。

 自分は怒っているとコレでもかとアピールする行動は、まるで地団駄を踏む子供のようで思わず笑ってしまいそうになる。


「良いだろう、そんなにも自らの過ちと罪を私の手で濯いで欲しいと望むのであれば。貴様の身に刻まれた万と五百の罪を、その指先から肉を削いでいくことで教えてやろう」

「やれるもんならやってみな。代わりに俺はお前を使って更に上のスキルレベルを手に入れてやる。満足するまで遊んでやるからかかってこいよ

「神たる私を舐めるのもいい加減にしろよ貴様ァァァァァァッッッ!!!」


 絶叫と共に氷の鎧を身に纏い、その戦斧さえも氷の力で一回り巨大な武器となる。

 俺は迫りくるバビを見据えて腰を落としつつ、その一挙一動を見逃さないように目を見開く。


 此処から先は俺の用意した一世一代のレベリングステージ。

 あらゆるスキルを叩き込み続け、あらゆるスキルで受け続けるだけのお前にとっての無間地獄。



 俺かお前が死ぬまでか、それとも最後の策が実を結ぶまでか。

 もしくはその果て、世界が終わる瞬間までか。



「ボスを使った実践式レベリングの時間だァ! 那由多の果てに散ろうとも、俺が満足するまで付き合ってもらうぜ!!」

「戯言をォォォッ!!」

「ヒィィヒャッホォォォォイッッ!!!」


 時間無制限、俺にとってのボーナスステージが幕を開ける。

 さぁ、スキルのレベル上げタイムだ。

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