017 両成敗

「さて、次は貴方です」

「は、はいっ」


 視線を虚空に留めたまま、完全に動きが止まった桜井を放置し、アイリスは檜垣へとその矛先を向けた。


「目標としている人物に自分よりも興味を持たれている人がいる、その人物は自分よりも進んだ場所にいる。そのような事に嫉妬してしまうことは何もおかしくないです。」

「ですよね!」

「それを殺し合いにまで発展させてどうするんですかおバカ!!」

「痛ぁっ!?」


 檜垣は桜井と同じくやや強めに頭を叩かれ遅れてやってくる痛みと共に、目尻に涙を浮かべる。

 アイリスの持つ棒はその魂魄に直接衝撃を与える特殊な武具であり、いくら外傷の痛みに慣れている人間であろうと魂への痛みに慣れている者はあまり多くない。


「『憧れの人に特別に思われたいし、自分が一番で居たい。そのために日々努力しているのに何でコイツが!』……そんな気持ちになるのは何もおかしなことではありませんし、許せないと思うのも致し方ないことでしょう。しかし、その嫉妬の炎を他者への攻撃に向けるなど呆れに呆れます! 貴方のやっていることは、貴方の剣にも、そして貴方に剣を教えたお師匠様に対しても泥を塗っているような行為なんですよ!?」

「そ、そんなことは!」

「貴方の剣は気に食わない相手を殺すためのものなのですか? 貴方の師匠はそうして名を上げてきたのですか?」


 アイリスの問いかけに檜垣は言葉に詰まった。

 『剣聖』佐貫 章一郎が私情でその剣を振るったことが無い等とは流石の檜垣も思っていない。

 しかし、彼女の言う通り『剣聖』の剣は気に食わない者を斬り殺してきた訳ではないし、魔物の脅威からその剣で人々を救ってきたからこそ『剣聖』と褒め称えられているのだ。

 檜垣もその剣に救われたからこそ『剣聖』を目指した。そんな剣であったからこそ、自身の心にあの一閃は未だなお色褪せずに刻み込まれている。


「ならば、ならば私はどうすれば良かったのですか!? 桜井の……彼の剣を見る度に今にも狂いそうになる! 耐えられないんです!」

「だったら癇癪起こしてないで修行しなさいおバカ!!」


 檜垣の嘆きをバッサリ切り捨て、アイリスはこれまでで一番強く彼女の頭をポコンっ! と叩く。

 湧き上がりかけた嫉妬の炎の矛先を潰された檜垣は、苦虫を噛み潰したような面持ちで沈黙する。

 アイリスはそれを見て小さくため息を吐くと、今度は諭すような声色で話しかけていく。


「良いですか檜垣さん。彼との話の中でわかりましたが、彼は寝食を除いてその全てを鍛錬に当ててきたのです。貴方が家族の団欒を得ている時も、友人と笑い合っている時も、勉学に励んでいる時も。あの様子から察するに物心ついた時にはもはや『そう』なってしまっていた程の筋金入りです。物理的に剣にかけてきた時間が違うのですよ」

「……」

「彼のいる前でこんな事を口にしたくはありませんが……その……きっと、彼は才覚という点で貴方に大きく劣るかと思います。何もかもを切り捨てて全てを鍛錬に注ぎ込んで、やっと貴方と同じ場所に立てている。その努力を認め、称賛するならまだしも排除しにかかるなど……当然彼も激怒するに決まっているではないですか。というか師匠から受け継いだ剣を理不尽に奪われて激怒しない訳が無いでしょう。その気持は貴方にも、貴方だからこそよく理解できると思いますが?」

「わ、わた……私は……」

「同門なのでしょう? 貴方の兄弟子なのでしょう? 貴方が取るべきだったのは『襲う』ではなく『教わる』ではありませんか? お師匠様の剣を受け継いだ、たった2人の門下生が、互いに殺し合い自らの剣を世から絶やしてしまう。そんな事は誰も望んでいない、そう私は思います」


 そう言ってアイリスは屈み、檜垣と視線を交えて微笑んだ。

 その笑みは柔らかで温かなものではあるが、突き付けられた言葉は重く心に伸し掛かる。なまじ『剣聖』が関わらなければ常識的とも言える檜垣だからこそ、言っている事も自身の落ち度もハッキリと理解して省みることが出来てしまう。


 片や呆然としたまま固まる者、片や俯き沈黙する者。

 アイリスはその二人の注意を引くように軽く手を叩くと、最後のまとめに入る。


「一先ず、今回の件は厳重注意と一週間の『塔』への入場禁止にて手打ちとします。また明日一日は別々の反省室で過ごしてもらいます。一日しっかり自分を見つめ直して、しっかりと話し合うように。何かあれば私、アイリス・ニブルヘイムを呼んでもらえれば向かいます。以上、わかりましたね?」


 彼女はそう告げて話を終える。

 そして待機していた人員にそれぞれ別の場所へと連れて行かれる二人の背を見ながら、そして彼らの発していた『熱意』を思い出しながら。


「あれだけの『熱意』の持ち主、変な方向に転ばないように見ておかなきゃ不味いですよね……」


 放って置けないなぁ、などと一人愚痴りつつ小さくため息を吐いた。

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