016 当然の流れ
「それではこれから怒ります。良いですね?」
「う、うっす」
「……はい」
今、俺と檜垣は初日に叩き込まれた反省室でダウンロードコンテンツの追加ヒロイン『アイリス・ニブルヘイム』を前に二人仲良く揃って正座していた。
腕を組んて仁王立ちするアイリスはその全身全霊で「怒っています」とアピールしており、鼻息もわざとらしくフンスフンスと音を立ててその怒りの度合いを見せつける。
正直、内心可愛いなとは思いつつも、檜垣のように原作における性格との乖離があるのでは無かろうかと戦々恐々としている気持ちも強い。
実は正論マウント取ることが大好きなドSかぶれの畜生に変貌しているとか無いよね? もしくは警護役の立場利用した過剰断罪スキーとかになってないよね?
「余計なことを考えずまず私を見なさい!」
怒られた。格好エロい。
「先ほど、お二人の事情はお聞きしました。蘇生を目的に『塔』へと挑む……この事はなにも問題はありません。百歩譲って下準備もせず無謀にも突撃するのも自己責任の範疇と言えるでしょう。そこは構いません……ですが! お互いに余りにも身勝手な理由で殺し合いを始め、互いにそれを悪びれもしないとは言語道断!! どれだけの人々に迷惑をかけたと思っているのですか!!」
「誠に申し訳ありません……」
「はぁ、すみませ――痛ァッ!?」
とりあえず謝っておこうと声を出したところをアイリスに棒で叩かれる。
小さい衝撃とジクジクとした鈍痛を頭に受けながらも彼女を見ると、まるで脅すように右手に握った棒を左手の掌にペチペチと当て続けながら冷ややかな目で俺を見据えていた。
「桜井さん。とりあえず謝っておけばいい……なんて考えたでしょう?」
「はい」
「素直なのはよろしい、ですがそれを発揮する場面は今ではないです。貴方は全体的に自分本位過ぎます。他者へのリスペクトというのが感じられません。対人能力に難があります。今までご学友等にご指摘されたことは無いのですか?」
「ご学友が居ませんでした」
「それは……その……いえ、貴方もしかして自分の鍛錬を優先して他者との関わりを自ら薄くしていませんか?」
「え、何でわかるんですか」
「おバカ!!」
ポコンっ! という音と共にまた頭に衝撃が伝わる。
引いてきた痛みが再発して思わず頭を抱えて呻いてしまう。
「好きなことがありそれに熱中するのは素晴らしいことですが、それ以外全てを蔑ろにするなど余計な敵を作るばかりで無駄の極み! 世の求道者がその行いを阻害されないのは彼らが世を排他するのではなく尊敬と共に承認し合って、社会との折り合いを付けているからです!」
「えぇ……面倒な……」
「『俺は好きにやるから関わってくるな、その結果何が起きても関わってきたそっちが悪い』なんて子供じみた理屈が通用するわけないでしょう!! 貴方の師範である『剣聖』殿も含めてあらゆる人々がその『面倒なこと』を当たり前にやってきているんです! 貴方が社会から排斥されないのは、周囲が貴方の過ちに許しを与えているからであり、貴方はそれに甘え続けてるだけです!」
「なるほど……」
ぐうの音も出ない正論だ。
思い返せば確かに俺は今まで身勝手に過ごしてきた自覚はある。
なるべく他者に迷惑をかけないように配慮していたつもりだったが、学園ダンジョンに乗り込めるようになってからその意識は徐々に薄れていたような気がしないでもない。
だがしかしそれを素直に受け止められるかと言うと別で、頭ではわかっていてもどうにも心中にモヤモヤとしたものが沸き立ち納得が出来ないでいる。
「どうにも納得出来てないようですね。であればここは言い方を変えて、貴方の価値観に沿って欠点を指摘しましょう。貴方の言う『レベル』という概念はしっかり理解したとは言い難いので語弊を生むかもしれませんが、きっと使い方は間違っていないはずです」
俺の様子を見たアイリスはそう言うと、小さくコホンと咳払いをして。
ビシッと俺の顔に手にした棒の先端を突き付け俺の意識を向けさせてこう言った。
「貴方、対人能力のレベルが低いです。赤子のほうがまだマシですよ」
「――――、――――。」
俺に対する余りにもクリティカルな言葉選びに、それを受け入れることを拒絶したい気持ちと、思い当たる節がありすぎて事実を認めなければならないと言う気持ちがぶつかり合い。
俺は暫く呆然と、フリーズし続けた。
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