014 性根は死んでも変わらない。

「桜井は一体何処に居るんだ全く!」


 昼時、拠点となり得る場所をピックアップしていた檜垣は集合場所の広場にやってきていた。

 しかし待てど暮らせど桜井は姿を見せない。苛つきが積み重なり、周囲の目も顧みずに怒りの声を出す。


「(あいつ……まさか『塔』に?)」


 ふと思っただけのことだが、短い付き合いの中でも彼が基本的にバカである事はなんとなく悟っていた。

 もしかしたら彼は自分を遠ざけて一人『塔』へと挑んでいるのかもしれない。

 思えば最初の役割分担の時も、何の準備もすることなく『塔』へと挑もうとしていた。


 考えれば考えるほどにそれは確信となっていき、檜垣は『塔』へと駆け出していた。

 彼のことが心配だという気持ちよりも、自身のことを謀った事に対する怒りのほうが遥かに強く大きく。見つけ次第、痛い目に合わせてやろうと決意していた。

 こんなにも他者に対して暴力的になっているのは自分自身らしくないと思いながらも、後ろめたさ等は欠片も存在しなかった。


 『塔』の前に行くと何やら人垣が出来ているのが目についた。

 人々(というより死者たちの方が正しいのだろうか?)の様子を見るに平時の様子とは言い難い雰囲気であり、そうなると思いつく原因が一名ほど浮かび上がってくる。


「すまない。何か起きてるのか?」

「ん? なんでも『塔』に新種の魔物が出てきた上に内部で魔物同士の殺し合いが起きているらしいぞ。そのせいで『塔』のシステムがおかしくなってるから調べるために今から『塔』を封鎖するんだとよ」

「一体何をしでかしたんだアイツ……!」

「うん? あ、ちょっと。おい嬢ちゃん!!」


 檜垣は人混みをかき分けて『塔』へと向かった、間違いなく桜井が内部で何かをやらかしていると確信した檜垣は人目を盗んで『塔』へと侵入する。

 兎にも角にも見つけ出してほとぼりが冷めるまで一度『塔』から離れなければならない。余計な騒動を起こしてしまったのだから、これによるペナルティなどで蘇生までの道が遠ざかってしまうのは非常に困る。


 そう意気込んで『塔』へと踏み込んだ檜垣が見たのは魔物の屍の山だった。


 現世の魔物と違って『塔』の魔物たちは人の未練というエネルギーが魔物の皮を被っているだけの存在であるため、普通であればその死骸は風に流れる灰のように溶け消えると聞く。

 もちろん眼の前に転がる魔物たちも徐々に宙に溶け始めている。だが無造作に転がされているその死骸の多さのせいで視界の殆どが灰色の砂塵のようになってしまっているではないか。


 しかもその砂塵の先に耳をすませば聞こえてくるのは魔物たちの断末魔。

 一切途切れること無く聞こえ続けるその声の元に、檜垣は剣を握りしめてゆっくりと向かっていく。


 その先で目にしたのは、手にした剣と共に魔物を一方的に狩り続ける桜井の姿。


「リポップおせーぞォ!!! 人の未練がこんなに少ないわけねーだろ!! もっとガンガンかかってこいやァッ!!」


 正気の欠片も見えない笑みは口元が引き攣る程に釣り上がっており、そこから上がる高笑いと共に、作り出されたばかりの魔物の首を難なく斬り飛ばす。

 即座に大地を蹴って横合いから差し込まれた槍を躱し、その柄を掴み、力任せに引き寄せながら裏拳のように突き出した剣で槍を掴んだ魔物の手を斬り落とす。


 魔物を殺す度に漏れ出る笑い声が周囲に響き渡り、爛々と輝く瞳はまるで薬物をキメているかのように大きく見開いたまま瞬きもしない。

 確かにこれでは見ようによっては新種の魔物と言われても文句は言えないだろう。



 だがそんな事はどうでもいい。問題は彼の放つ斬撃だ。



「あれは、あの……剣はッ!!」


 桜井の放つ斬撃――それは憧憬の中にある美しき、そして狂おしいほどに愛して止まない『剣聖』の一太刀。


 自身の命を奪われた時は『反撃された』という衝撃と、彼に出来るはずもないという思いから、心に一抹の疑念は持っていたものの信じることをせずに抑え込むことが出来ていた。


 しかし今、現実として桜井はその一太刀を放っている。

 それはよく似た何かなどではない。自分がそれを見間違えるハズもなく、見誤ることなど絶対に無い。

 だからこそ桜井の一閃は『剣聖』の一太刀と完璧と言って過言ではないほどに同様のものであり、檜垣はまるでそれが生き写しかのように目に映る。


 呆然と、立ち尽くし。



「――――――貴様ァァァアアァァァァアッッッ!!!!」



 心火が燃え上がり激怒した。


 『剣聖』で無いものが『一閃』を振るう。自分では無いものが『剣聖の一閃』に手をかけている。

 自身の憧憬に吐瀉物を吐きつけられ土足で踏みにじられたかのような、邪悪かつ醜悪なその所業に檜垣の全身全霊が怒り狂う。

 冥府での全てのやり取りと目的が頭から完全に消し飛んだ檜垣は迷うこと無く桜井へと『火剣』を向ける。燃え盛る炎を身に纏い、それを推進力に放たれる刺突が桜井の背後へと吸い込まれていく。


「あ"ァ"ン"!"?"」


 対して一種のトランス状態となり深い集中力により感覚を研ぎ澄ませていた桜井がその奇襲に反応しグルリと顔を向ける。

 彼は迫りくる刺突に対して即座に近場の魔物の足を握りしめ、その剣先を側面から殴りつけることで軌道を変更、その勢いのまま壁面へと突き進む檜垣の背を追うように意趣返しとばかりに『火剣』による刺突を放つ。


「チィッ!」


 檜垣は軌道を逸らされた刺突をそのまま横薙ぎへと変化させることで身体を転身させ、その勢いの一部を遠心力と共に剣に乗せ、背後より迫る桜井の刺突を弾き飛ばす。

 刹那の攻防の後、檜垣も桜井も自身に伝わる衝撃を和らげるように二度三度身体を回して対峙した。


「テメェ……俺のレベリングの邪魔するとはどういうつもりだッ!」

「黙れ黙れ黙れ!! その剣は、その斬撃は先生のものだ! 何故お前が!? 何で!? どうして!?」

「邪魔するくらいなら経験値サンドバッグにしてやるよクソアマァッ!!」

「貴様ァァァッッ!!!」


 ここに至って両者ともに当初の目的など忘却の彼方。

 もはやお互いに眼の前の外敵を排除する事しか思考に無かった。


 桜井 亨 VS 檜垣 碧。

 その第二ラウンドは『塔』の魔物たちを含めた三つ巴となり狂乱の宴と化していくのであった。

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