011 正しき主人公
生まれ落ちた世界がRPGゲーム、『フロンティア・アカデミア』の世界であると気がついたのは物心付いた時だった。
都市を覆う外壁に、外に居るとされている魔物たちの存在。
人類の生存圏を守ると共に発展のために壁外へと挑む冒険者たちの存在。
科学の代わりに魔法が発展した現代社会のような世界観。
前世の記憶の中で直前までプレイしていたゲームであるからこそ、早期に気がつけたのは幸いだっただろう。
『フロンティア・アカデミア』は据え置き機と生まれて間もないVR機器の2つの形態で販売された意欲作であり、描かれる物語は同じであってもその視点の差によってゲーム性に変化が存在したり、キャラクターから受ける印象が違ったりするという点で話題を呼んだ作品だ。
物語はお世辞にも斬新とは言い難いもので、新鮮味を求めた多くの人々には良作止まりが精々だったものの、要所を外さない王道な話はあれやこれやと深く考えずに楽しめる良い点だと思っている。
加えてVR版は今後開発されていくであろうVRMMORPGの前身とも言えるであろうポテンシャルを発揮しており、技術的な面での評価が高いタイプだ。
そんな世界に主人公である少年、『
今後、原作通りに進むのであれば入学して一ヶ月後には魔人との邂逅が控えている。
ゲームで言えば最初のボスではあるが、現実となったこの世界では死んでしまったらリトライなど出来るはずもないと考えていいだろう。
俺は学園入学前に可能な限りのレベル上げを行い、本来は
最初のボスの適正レベルは原作において10前後。その倍近くはあるレベルで仲間と共に挑めば、安全に勝利を掴むことが出来るだろう。
「土龍の籠手も手に入れられたし、ちょっと防御力を重視し過ぎかと思うけど安全マージン取るに越したことはないよな」
「ん? 隼人、なにか言った?」
「あぁいや。ダンジョンの第一層が思ったよりも楽に終わって少し拍子抜けしてたから、ちょっと気を引き締めなきゃかなって」
「隼人は相変わらず生真面目というか慎重ねー」
学園へと向かう途中、隣から話しかけてきたのは原作ヒロインの一人である幼馴染の『
ツーサイドアップにした赤色の髪。目鼻がバランスよく配置された端正な顔立ち。
浮かび上がる表情の数々は勝ち気な印象を持たせながらも、強い愛嬌を感じさせる活力を備えている。
精神的にも自分より大人びているようで人付き合いも上手く、クラスの中心に立つわけではないが密かな人気を得るような少女と言えるだろう。
「命がけなんだから当然だろ? 馬鹿な失敗して痛い目みるのは嫌なんだよ」
「それもそうだけど、あんまり神経質になりすぎてもしょうがないし。気楽に行きましょう気楽に。学生の内に失敗しておくのも経験とか言うでしょ?」
失敗したら壁が壊されて国が滅びかねないんだよな……等という事は決して口にすることが出来ず、思わず憂鬱なため息を吐く。
それを見た玲花が笑顔を浮かべて「気合が足りないぞー!」と背中をバシバシ叩く、これが何時もの俺たちのやり取りだ。
「(俺が物理アタッカー。玲花がメイン魔法でサブ回復。回復とバフを任せられるエセルさんとは問題なくパーティを組むことが出来たし、戦闘リソースを節約するためにもう一人物理アタッカー……できれば属性攻撃持ちを仲間に加えたいな)」
今この場には居ないが俺の仲間には『エセル・タイナー』という女子生徒がいる。
彼女も原作ヒロインの一人であり、彼女が扱う神聖魔法は今後の魔人との戦いにおいて非常に戦力になる。
特に不死種の魔物に適合した魔人を相手にする時には彼女が居るか居ないかで難易度が大きく変わるほどだ。
「(候補で言えば最高なのは『檜垣 碧』先輩だな。あの火力は戦いが後半になればなるほど魅力的だ。加入時期が遅いのが問題だけれど、原作開始時点で特定のパーティに所属せずソロで活動していたはず。交流を深めれば早めに加入……少なくとも剣聖スキルの歩法系だけでも教わることができたなら……)」
そんな事を考えつつ教室に到着すると何やら周囲が騒がしい事に気がつく。
玲花もその妙な雰囲気に気がついたのだろう、率先して近場の女子生徒に話しかけて情報を集めだした。
「おはよう
「あ、赤野ちゃんおはよう。赤野ちゃんは風紀委員長の檜垣さんって知ってる?」
「部活説明会でずっと武器を抱えてたあの人のこと?」
「そうそう。何でもあの人、誰かと戦って今や意識不明の重体だって……」
「はぁ!? ちょっとその話詳しく!!」
「わ!? 隼人どうしたの?」
檜垣 碧が意識不明の重体!? そんなイベント聞いたこと無いぞ!?
「えっと、詳しくと言われても噂程度しか知らなくて。何でも何処かの男性生徒とトラブルを起こして河川敷で決闘して、その結果大きな傷を負って今は病院で寝たきりになってるって話みたいよ」
「マジかよ……どうなってんだ……」
「隼人、風紀委員長とは知り合いなの?」
「え? あ、いや。あの人、前にギルドで剣聖の弟子だって聞いたからさ。そんな強い人が意識不明とか驚くだろ?」
「うーん? なんだからしくないけど……気になるなら今度お見舞いにでも行ってみる?」
「いや、大丈夫だ。面識があるわけじゃないから行っても門前払いになるだろうし」
「そっか。でも風紀委員も大変よね、そんなに治安悪い学園には思えないんだけど」
「相手の男子生徒について何にもわからないってのも不思議よねー」
玲花はそのまま八代さんとの談笑を始め、お礼と共にそこから抜け出した俺は席に付いて窓から空を見上げながらも、内心気が気でなかった。
それは自身が知らないイベントが起きたからというだけでなく、自分の知らない所で原作の流れをおかしくさせる存在が居るかも知れないという可能性が出てきたからだ。
仮に重要キャラに対して致命的な出来事が起きてしまった場合、それはそのままゲームオーバーに繋がりかねない。もしも自分に関われない場所でそれが起きてしまうというのは、この
「(ちょっとレベル上げは控えて、原作キャラクター達とのコミュニケーションを優先するか。少なくとも顔つなぎだけは済ませておいた方がいいかもな……)」
俺は現在接触可能なキャラクターの事とそのエピソードを思い出しながら、檜垣 碧が無事学園に戻ってきてくれることを祈るばかりだった。
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