010 決着


 檜垣は地力の差を鑑みて、桜井は己の性を鑑みて。

 互いに短期決戦を選択した二人は次の一手によって決着をつけんと斬り込んだ。


「唸れ焔ァ!」


 檜垣の火剣により生み出された炎が8つの軌跡を描いて桜井へと殺到する。

 それは纏う炎を振るい放つ魔剣が一つ、『蛇焔へびほむら』。

 大地をのたうち回りながら、四方八方から迫りくる炎の蛇は僅かに触れるだけでもその身を炎上せしめる熱量を内包した檜垣の必殺だ。


 それを知る桜井は、だからこそ前へと駆ける。


 振り放たれた瞬間から、炎が攻撃の軌道に乗るまでの僅かな時間。剣より剥がれた炎は檜垣を避けるように弧を描く。

 その一瞬だけ、桜井と檜垣の直線上には蛇が通ることのない空間が、道が形成される。

 彼がゲームで何度も見た攻撃モーションから振るわれる剣の角度と順番は、目の前の事象と寸分違わず一致しており。桜井は15年の歳月を超えてなお、その動きを鮮明に、詳細に覚えていた。


 故にこそ見える勝利への道を、桜井は迷うこと無く駆け抜ける。


「(間合い、入ったッ!)」


 蛇の隙間に身体を捻り込み、剣を握りしめ。その勢いのままに檜垣の剣を弾き上げる。

 無防備に身体を晒した檜垣の歯噛みする顔を見据えながら、剣を腰溜めに引き戻し技へと繋げる。


 それは、一閃。


 何の変哲もない唯の斬撃なれど、極めに極めたその一閃はただそれだけで『スキル』へと昇華された『剣聖』のみに許された斬撃の極致。

 だが、それが『剣聖』にとっての通常攻撃であるとしても。世界の中で『技』として成立しているのであれば、覚えてしまえるのが桜井 亨という男の異常性。


 『偽称・剣聖一閃』、剣聖の通常攻撃を放つことが出来る……ただそれだけの技。


 されどその威力は必殺。

 桜井が耐えられぬ一閃に地力で劣る檜垣が耐えられる道理は無く。間合いに入り込んでしまった檜垣の命運は、もはや尽きたと言っても過言ではない。


 だからといって、檜垣が諦める理由などはない。その命運を覆さんと剣を握る。

 思考が加速し世界が速度を落とす。脳の奥底でバチリと何かが弾ける音が鳴り、窮地を逃れんと力が湧く。

 火事場の馬鹿力による強引な駆動は跳ね上げられた剣を引き戻すに足る膂力を発揮するものの、筋力のリミッターを外したその力は内部から自らの筋肉を断絶する。


「ォォォォオォォオッッ!!!」


 獣の如き咆哮と共に、放たれたのは『9』。

 ゲームには存在しなかったそれに桜井は目を見開く。

 技の体勢に入ってしまったが為にもはや回避も、防御も、不可能。


「――っ!?」


 桜井は為す術無く炎の大蛇に飲み込まれた。

 それを見て檜垣が勝利の笑みを浮かべた。


 大蛇が大地に直撃し、爆散する。

 巻き上がる土煙の中で檜垣は強引にでも剣を構えて警戒する。

 1秒……2秒……そして3秒。追撃も、そして何かが動いた気配も感じ取ることが出来なかった檜垣は剣を取り落とすように構えを解いて、息を吐いた。


「……ハァ……ハァ……」


 強かった。だが自分のほうがより上だった。

 いや、彼との戦いを通して自分は更に強くなった。存在しなかった9本目の蛇焔を放つことが出来た事がその証明であり、相手を殺したことで晴れた気持ちも相まって、心中には僅かばかりの感謝の念が浮かんでいた。


 不愉快だった、それこそ吐き気がするほどに。

 しかし今となっては剣聖の背に近づくための試金石となり、そして踏み台となってくれたではないか。

 この9本目の蛇をものにすることができれば、さらなる高みへ、あの一太刀へと近づく事ができるだろう。そう考えると今にも小躍りしそうになる。



 そんな檜垣の身体を、銀閃がスルリと通り抜けた。



「………………は?」


 土煙のカーテンの先から放たれたそれは、憧憬の中に残された刃と寸分違わぬ美しさを有していた。

 斬られたという自覚はあれど痛み無く、されど止め処無く流れる鮮血の海に檜垣は崩れ落ちた。

 驚愕に見開かれたその視線の先には黒焦げとなった一人の男が、剣を振り抜き立っていた。


「そん、な。嘘……!?」


 確かに自分は蛇によって桜井を焼き殺した。

 しかし事もあろうに桜井は、死した後に剣聖の一太刀を放ってのけた。


 桜井に言わせたならば『既に始動しているモーションがHPが0になろうと『怯み』が入らなかったため、その動きがキャンセルされずに実行されたのでは無かろうか』と仮設を立てただろう。例えそれが偶然のものであっても少なくとも理解できる道筋は立つ。


 だが檜垣にはそれがわからない。わからないからこそ、只々驚き続けるしかない。


 自身の新たな蛇が気合の産物であるとするならば、その一太刀は理外の産物。

 ありえぬ故に信じ難く、されど現実に起きてしまった以上信じる他にない。頭ではわかっていても心がついていかず、納得する間もなく命の水が流れ出ていく。



 桜井 亨。檜垣 碧。両名ここに相討った。



 河川敷に残され転がる骸に、彼らの魂は欠片たりとも残されていなかった。

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