009 最大の敵は自分

 強くなっている。


 檜垣ひがき あおは激情と共に剣を振るいながらも、頭に残した理性で目の前の男……桜井さくらいとおるを観察していた。


 元々地力においては自分よりも間違いなく彼のほうが優れていた。

 それはきっと自分よりも長く積み上げてきた努力の結果によるものであり、ダンジョンに残された戦闘痕を見る度に彼の歩んできた戦いを想像することができた。


 だからこそ『対人』経験は薄いのではないかと疑った。

 そして実際に対峙して、確信した。

 なので剣を奪うことをその場で決めた。


 こうして檜垣 碧は剣聖の剣を奪い取り、彼の報復に憤怒し、今や殺し合いへと発展している。


「チィッ!」

「オラァ!!」


 フェイントを交えた斬撃に引っかかることもなく対応される。刃同士がぶつかり、擦れ合い、火花を散らす。

 刺突、斬撃、打撃。一挙一動、殺意を込めた全ての攻撃が目の前の男に弾き返される。


「どうしたどうした! スキルレベルが足りねぇぞ!!」

「何をわけのわからないことをッ!」


 晒した隙に打ち込もうとしても、まるで示し合わせたかのように対応してのける。それはまるで彼の防御に剣が吸い寄せられているような奇妙な感覚があり、そのカラクリを解き明かさない限り致命傷どころか傷さえ与えられないだろう。


「っの野郎!!」


 対して攻撃に関しては些か杜撰と言わざるを得ない。わざとらしい隙にも見事なまでに引っかかってくれる点は入学式の時から大きくは変化していないだろう。

 ともすれば、彼がこの短期間で伸ばしたのは『負けないため』の受けの技術といったところか。


「(狙いは持久戦か。小癪な小癪な小癪な小癪なァッ!!)」


 桜井の狙いに当たりを付けながら、その技術を身につけた経緯――剣聖と彼の風景画が脳裏に浮かび上がり不快指数が怒髪天を衝くほどに急上昇する。

 一撃一撃の重さが増していき、散る火花も響く剣戟も激しさを増していく。

 持久戦に持ち込まれたならば地力で劣る自分のスタミナが先に切れてしまい、隙突かれて殺されるだろうし、そもそも何より一分一秒でも早く眼の前の害獣を殺してやりたくて仕方がない。

 故に檜垣は出し惜しみをせず、今この瞬間の全力を決意する。


 やるべきことと、やりたいこと。

 その二者が一致した檜垣の剣が空気を切り裂き炎を纏う。

 剣聖より教わりし剣術、『火剣ひけん』が姿を現した。




「(来るか、火剣……!)」


 原作において檜垣が覚える火属性剣術スキル、『火剣』。

 通常の斬撃に加えて火属性を攻撃に付与することで、ダメージ量と状態異常の『炎上』を相手に付与できるようになるスキルだ。

 炎上はダメージを与えたかではなく、ヒットしたかどうかを参照する。

 敵がガード状態であったかどうかを踏まえて、蓄積される炎上ゲージが一定を超えると状態異常の『炎上』が発動。対象者に持続ダメージを与え続ける仕組みになっている。

 加えて『炎上』状態は火属性の攻撃に対する防御力を下げる効果を持っているので、次々と襲いかかってくる斬撃は回避するのが最善手だ。


「(かと言って避けられるかって言うと無理!!)」


 檜垣の予備動作、構えや四肢の動きから次に放たれる『技』を予測。それに対してカウンターとなり得る『技』をぶつけることで凌いでいく。

 レベル上げに夢中で対人経験を積んでこなかった俺はその点において誰よりも負けているし、それは剣を奪われた事が証明している。

 だからといってその経験は一朝一夕で身につくわけでもないので相手が彼女でなければどうしようもなかっただろう。


 しかし檜垣 碧なら対抗できる。

 短い期間で対抗することができる。


 教わった技も、動きも、俺と彼女はボーナスおじさんに教わっており他の人間に薫陶を受けたわけではない。そうであるならば技を放つときの構えや癖は理解しているし感じ取ることも出来る。

 その精度を上げるためにも互いのスタイルの『大元』である剣聖を相手取り、その技の数々を見て覚えてきたのだ。頂点である彼から覚えてきたものを彼女に適用出来ない道理は無い。


「(ああああああ! 炎のエフェクト邪魔じゃああああ!!)」

「このっ!」

「危な!? 殺す気か!」

「そうだ!!」


 要は後出しジャンケンを続けてるだけなのだ。

 一つ見誤れば死に繋がりかねないだけで、グーチョキパーのどれかしか使わないなら何とでもなる。

 だがしかし、逆に言えば俺は彼女の攻撃に対して技を出し続けなければ彼女の攻撃を凌ぐことは出来ず、それは最善手である回避という手段が取れない事を意味する。


「(炎上耐性装備はしてあるがそれも絶対じゃない。こっちの世界で状態異常を受けた経験は無いし、どう感じるかわからない! 『炎上』が発動したらそこから崩されるかもしれん!)」


 一撃。たった一撃で良いから打ち込めれば終わらせられる。

 しかしその一撃が入らない。技を放った後の隙、そこへと打ち込むタイミングは掴んでいるというのに1テンポの遅れが起きてしまう。原因は明確だがそれを解消するのは困難極まるというか自分という存在への否定にまで繋がりかねない。


「(畜生……畜生……ッ!)」


 炎が迫る。

 刃を打ち合わせる度に、剣より離れて肌を撫でる炎の熱さに瞼を閉じてしまいそうになる。

 だがそれは許されない。

 相手の動作を見逃す事は命取りであるし、そして何よりも――



 ――『耐火性+1』のログを見逃してしまうから……ッ!!



 前に火傷した時にそんなん出てこなかっただろうが!? 何で今になって出てくんだよおおおおお!!!

 畜生笑うな俺! 今戦ってんだぞ!! でも対処できてるし耐火性とか言うし新スキル獲得のチャンスだしレベル上げに利用できるんじゃ、いやしかしだなぁ!!

 あぁぁぁああぁぁぁあああんもぉおおおおお!!!


 頑張れ負けるな俺の理性!

 こうなりゃ相打ち覚悟で無理矢理奥の手ねじ込むしかねぇ!!

 最大の敵は俺自身とかそういうイベントもうちょい後にしてくれよぉぉぉぉ!!!

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