あざらし転生!-異世界でもふもふしたかったのに、もふられる側に転生したんですけどおかしくないですか?!-

笠岡もこ

第1話 プロローグはあざらし転生

 私は猫宮ねこみや 小鳥ことりという名前だった。


 生前の私は立派とは言い難いが、しかし、確かに人間だった。

 そうなのだ。平均的な容姿で、平均的な地元のそこそこな大学を出て、地元の中小企業に就職したOLの人間。それが私、猫宮 小鳥だった。

 姉妹で比較されてて、優秀な妹の陰に生きる地味でオタク気質な女。それこそ世界にありふれた人間だろう。人生に大きな不満はないが満足もない。


 そんな私は今、自分の両手を眺めて打ち震えている。いや、眺めるというか交互に目玉を転がすというかさ。目の前の氷に映る自分を見る方が、正直早い。

 人間に例えるなら、純白の美しい肌、とでも表現すべき体に――見とれるわけがない!!


「なんでさ!」


 氷に打ち付けた手は、情けないぺしぃぃなんて虚しい音を立てただけ。冷たい空気によく響く。


「アザラシのにゃかでも最強な、タテゴトあざらしの赤ちゃんにゃのに!!」


 しかも、タテゴトアザラシの中でも大人気な生後十~十四日の太ったホワイトコートな状態なのに!!

 まるで牛皮にふられた粉砂糖。その埋もれたくなっても踏み入れてはいけなくなるような純白のもふもふ。うっすらとした氷色に浮かぶ真っ黒な瞳はまるで黒豆。どれだけ動画を見て、写真に鼻先をこすりつけたか。小さな写真集、「あざらしのもふ」だって、保存用と鑑賞用に買った記憶は新しい。


「なんで! もふもふ度は高いにょに、なんで自分で触れにゃい! 意味にゃいじゃん!」


 自分を触れない葛藤にもだもだとしていると、見事にひっくり返ってしまった。日光浴が美味しいでぷとか思ったことを自覚させるなよ!

 必死に目を動かし見えたのは青い空と若干の自分の腹毛。ふわっふわの腹下だ!


「いや、まてよ。私、バイカルアザラシな可能性もあるでしゅ。いや、淡水じゃにゃいか」


 あぁ、空が青いなぁ。なんて、小学生以来に思った。

 どこまでも広がる淡水の空か。否。この空は、どう考えても●極だ。

 それ以前に、タテゴトだろうがバイカルだろうが、アザラシなのには変わらない。ふっと苦笑が浮かぶ。あざらしが苦笑とか、さらに苦笑だよ。っていうか、実際吹いて盛大なくしゃみをはなってしまった。あざらしでも、くしゃみをするのか。


「あれはオーロラでしゅかね。――ん?」


 突如、オーロラと自分の間に現れたのは、いわゆるステータス画面ウィンドだ。


「きたぁぁー‼ ってか、遅い!」


 よだれがもふ毛を湿らせたのに、少しばかりうへぇっとなりつつ。それでも、喜びが風になびくもふ毛を逆立たせる。ついでにばたつく手と尾っぽ。尾っぽって足みたいな神経感覚で動くのか、人魚すごいわ。

 すぐさま、「はふぅ」っと毛の間をすり抜けていく冷風に声があがったのは内緒だ。内緒にするまでもないか。なんせ、私の周りには一切人影、いや、アザラシ影もペンギン影もないのだから。


「よしっ、ひとまず座標と私のステータスを表示して、まずは私自身の把握を……」


 ついっと指先を伸ばして、音を立てて固まった。まるで、氷がみしっと鳴るように。


「とっとど」


 とどではない。私は、とどと呟いたつもりは毛頭ない。

 咳払いの後、目の前の現実に怯むことなく、私は精一杯指先を伸ばした。運動会のリレーで前のめりに倒れこむより、球技大会でバレーの玉に腕を伸ばすより鬼気迫って。上腕二頭筋が必死に……伸びない。


「届かなーい!! てか、届かないんかーい!」


 氷と雪景色に響いたのは、きゅうって鳴いたら可愛いなっていう音程の悲鳴。でも、実際は地鳴りを誘うような悲壮感溢れる音だった。

 諦めの悪い私は、もう一度挑戦してみる。が、私の可愛いのっぺりとした手は、すかっと空をひっかいただけだった。

 下手に不満をしゃべられるだけに、余計にストレスが生まれる。


「ちょっとちょっと、ほんと、あのキノコ神様やろう!! ステータス画面に届かないなんて、意味ないだろうがぁぁ!!」


 うがーっと叫んで思い出した。自分が、この姿になった理由を。

 あいつだ。あの嘘みたいで残念な神様っていう神の使いのせいだ!


「ぐぅーうー」

「私が、願ったのって、こんなんじゃないよね! もふもふしたいとは言ったけど!」


 両手をばたつかせても、なかなか仰向けの状態からなおれない。くそう。せめてうつぶせにならないと行動にする移せない。

 大体、そもそも! 私、猫宮 小鳥が望んでいたのは――。


「ぐぐうう」

「あぁ、もう、うるさい!!」


 思い切り左右に反動をつけてなんとか、匍匐前進の状態になった私の目の前にいたのは、立派なしろくまさんだった。きっと旭川あたりでみかけたら、「わぁ、かわいいね」なんてガラスに張り付けたかもしれまい。そう、張り付けたかもだ。

 ただ今は、私と大きな二足立ちのしろくまさんとの間に壁は一切ない。ないのだ。ぼたぼたとホワイトコートをべちゃらす涎に、さぁっと青ざめていく。心が。毛の色は変わっていないだろう。


「えーっと、あなた、言葉、しゃべれますかー」


 私の問いかけに、しろくまさんは残酷にも首を傾げた。

 おい、おかしいだろ。私はしゃべるあざらしだぞ。生後十日ほどと予測される赤子なのに、なんら不自由なくしゃべっているのだぞ。語尾は怪しいけど。

 なのにどうして、成人しろくまな貴方がなぜ話せないのか。異議を申し立てる。


「私、もふもふを望んだのに、万能動物世界を願わなかったのか」


 そうだ――私は、とあること願った。そして、ここにいる。っていうか、願ったのはあくまでもオプションだよね!


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