ショタコンなんだけどなんだか異世界で崇められそうで怖い
とと
ショタを庇って刺殺
ずっと、不思議だったことがある。それは、私が持つ色のことだ。みんなはおんなじ黒い髪と目なのに、私だけは違う色。お婆ちゃんみたいに白い髪と、誰とも違う青い目。なんで私だけ違う色なの。お母さんに問いかけた時に返ってきたのは、ただ謝罪だけだった。
ああ、これは、『悪いこと』なんだな。真っ黒な髪の母が、泣きそうに黒い目を細めるのを見上げ理解した。これは、聞いちゃ駄目なこと。そう理解するのは少し遅かったみたいだけど。
「お父さんもお母さんも、みんな黒い色なのよ」
真っ黒な毛の猫さんに話しかけた。金色の目は動かない。だってこれはぬいぐるみだから。はじめから命がないものは動かない。
でも、私の話をちゃんと聞いてくれるし、私を叩いたり怒ったりもしない。どんなお話をしても、悲しまない。だから猫さんが好きだよ。
「猫さんも黒いのね、でも、お目々はきらきらしてる」
お父さんは、私のことが嫌いらしい。よくわかんないけど。お母さんのことも、嫌いみたい。いっつも大きな声でよくわかんないことを言ってるの。私は、『あやまち』の子なんだってさ。あやまちってなんだろう。あやとりの仲間かな。でも私は毛糸ではできてないのになぁ。変なの。
「……私も、黒いのがよかったな」
こんな変な色じゃなくて、みんなと同じが良かったな。そうしたらきっと、お父さんは私を嫌わないでいてくれたかもしれないし。お母さんは私に謝らなくても良かったかもしれないし。それから、それから……。
たくさん、たくさん、もっと幸せになれたはずだ。だから、私も猫さんとおんなじ黒色になりたいのに。
「でも、どうしたら黒くなれるんだろ」
絵の具だと、すぐに落ちちゃうかな。首を傾げる。猫さんにもいっしょに首を傾げてもらう。部屋の外からは、いつもと同じ大きな怒鳴り声が聞こえていた。
カーテン越しの柔らかな光が、穏やかに私を眠りから掬い上げる。ああ、夢だったのか。いささかの不快感と共に、かつての私と同調していた想いは霧散した。
「――あー、なんか嫌な夢見ちゃったなぁ」
あの後すぐ、両親は離婚した。そして、私は父にも母にも引き取られることなく、所縁のあった教会に身を寄せることになった。そして今に至る、のだ。あんな昔のことなんて気にならないくらい今が幸せなんです。はい。
嫌な夢、嫌な夢。そう呟きつつ体を起こす。時計を見ると、短い針が七と八の間にあっ……た?
「って、遅刻じゃない!」
日曜日ではあるけれど、教会に休みなんてない。ほら、いつもみたいに朝ご飯を作る手伝いをしなくてはいけないのに。なんでこんな時間まで寝ていたんだ私。そして、なんで誰も起こしてくれなかったんだ。
ばたばたと音を立てそうなほど慌ただしく朝の支度をする。とりあえず着替えて、髪を梳かして、……だけでいいや。
とにかく調理場まで急がないと。私のせいで朝ご飯が遅くなったら申し訳ない。特に私より下の子が私のせいでお腹をすかせていたりなんかしたら、私はもう死ぬしかない。
急ぎ足で食堂に向かう途中で、向こうから歩いてくる人影を見つけた。すぐに足を止める。人影は……真っ白な髪を一本の三つ編みにした、品のいい老女――シスターだ。そうわかった瞬間、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさいシスター! 寝坊してしまいました!」
シスターは、おっとりと口元に手を当てる。苦笑しているらしい。ごめんなさい。もう十五歳だっていうのに、シスターには迷惑ばかりかけています。
「あらあら、鈴(れい)さんは今日も元気ねぇ」
嫌味……ではない。シスターは本気でそう思っている。付き合いが長いのでわかるのだが、彼女は天然なだけなのだ。そんなシスターが好き。
「れいお姉ちゃんおはよー!」
息を整えていたら、横から勢いよく飛び込んでくる塊があった。
体勢を崩しそうになって、とっさで堪える。だってほら、この高い少年らしい声は。そしてこの、私が抱きしめたらちょうどすっぽり収まりそうな大きさは。
「……尊い」
にぱっ、と。翳り一つないお日様のような笑顔。私の胸よりも少し小さい背丈。天使がいた。間違えた、ショタだ。ついでにいうと、教会に保護されている子供のうちの一人だ。つまり私の弟分。だから私はお姉ちゃんだ。
悲しいことも辛いこともたくさんあったはずなのに、こうして笑えるその強さが愛しい。尊い。あまりの尊さに咽び泣きそうになったが、一番上のお姉さんという矜持があったので堪えた。褒めて。
「お姉ちゃん、きょうは早起きしなくてもいい日なんだよー」
「え? ……どういうことなのかな、ふぅくん」
癖のあるふわふわの髪を撫でながら首を傾げる。天使……もといふぅくんは、満面の笑みのままに言葉を続けた。
「きょうはお姉ちゃんのお誕生日だから、お姉ちゃんはがんばるのお休みしなきゃなの! お姉ちゃんがいっつもたくさんがんばってくれるぶん、みんなでおかえしするのー!」
尊いが過ぎる。じゃなくて、そっかー今日はお姉ちゃんのお誕生日かぁ。なぁんだ。
――まじかよ。かんっぜんに忘れてたわ。
「鈴さんは、自分のことになると無頓着ですからねぇ。他の子たちの誕生日は絶対に忘れないのに」
「うぅぅ……」
「昨日ちゃんと言っておいたというのに、そんなに無駄に慌てて」
「むだにあわててー!」
ぐさっ。胸に矢が刺さる幻覚が見えた。胸を押さえて視線をそらす。ショタに言われると余計傷つくんですけどちょっと。でも可愛い。昨日言っておいたとか覚えてないよ、慌ててたせいで記憶が飛んでたよ。
「十六歳になったのだから、少しは落ち着きを持ちなさいな」
今日から十六歳、になるのかぁ。もう結婚できる年齢だよ。シスターの後を継ぐ気しかないから、結婚する予定はないけど。……でも、うん。大人に一歩近づいたのは、素直に嬉しい。大人になれたら、守れるものも増えるから。
「まあ、今日はお小言は止めておきましょう。せっかくのいい日なんですから。ね、お誕生日おめでとう、鈴さん」
「お誕生日おめでと! れいお姉ちゃん」
「ありがとう、ふぅくん。シスターも、ありがとうございます」
ところでなぜ食堂に行く途中で会ったかというと、私を起こしに来てくれようとしていたらしい。シスターってば気遣いもできるなんて素敵。
「ほら、行きましょう。今日の朝ご飯は子供たちが頑張ってくれたんですよ」
「そう、ぼくもがんばった!」
「――生きててよかった」
なんか毎年似たようなこと言ってる気がするけど、口をついて出た言葉は紛れもない本音だった。
だってほら、子供たちが、弟妹分に当たるあの可愛い天使のような子達が! 私のために。不肖ながらもお姉ちゃん文面であるこの私の! ために! 頑張ってくれたんだよ? 尊みしかない。
もうこの世界のありとあらゆるすべての存在に対して感謝の気持ちが溢れそう。今日も世界は美しい。陽光に照らされたハウスダストさえも私を祝福しているような気がする。生きるの楽しすぎない? この世は楽園か?
ふぅくんは私の手をとって歩き出す。ああ、ショタの手のひらだ。ちょっとこの瞬間の手の感覚を永遠に保存する方法とかないのかな。毎日思ってるけど。やだ、我ながら……気持ち悪い?
「れいお姉ちゃん、はーやーくー!」
「うん、……うん」
ごめんねお姉ちゃん今ちょっと胸がいっぱいなんだ。本当に無理。嬉しさで死ぬ。むしろ生きる。あと百年は生きたい所存。ああ本当に、こんな幸せでいいのかな。――いいんだよね。
強く、でも痛みを感じない程度に手を握り締める。ここにある現実だと、自分に言い聞かせるように。少しだけ怖くなったから。なにが? 何かが。幸せすぎて怖いなんて、馬鹿みたい。
「――っ」
食堂のすぐ横にある扉。――礼拝室に繋がる扉から物音がした。人の声にも思えるような音が。
思わずシスターの方を見る。戸惑った顔をしていた。それだけで、異常事態だと理解できる。この教会に人が来るなんてまずないのだから。
普段ならば神父様かと考えるところだが……今は、しばらくの間帰ってこないと言っていたな。彼ではない。じゃあ、誰が?
「シスター、ちょっと見てきますね」
「……鈴さん」
「れいお姉ちゃん、どうしたの?」
「……お祈りしてから行こっかなって」
そっと手を離す。この子を危険な目に合わせるわけにはいかない。だって、ほら。『子供は宝』なんだから。
簡素な木の扉の向こうからは、確かな人の気配がしていた。いやまあ気配とかよくわかんないけど。息遣いとか、そういうの。
恐る恐るながらも覚悟を決め、扉を開けようとした瞬間。――向こうから勢いよく押し開けられた。ちょっとしっかりしてよ、戸締まり係。……あ。いや、私だ。神父様に頼まれてたっけ。忘れてた。私が悪い。
「……私の坊やを、返して」
そこには、異様な様相の女がいた。振り乱した髪、薄汚れた服装、濃い隈に縁取られた目は、ひどく陰惨な色を宿している。
そして、その両手には、刃渡りの大きい包丁がしっかりと握られていた。
「返して、返して、返して」
誰だよこのアマ。私が困惑と警戒で動けないでいると、背後の方から戸惑うような気配がした。
「……まま、?」
……舌打ちを堪えたことを褒めてほしい。この子を捨てた女が今更なんの用だ。視線の端だけで後ろを見ると、シスターがふぅくんを抱きしめていた。よろしくシスター、そのまま動かないようにしておいて。
絶対に。
子供が、傷つけられちゃ、駄目なんだから。
「なんの用ですか、レディ。あなたと彼はもう赤の他人のはずですが」
「返して」
「あなたのものじゃない」
「返して」
気が違っている、のだろうか。少なくとも、私にはそう見える。どうにかして押さえ込んでおきたいが、如何せん武器を持っている相手に丸腰は心もとない。今はまだ錯乱して襲い掛かってくる様子もないが、狂人に理屈は通用しないし。
「れいお姉ちゃん、……ママは、どうしたの? どうしてママがここにいるの? ……やだ。ここにいたい。かえりたくない」
「風斗くん、先に食堂に行きましょう」
「でも」
「――ふぅくん」
振り返る。大丈夫だよ、と伝えるように微笑んで。すぐに行くとでも、お母さんと少しだけお話だけさせてね、でも。彼を納得させるだけの言葉を探した。その瞬間。
「返してよぉお!!」
女が絶叫と共に包丁を振りかぶる。最悪な、タイミングだった。そして、その包丁は私を通り過ぎて、ふぅくんに向かって――。
「――っ!」
――腹部に、激痛が走った。
ごぽ、と喉奥から暑い何かが逆流してくる。目の前が赤く染まる。床、が、血に濡れていく。ああ、血の汚れは掃除が、大変なのに。思考よりも先に身体が動いてしまった。失敗。いや、ふぅくんを、シスターを守れたなら、成功だろうか。
「……おねえちゃん?」
呆気にとられたような声。よかった、守れたのか。そう考えてしまう私に、救いようは多分ない。女のヒステリックな叫び声が、ひどく耳に障る。なんと言っているのかはわからない。でもなんとなく、ふぅくんには聞かせたくないな、と思った。
視界が急速にぼやけていく。身体に力が入らない。指先から、寒気が広がっていく。唯一、腹部だけがひどく熱い。痛い。……熱い。
「あっはははは!!」
引き抜かれる。また刺される。……二人は無事、かな。今のうちに逃げておいてくれればいい。視界は働かないが、祈るだけはしておこう。だからお願い、女神様。
私は失われていいから。
私が愛したものだけは、損なわれないで。
多分、私はもう駄目だ。嫌に冷静な思考がそう判断した。だって、もう感覚がない。熱さも痛みも通り過ぎて、世界の全部が遠くに行ってしまった。
死にたくない、とは思わない。あの日に消えるはずだった命なのだから。少しだけ長引いていた日々が、幸福な夢が終わるだけ。そうでしょう?
ふぅくんのトラウマにならないといいな、とか。シスターは気に病んでしまうだろうか。なんて、取り留めもないことが浮かんで消えた。それだけだった。
目を閉じる。世界が闇に閉ざされる。そして、私の意識も。
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