第6話 悪魔殺し

 炎が街を這い荒らす。建物は崩れ落ち、人々は混乱に陥る。

 ドシン、ドシン、という地鳴りが辺りを揺らした。

 

 ──ゴォォォオオオ


 街の真ん中、中央広場には何かがあった。いや、いた。大きな像のように聳え立つ、巨大な何か。足を一歩踏み出すだけで地面が割れる、その力。

 そいつは、悪魔だった。牛の頭に似た頭部を持ち、四肢は筋肉でガチガチ。肌は紫色の黒に近い色。爪は長く鋭い。口から覗く大きな牙。寒くもないのに口元から白い煙が吐き出される。


 ──ゴォォォオオオ


 一啼きした悪魔は、拳を振り落とす。建物は全損。地面は割れ、荒れ果てた状態になる。

 プレイヤーは死んでも死なぬが、NPCは違う。この世界《ゲーム》は、リアルと同じく、人が死ぬのだ。ゲームだから、NPCだから死なない、という考えは捨てなければならない。この世界にもたった一つの命もいうものがあるのだ。


 ──ゴォォォオオオ


 一つ、また一つと命が消えていく。


「どういうことだ!」


 その中で一人の女が声をあげた。と、その隣からもう一人女が出てきた。彼女たちはプレイヤーであり、今ログインしてきたのだろう。

 一人は、白銀の鎧を纏い、腰にこちらも白銀の剣を吊っていた。騎士にしか見えない。もう一人は、胸当てに茶色のローブを羽織っている。手に杖を持っていることから、魔法使いなのだろう。

 白銀の騎士は上を見上げる。その先にいるのは、巨大な何か。


「悪魔でしょうか、お嬢様」


 お嬢様と呼ばれた女、白銀の騎士は、だろうな、と返した。


「悪魔、か。前に私たちが戦ったやつとは比べものにならないくらいに強いぞ」

「あれはSS級ではないでしょうか。そもそも、あれはレイドですから、前に戦った悪魔も強いのです」

「運営はこの街を破壊するつもりなのか」

「さすがにそれはないのでは? ですが、レイドクエストではないようですし」

「イベントでもないしな」


 イベントの告知はきていなく、突然イベントをやったとしても、イベント開始のメールはくる。しかし今日はきていない。


「何がどうなっているんだ」


 白銀の騎士はそう呟いた。


「さて、アザカ。あいつと一戦交えてどのくらいもつだろうか」

「やるつもりなのですか」


 当たり前だろう、と白銀の騎士は言った。

 プレイヤーはこの世界では死んでも死なない。故に恐れがない──というわけではない。中には、怖くてログアウトするものもいるのだ。


「しょうがないだろう。騎士団が戦ってるし、プレイヤーも戦ってる。トッププレイヤーの俺が戦わないでどうする」


 それはそうですね、と女魔法使いは笑った。


「よし、行くぞ」

「はい」


 どこかで見たことのある顔をしている二人は、悪魔へ突進していった。




◇◇◇




 時間は少し遡る。

 

「・・・・・・くっ、ぁ」


 メイドリスは目を開けた。ここはどこなのだろうと首を動かす──と頭の後ろに違和感があった。


「目を覚ましたようじゃな。案外早いお寝覚めだ」


 と言って顔を覗かせたのは、幼女だった。今、メイドリスは幼女に膝枕をされていた。

 メイドリスは体を起こすと、周りを見た。


「・・・・・・ゾンビがいない」


 部屋には戦闘の痕跡がなく、ゾンビがいた痕跡もなかった。さっきのが夢だったかのように。


「夢ではないぞ」

「夢、ですか。違うんですか」

「当たり前じゃろうに」


 当たり前なのか、と思ったが言わないことにした。代わりに別のことを聞いた。


「これをやったのは、私ですか」


 幼女はこくりと頷いた。

 むくりと起き上がったメイドリスは、両手を開いたり閉じたりし始めた。


「体に異常はないぞ。まあ、あの技はあまり使わんほうがよいのじゃが・・・・・・」


 第九百天万華乱 極滅拳。メイドリスは、何をしたかは覚えていないが、何かをしたその技の名だけは覚えていた。

 天万華乱とは、メイドリスが教わった格闘術のことだ。彼女に教えた技は、第一から第十まで。そこから一気に飛び越して、九百である。メイドリスは、何でだろうと考えた。それに答えるかのように幼女が言った。


「うむ。メインが第一から第十までで九百番台からが必殺技なのじゃ」


 第一から第十までが既に必殺技なのではないだろうか。メイドリスは思ったが、口には出さなかった。 

 

「あの・・・・・・あなたは、何者なんでしょうか」


 メイドリスは、ずっと疑問だったことを訊いた。彼女の魔眼を知っているとなると、師匠が話したとしか思えない。見ていたといたという可能性もあるが、そうならば、他の人も見ていたかもしれない。だが、メイドリスは魔眼をほとんど使ったことがなく、しかも人が絶対に来ない場所でしか使っていなかった。


「・・・・・・そうじゃな、言わねばならん。童の名は、美夜子。おまえさまの師匠の第一の弟子じゃ」


 美夜子と名乗った幼女は、懐かしそうにそう言った。メイドリスは、やはりそうでしたか、とこたえると、一つ疑問が生れた。


「なぜ、このような場所へ?」


 その質問にここからが本番だと言うように話始めた。


「おまえさまの師匠、源六と童は幼馴染みでな。源六のほうが五つも上じゃったが、それでも二人してよく遊んでおった。源六の師匠は、どこぞの山だったかは忘れたが、そこにいた老人でな。その老人に二十歳過ぎた頃くらいに源六は弟子入りをした。童は、それを見にいつもついてってな。修行なんぞ、そりゃ、すごいものだった。源六が第一天万華乱から第十天万華乱までマスターしたその日に、なぜか師匠が倒れ、亡くなった。予知していたのか、遺言書があり、読めば、源六が二代目だとか書いてあった。家族の反対を押切り、山に籠った源六の側を童は離れなかった。だが、暇で暇でなぁ。ならばと、源六の弟子になった」


 一区切り、と言葉を切り、いつの間にか手にした茶を飲んだ。いつの間に、とメイドリスは思ったが、この人ならばアリだな、と思い返した。

 ぷはー、と飲み干した美夜子は話を始めた。


「おまえさまが弟子入りした日に源六から呼び出しがあっての。話を聞けば、おまえさまが魔眼を持っているというものだったのじゃ。どうやら、一目でわかったそうじゃが、何でかはわからぬ」


 こわかねぇ、と美夜子は歳より臭く──年寄りなのだから当たり前だ──言った。


「で、童は死んだ」

「いや、どう話が進んでそういうことに!?」


 まてまて、と美夜子は茶を飲んだ。


「すっ飛ばしすぎたの。源六が死んでから、一年後くらいに童も死んだのじゃよ」

「それだと、この場にいるあなたは? この世界にいられるわけがないじゃないですか」

「それはな、死ぬ前に童の意識をこのゲーム内にしたのじゃ」


 はて、とメイドリスは思った。そんなことが可能なのだろうかと。


「研究の一貫、とでも言おうかの。ヘッドギアを作った玄霧のやつがその話を持ちかけてきての」

「旦那様が?」

「ああ、そうじゃ。その時既に医者からもうすぐ死ぬぞと言われてての。源六からの頼みをおまえさんに伝える前に死ぬわけにはいかぬから、ダメ元で言ってみたら、了承を貰ったのじゃ」

「そのとき直接私に伝えてくれば・・・・・・」

「それがな、おまえさんが高校に入るときに伝えてくれと源六がな。これでその頼みが果たせた」


 そこまでしなくてもいいでしょうに。メイドリスは思った。


「そもそもの疑問なんですが、意識をインストールすることは可能なんでしょうか」

「童ができておるのだから、可能なんじゃろ。そこまで詳しくはない。が、予測はできる。お前さんたちがこの世界にログインするときは、意識がこちらにくるじゃろ? 脳に信号を送り、脳からヘッドギア内、ゲーム内に信号がいく。実際は夢のような感じなのじゃ。ここで重要なのが、脳から送られる信号。信号とはつまり、情報のことだ。情報と言ってもいろいろあるが、運動情報、記憶情報、その他諸々をアバターを動かすために送らなければならない。全ての情報を送るのじゃ。そう考えれば、その情報をコピーしてしまえば、アバターを動かすことをできるのではないかの。AIに搭載されている、『人工メモリア』とかいうのも入っておるから、完全とは言えぬ。そしてなにより、童には、生命という情報がない。生命という情報は、肉体から離れることはできず、また、コピーできない。クローンは遺伝子で作られておるから、それとにたようなものじゃ」


 メイドリスは納得したように言った。


「つまり、あなたは、オリジナルのあなたの分身、というわけですか」

「そういうことじゃ。じゃから、記憶を引き継いでるだけにすぎない」


 理解したメイドリスは、ゲームのことを聞いた。

 美夜子の話によれば、ゲーム内のことならば、ほとんど干渉することができるらしい。システムに介入など、権限が上である運営やAIを退くことができる。今もGMの監視から、この屋敷だけを見えなくしていた。モザイクによって見えないという、どうシステムを操作したらそんなことができるのか。

 もはやチートではないかとメイドリスは苦笑いした。

 

「さて、おまえさんのステータスを見せてもらうぞ。──うにゃ!?」


 パネルでなにやら操作したかと思えば、すっとんきょうな声を出した。かわいい、とメイドリスは言いかけてギリギリのところで止めた。


「おまえさんよ、エルファーとはなんじゃ?」


 聞いてきたので、知りません、と答えた。


「ああ、そういえば。エルフの成れの果て、とか書いてありました。あと、エルファーは私しかいないようです」

「うむ。裏種族というものか・・・・・・またまた変なものをつくりよる。おまえさん、チュートリアルはしたんじゃろ?」

「え、してませんが」

「え、まじか?」

「まじです」


 意味わからん、と美夜子は頭を抱えた。と、少しすると、なにか納得することがあったのか、なるほどのぅ、と相槌を打った。


「なにかわかったんですか」

「このゲームの種族は、一つ一つ各担当者一名が設定をするのじゃ。つまり、チュートリアルがない種族もあるということになる」


 基本、チュートリアルをいれなければならないのだが、裏種族は別であった。

 裏種族は、表種族とは違い、担当者が全てを設定する。ということは、能力的に良い種族と悪い種族が存在し、その他にもいろいろと良し悪しがある。

 

「まあ、チュートリアルをしないやつもおるが、エルファーであるお前さんはやったほうがいい。というわけで、童が教えよう」


 システムに介入できるのだから、それはもう容易いことだ。美夜子はそう言って、開いたウィンドウを操作し始めた。


 エルファーとは、エルフの成れの果てである、と言われている。現在、エルファーであるのはメイドリスただ一人。

 

「そこまではよいな?」


 頷いたメイドリスを見た美夜子は、話を続ける。

 まずは、ステータスについて。

 モンスターを倒せば、レベルが上がる。上がるにつれて、HP、MPが少し増える。HPとMPは、ステータスポイントを直に振ることができる。レベルが上がるときに能力値は増えない。レベルが上がるとき、またはクエストなどで貰えるステータスポイントを割り振り、能力をあげていかなければならない。

 レベルが上がると貰えるのはステータスポイントだけではなく、スキルを取得やレベル上げに使うスキルポイントも貰える。スキルポイントは、あまり貰えない。正確にいえば、スキル取得に結構なポイントを消費するのでレベル上げに使いづらいのだ。スキルは使えば使うほどレベルが上がるので、基本はポイントを振らないらしい。また、モンスターからスキルがドロップすることがある。その扱いも同様だ。

 種族スキルについて。

 種族スキルとは、その種族しか持てないスキルのことだ。固有スキルに近い。つまり、メイドリスの場合、完全に固有スキルということになる。この種族スキルも普通のスキルと同様にレベルを上げることができる。また、取得も可能だが、種族クエストの報酬として貰えるのでポイント、モンスターからのドロップでは取得できない。

 称号について。

 称号にはレベルはない。そして、効果があるものとないものがある。称号をゲットする方法は、公開されていない。「レベル◯◯までの間に◯◯を◯体倒せ」というデイリークエストがないのだ。これは、クエストの報酬かそのプレイ方によって取得できる。

 装備について。

 武器や衣装の装備可能数は、両方とも無限である。けれど、重量があるのでその重さとステータスで速度が落ちたり重くて動きづらくなるというデメリットがある。

 武器と衣装のステータス補正は、ステータスにプラスされる。それは、身に付けていれば反映される。例えば、剣に炎耐性の補正があれば、腰や背中などに身に付けていれば、炎耐性が上がる。


「さて、ここまでは、普通のゲームとあまり変わらない。多少は違うところがあるかもしれないが。じゃが、ここからが一番違うところじゃ」


 アバターをリアルモジュールで作成すると、リアルのステータスが反映されるのだ。


「そ、それはどういう・・・・・・」

「例えば、リアルで剣術を習っていたとしよう。その人はリアルで30センチほどのコンクリートを斬れる。それと同じことがこのゲーム内でもできるようになる、ということだ。まあ、リアルステータスは、プラス面の能力しか反映できないらしいから、そのステータスに対し、能力がマイナスされることはない」


 リアルステータス。それが反映されるということは、ステータスは関係なくなると言ってもいいだろう。そうすれば、モンスターを倒すのなんて容易い。


「じゃが、ほとんどのプレイヤーがリアルモジュールではなく、1から作成してる。それに、モンスターを倒せる人などリアルにはいないじゃろう」


 話を聞いて、わぁお、と驚いた。まったく知らなかったからだ。お嬢様、教えてくれても良かったのでは、と思ったメイドリス。今思ってもしょうがない。


「あとは、なにを教えていないか・・・・・・あ、この世界のことはわかるかの?」

「わかりません」


 即答だった。

 お~の~、と発音の悪い英語を発しながら頭を抱える美夜子は、予想はしていたと言った。


「ならば話しておかなければなるまい。童にはもう時間がない」

「それはどういうことです」

「お前さんが童と会ったのは、偶然ではなくてな。お前さんがあの技を取得した時点で消えるはずだったのじゃ」


 今こうして話せているのは、無理矢理システムを維持ったからじゃ、と言った。だが、もう時間がないという。


「では、この世界のことを話そうとしようかのう───」


 ──と。


 ゴゴゴゴオオオオ!!!!!!!!


 地面が揺れた。

 ぼろぼろなこの屋敷のあちこちの壁やら天井やらから木の破片やらが落ちる。崩壊してしまうかもしれない。そのくらい強い揺れだった。


「な、なんじゃ!?」

「うわっとおおお!?」


 メイドリスは、女らしからぬ声を出した。

 美夜子はウィンドウを操作して情報を集め始めた。この揺れは、今日はあるはずがなかったのだ。システムに組み込まれていない揺れ。


「──なんということじゃ。システムの暴走じゃと? しかも、AI」

「それだと、何かヤバイんですか」

「多分、童もAIも運営も止めることができない──!」


 それは、運営としては痛いことだった。いや、プレイヤーからしても痛いことだ。なぜならば、


「悪魔がリューグー王国に顕現した」


 悪魔は、魔王よりも弱いが只人、犬人などが戦って敵う相手ではない。王国一つ滅ぼすのなんぞ簡単なことだ。

 悪魔を討伐することができるのは、レイドクエストだけ。つまり、普通は現れないのだ。それが、今、リューグー王国に現れた。

 運営はこれをどう対処するのか。


「プレイヤーを強制ログアウトさせて、対処するのか? いいや、しないじゃろう。あいつなら、プレイヤーになんと言われようがそうするだろうが、あえてそういうことをしない」

「なぜです」

「そのほうが面白いからじゃろ。はぁ、まったく。まだ全部話しておらんのに。これだけはいっておかなければならん。モンスターに殺られて死ねば、手持ちのお金とアイテム一つを落としてしまうから、気を付けるのじゃ。あとは誰かに聞け。童は最後の力で止めてみよう。ああ、お前さんのアイテムボックスにこのゲームの開発者、玄霧の友人からの贈り物を入れておいた。プレゼントボックスの絵が描かれているやつじゃ。開けてみれば、何かはわかる」

「うぉっ、一気に言いすぎです・・・・・・が、わかりました。ありがとうございます」

「うむ」


 そう頷いた美夜子は、足からポリゴンとなって消えていった。最後に、「あとは頼んだ」と言ったのはつまり、悪魔を倒せと言うことなのだろうか。自分がどうこうしたところで止めることなどできないと美夜子はわかっていたのだろう。


「やれやれ」


 倒せるのか、と不安になどなってはいない。初心者の私に任せるなんて馬鹿な人だな、とメイドリスは思ったのだ。


「で、リューグー王国って、どこ?」


 


 

 美夜子からのプレゼントは、全マップ、魔導書、装備品だった。

 全マップのおかげでリューグー王国の場所はわかった。

 どうやら、悪魔が顕現したのは、リューグー王国の北端に位置するヘルド市という中都市だった。

 魔導書と装備品は後で見ることにして、とりあえず、ヘルド市に向かうことにした。

 が、結構な距離があった。


「お~の~」


 とやっている時間はない。貰った装備品を確認し始めた。




【神格霊装・メイド服】 [レア度:SS]

 <特定条件達成により解放>

 <特定条件達成により解放>


 STR+1100

 DEF+500

 INT+500

 AGI+500

 DEX+500

 LUC+500


 スキル/『障壁』『異常状態解除』『反射』『カウンター』『飛行』『自己修復』







「おいおい・・・・・・」


 明らかにおかしかった。絶対、適当だろう。この数字は異常であった。そもそも、メイドリスのSTRも異常である。このステータスは、トッププレイヤーと同等、あるいはそれ以上だ。それはメイドリスもわかっていた。

 ドレスからメイド服に着替えるともう一つの装備品を見た。


「お、武器だ」


 それは、銃だった。




【魔銃・メイドガン】 [レア度:SS]

 <特定条件達成により解放>

 <特定条件達成により解放>


 STR+1000


 スキル/『命中』『照準補助』『貫通』




 チートです。ありがとうございます。

 メイドリスはそう言った。

 ゲーム開発者当本人がこんなのあげてしまって大丈夫なのだろうかと彼女は思ったが、玄霧の友人であるのだから大丈夫、と考えるのをやめた。

 それと、魔銃というのはかっこいいが、メイドガンというのは、安直すぎでは? と思ったメイドリスだった。安直というか、ネーミングセンスがない。

 次に魔導書。火属性魔法、水属性魔法、土属性魔法、光属性魔法、神聖属性魔法、闇属性魔法、無属性魔法。すべての属性魔法の魔導書があった。魔導書にも種類があり、一冊に一つの魔法しかないもの、一冊に数個魔法があり、その中から一つだけ選べるというものだ。この魔導書は、後者だった。

 メイドリスは、凄そうな魔法を選び習得していく。魔導書から魔法を習得するときには、スキルポイントを消費しない。また、既にレベルがカンストしているため、レベルを上げなくていいのだ。

 魔導書は貴重な代物であるため、プレイヤーで持っている、持っていた人などほとんどいない。トッププレイヤーが持ってるか否か、というくらいだ。

 メイドリスが取得したのは、火属性『ファインズ』、水属性『ドラグ・ウォーター』、土属性『ドール』、光属性『アルティメルティー』、神聖属性『エンジェル・ブレス』、闇属性『スレイブ』、無属性『プレス』。

 魔法を選ぶと、魔導書が燃えるようになくなっていった。


<魔導書により魔法を覚えため、スキル『魔法』を取得した。魔導書で取得した魔法は、インスキルとして統合されます>


 お、『魔法』が手にはいった。

 そのあと、ステータスポイントが貯まっていたため、割り振る。

 

「さて、準備は整った。ステータスを最後に見て、行きますか」


 メイドリスはステータスを見た。すると、いつの間にか、レベル10になっていた。スキルも少し増えているし、称号も増えている。面倒だからいいや、と確認をせずにステータスウィンドウを閉じる。

 屋敷から出ると、メイド服のスキル『飛行』で飛んで行った。




◇◇◇




 ヘルド市にて。


「ガガガガ! ワレはアくま、ジェシェゾクのペリー」


 顕現した悪魔は、自分の名を言った。悪魔が名を名乗ったということは、この悪魔が上級悪魔であることを示していた。名を持てるのは上級悪魔から上の悪魔のみ。その他は、悪魔の種族名しか〝名〟と呼べるものがない。

 そして今、顕現した悪魔が名を言った。それを聞いて、プレイヤーがぽかーんとしたのは言うまでもない。


『ペリー(笑)』


 プレイヤーたちはそう言った。なぜハモったのかは、プレイヤーだから、という理由だけで片付──かないが、それはおいておこう。

 ヘルド市はリューグー王国の中心、王都ルサイヌから離れており、プレイヤーはあまりいないかと思いきやそうでもなかった。ほとんどのプレイヤーが観光目当てできているのだ。

 この周囲にはモンスターがあまり生息していない。だからなのか、遺跡やら建物やら風景やらが残っていたり、すごいのがあったり、きれいだったりしていた。

 その観光客の中には、トッププレイヤーもいる。ずっと前線にいるわけではない。ゲームなのだから、他のこともしなければ面白くない。これがもし、デスゲームならば、そうならなかったかもしれないが。

 そして今日は祭りが開催されていた。イベントではなく、ヘルド市の恒例の祭りだ。

 そこに悪魔がなぜか顕現した。王都ではなくてだ。

 なぜだ、とプレイヤーは考える。NPCは恐怖で足を掬われていた。

 とにかく、この悪魔を倒さなければと、プレイヤーは攻撃を開始した。

 悪魔を一言で言い表すと、強いやつ、だ。

 圧倒的な力の差。トッププレイヤーさえ敵わない。

 だが、プレイヤーは攻撃する。ヘルド市に配属されている騎士団も戦闘に加わっているので、プレイヤーが逃げ出すわけにはいかない。


「白銀姫、お前さんも来てたのか」


 大きな槍に大きな盾をもった二十歳前後の男が走ってきた白銀の騎士に声をかけた。その隣には、女魔法使いもいた。


「ああ、観光──ではないが、ちょうどさっきヘルド市に来た」


 白銀の騎士がそう答えると、はははっ! と大槍が笑う。


「来た矢先にこれだもんなぁ」

「お前は何しに?」

「知り合いが第二陣で入ってきてな、この街にログインしたんだと。新人だから教えてやろうかと思ってな」

「ダイモンさん、パーティーはどうしたのですか」


 女魔法使い《アザカ》が大槍──ダイモンに訊いた。


「パーティーは、オレ抜きでハヤセのやつをリーダーに構成させた」

「とにかく、この悪魔ペリー(笑)をどうにかせねばな」

「さすがにパーティー組むのは無理か」

「ですが、ある程度固まっていたほうがよろしいかと」

「ダイモン、戦車頼む」

「タンカーではないんだがな」

「盾持ってるのは、この三人の中でお前しかいない」


 まあ、いいが。そう言って女性二人の前に立った。


魔法付与エンチャントしておきます。──≪我、アザカが命ず。数多の力を秘めし者よ。我が名のもとにその断片たる力を彼の者に与え給え。『防御強化デイフェンサー』≫」


 握った杖の先端が白ひかり、その光がダイモンを包み込んだ。

 魔法付与エンチャントの呪文は、全て同じである。防御強化にしろ、攻撃強化にしろ、女魔法使いが唱えた呪文、そしてその他にある2つの呪文を唱えれば、発動する。呪文にはタイプがあり、女魔法使いが唱えた呪文は、命令形呪文。あと2つは、お願い形と自作形だ。自作形とは、プレイヤー自自身で呪文を作り唱えるというもの。この呪文形だが、ほとんど使う人はいない。リスクがあるからだ。即興で完成できる人は確かにいるが、じっくり考えなければ、呪文を唱えたとしても発動しない確率のほうが大きい。なぜならば、審査AIがその魔法に合った呪文なのかを調べなければ使えないからだ。だから、この自作形はあまり使われないのだ。


「鑑定を行います。悪魔が相手ですので、完了まで時間がかかります」


 アザカは、スキル『鑑定』を発動する。いや、彼女が使用したスキルは、『鑑定』ではなかった。その上位スキル『不視覚確認』。見えない情報を確認、読み取るスキルだ。これを持っているのは、片手で数えられるほどしかない。そして、白銀の騎士は持っていなかった。


「4パーティー!!」


 白銀の騎士が全体に聞こえるように大声を出した。

 普通のモンスターならば、『不視覚確認』の完了はすぐだが、悪魔に『不視覚確認』(『鑑定』も同様)をする場合は、時間がかかる。それだけ読み取る情報が多く、ブロックが強いということだ。つまり、『不視覚確認』が完了するまでは、弱点がわからぬまま、無駄な攻撃を与えなければならないということになる。そこで、攻撃されるのは正面だけにして、側面と後方に攻撃型を中心に配置しようと考えた。


「プレイヤーのみなさんは3パーティーに、騎士団のみなさんは1パーティーに。前方は俺たちが持つ。こちらにタンク多目にきてくれ。魔法使いは遠距離からの攻撃班とエンチャント班に別れる! わかったか!」


 白銀の騎士の声が響き渡り──プレイヤー、騎士団の皆々が一斉に声をあげた。

 行動は早かった。

 白銀の騎士のフロントパーティーは、前衛をダイモン中心に横に白銀の騎士含む攻撃系のプレイヤーが並ぶ。中衛に真ん中に女魔法使い、その横にタンカーのプレイヤー。後衛に魔法使いが並ぶ。

 ダイモンを前衛タンクにしたのは、現在の装備によるものだった。

 ダイモンが装備している槍は、大きな槍に大きな盾のセットのもの。しかも、攻撃力ではなく、防御力に補正が大きくかかっているのだ。そして、スキル『大盾』で全体を守ることができる。


「使用可能時間は30秒! クールタイムも30秒! 隙が大きいから気を付けろ!」

「タゲ取り頼む!」


 ダイモンはタゲ取りスキルを使用する。悪魔がダイモンを直視した。そして、


「ワレ、おまエ、たべル」


 言って、拳を振り下ろした。


 ──ガゴォォォォォオオオオオン!!!!!!!!


 「あぎぃ──っ!?」


 スキル『大盾』を使用していたため、盾でかろうじて受け止めたダイモンは、足を踏ん張り、悪魔の拳を止める──しかし、まだ止まらない。


「魔法隊、うてぇぇええ!!」


 魔法隊のリーダーが叫ぶ。

 色々な魔法が悪魔へ降り注ぐ。

 皮膚に触れる度に、爆発、爆炎、氷結、斬撃などなど。

 直接攻撃系のプレイヤー、騎士団も次々に技を繰り出していく。

 

 ──パリィン


「しまっ──」


 ダイモンが吹き飛んだ。30秒が過ぎ、スキルが切れたのだ。それと同時にタゲ取りもとれた。後方へ吹き飛んだダイモンは、半壊していた建物にぶつかり、壊した。瓦礫に押し潰されるダイモン。HPは全損していないだろうが、ギリギリの状態だろう。


「──ちっ。ダイモンでもダメなのかっ!」


 白銀の騎士が舌打ちをした。

 剣術スキルを発動させ、ダイモンを吹っ飛ばした拳に叩き付ける。


「お嬢様! 完了致しました! で、ですが──・・・・・・名前すら確認できません!」 

「──くっ・・・・・・!! ちっ」


 剣を叩きつけた白銀の騎士は、その瞬間に起きた爆発で、後方に吹き飛ばされる。空中に飛ばされなかっただけましである。


「アザカのスキルで駄目ならば、もう方法はない。情報なしで戦うのは無理なのは承知してはいるが、引き下がるわけには行かない」


 と、勢いをつけようと、クラウチングスタートの形に体を縮こませると、爆風と共に悪魔に突撃した。地面を蹴る瞬間に、スキル『瞬速』を発動したのだ。

 悪魔の拳が白銀の騎士を襲うが、それを剣で跳ね返す。見れば、白銀の騎士の方が圧されているのは明らかである。剣で攻撃を防ぐしか、彼女にはできないのだ。しかも、剣技を使わなければ跳ね返せないため、体力消費、そしてMP消費で、あとそれほどもたないだろう。

 ──白銀の騎士が足をもつらせた──


「お嬢様、右上──!!」


 女魔法使いの言葉は遅かった。振り下ろされた悪魔の左拳が白銀の騎士に一直線に進む。そして、触れた。


──ブシュン


 そんな音が聞こえたかと思えば、そこには白銀の騎士はいなかった。代わりに建物が壊れる音がした。


「お嬢様!」


 女魔法使いは、ファイヤー・ボールを射つ。こんな初級魔法は効かないが、少し時間を稼ぐくらいはできる。


「≪聖霊よ、聖霊よ。踊れ踊れ。優雅なそのダンスを我に見せておくれ──≫【アルム】!」


 銀の鎧を身に纏った男が剣を振り下ろした。その瞬間、剣に亀裂が入り、破片となって飛び散る。その破片は、宙を舞い、悪魔へ降り注ぐ。着弾したところから爆発が起こり、プシューと煙が立ち上る。


「聖剣様、助かりました」

「いえいえ。それにしても、よく会わせることができましたね」


 聖剣と呼びれた男は、駆け出した。


「──はっ!」


 剣を振り、攻撃を与えていく。剣が切り裂いたその傷から煙が出ている。

 聖剣とは、神聖属性を付与されている剣のことである。厳密には違うのだが、剣に神聖属性がついているのだ。悪魔は神聖属性に弱い。そのため、聖剣の攻撃は有利なのである。

 ──そのはずだった。


「全く効かない!?」


 傷は浅いものしかつけられなかった。しかも、再生までした。

 やはり悪魔は強い。そう彼は思った。


「・・・・・・聖剣。他のやつらは」


 白銀の騎士は、左肩を押さえながら、歩いてきた。ポーションを飲んだからなのか、HPは全回復していた。左肩を押さえているのは、怪我したその感覚がまだ残っているからだろう。ただの錯覚だ。


「白銀、生きていましたか」

「あんなので死んだら、騎士の名が廃れる」


 そう言って、辺りを見渡した。

 ひどい有り様である。既に街と言えなくなっている。プレイヤーも騎士たちも住民も死に行く。この状況をどう解決すればよいのだろうか。そう白銀の騎士は思った。

 

「──ガハガハ。ワレはオまえたちヲころス。ユかイ」


 嗤って嗤って嗤って嗤って嗤って。

 不気味な笑い声が響く。

 その間もプレイヤー、騎士たちの攻撃は続くが、一向に効く気配がなかった。


「オわらセテやロう。≪▼■◆●▼▼▼▲■◆≫【フレイヤー】!!」


 何語かわからない言語で呪文を唱えた悪魔は、手から出ている火の玉を突き出すようにして放った。

 【フレイヤー】。火属性中級魔法である。悪魔は闇属性魔法しか使えない──何てことはなく、神聖属性と光属性魔法以外は使えるのだ。

 見た目は【ファイヤー・ボール】と同じだが、威力は倍である。【ファイヤー・ボール】の強化版が【フレイヤー】ということだ。

 その【フレイヤー】が白銀の騎士たちに襲い掛かる。そして──


───────ほとんどのプレイヤーがHP1で全滅した。


 その中に騎士たちは含まれてはいなかった。

 プレイヤーが生き残った理由。それは、スキル『ガッツ』の効果である。

 弱いプレイヤー、『ガッツ』を持っていなかったプレイヤーは【フレイヤー】の前に息絶えていたため、〝ほとんどの〟プレイヤーと言ったのだ。

 最近あったイベントの報酬で、一回だけしか使えない使い捨てスキル『ガッツ』。このためにあるとしか考えられないが──実際のところ、ただの偶然である。


「ガッ?」


 悪魔は不思議に思った。【フレイヤー】を射ったにも拘わらず、あまり減らなかったことに。だが、もう一回射てばいいだけだと再び詠唱をしようとする。

 プレイヤーは皆して思った。──死にたくないな、と。そして、街を守れなかった悔しさが、胸を一杯にした。


 ──呪文が完了した。あとは、それを射てばいいだけである。


「シヌのだ。下級セいブツどもヨ!! 【フレイヤー】!!」


 火の玉がプレイヤーを、街を襲う。

 どうなるかは目に見えている。プレイヤーは全て粉屑と化し、街は粉々と化す。


 ──ああ。


 白銀の騎士は思った。


 ──になりたいんだ。。リアルじゃどうやってもできない。あんなにかっこよくなんか、なれない。だが、ここ《ゲーム》はどうだ。レベルを上げれば強くなれる。装備を整えれば強くなれる。そして、困った人を助ける。はは、できると思ったんだがな。俺には無理だったのか──


「──悔しいぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!」


 白銀の騎士は叫んだ。鼓膜が破れるくらい叫んだ。もしかしたら、破れたのではないかと思うくらい声を出した。

 火の玉は目の前だった。


 ──たかがゲームなのに、なんでこんな気持ちになるのか。


 そして、彼女の視界を赤く染め────────


















  火の玉が消えた。


「ガッ!?」


 悪魔は混乱した。魔法が魔法を消したのだ。

 火属性魔法なのはわかったが、なんの魔法なのかはわからなかった。

 プレイヤーたちも驚いていた。助けが来たのか──。安心したのか、力を抜くプレイヤーが出始めた。

 誰だ。白銀の騎士は、重たい体を動かして辺りを見る。すると、そこには。


 ──黒いローブを着たがいた。


 顔は見えない。体も全て見えなく、ローブしか目に映らない。

 そうして見ていると、黒ローブが両手を上に上げた。


「──【エンジェル・ブレス】」


 小さくて聞こえずらかったが、なんとか聞こえた。

 訊いたことない魔法だ。白銀の騎士はそう思ったが、それは次の瞬間にはもう忘れていた。

 黒ローブが上げた両手を前に突き出す──



 悪魔の上半身がすっぽり消えた。


 ──なにが、なにが起きた。


 彼女にはわからなかった。悪魔を魔法一発で倒すなど、何者なのか。不可能にも拘わらず、それを成し遂げた人。


「・・・・・・悪魔殺し」


 白銀の騎士が黒ローブのことをそう呼んだことにより、黒ローブに【悪魔殺し】という二つ名がついた。




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