第51話 渋谷熊吉 自白(五)

「共犯者は居ません、全部私一人でやりました。

以前聞いていたが、巌さんは加古川市に『囲い女』を住まわせており、その家の没収の件で近々行く事を巌の奥さんと話し合っていたので、その日を海岸に行く日としました」


「それは何時頃の事か?」


答「そう確か昭和21年9月4日、時間は…午後4時前後、加古川駅、荷物扱い窓口に荷物を預け『谷本幸代』の家に行った事を覚えています。年齢は三十歳前後でしょうか?噂どおり谷本さんは美人で、奥さんに横顔と、しぐさが似ており驚きました」


「その後は?」


「谷本幸代の家で、家の登記書等を確認後、今後の事について話しを終え、家を出たのは午後5時半頃だったと覚えています。

以後『加古川駅』で手荷物を受け取り、駅前からバスに乗り継いで、別府の海水浴場へ急いぎました。時刻は7時過ぎだったと記憶しています。

海水浴場は未だ大勢の人々がおり、離れた場所で時間待ちをしました。そして人がいなくなったのを確認して、手早く遺品となる品物を砂場に埋めたのです」


「何故砂浜に埋めたのか?又その時点で被服がすぐ見付かり服の破損の度合いでカラクリがバレルとは思わなかったのか?」


「海で一人で泳ぐ時は、盗難防止の見張りが居ないので自衛策として被服等は砂浜に埋め、泳ぎながら監視する事を以前人から聞いていたのでそうしました。また服の破損の事も考えました。

砂浜だから、強風ですぐ見付かる事もあるだろうと思いあらかじめ手を打ちました」


問「何!手を打った!どのようにして!」


「8月25日、被服を抜き取った後、牛舎裏に海水を掛けた砂場を作り、その中に被服を埋め、偽装工作をしました。すぐに被服が見付かっても、塩分の含み具合と被服の破損状態で最定一週間位、砂浜に埋もれていたような状態を作る必要があったので。鑑識官の調査結果が、望みどおり発表される事が絶対必要だったのです」



「それで8月25日以後の水難事故に仕立てたのだな?お前は何処まで悪賢い奴か!その被服の、いたみ具合で当時担当していた刑事及び遺族は騙され、水難事故扱いとして遺体の無い海を捜索させられたのか?当時この記事を新聞等で見てどう思った。

一人ならともかく二人迄行方不明扱いに仕立てて、警察相手のゲーム感覚を楽しんでいたのと違うか?!」


「別にゲーム感覚はありません、大半は思いどおりに進んだと思いましたが。しかし凶器の鉈の存在が常に頭の中にあり、何故あの時、鉈を井戸に投げ入れたのか?何時警察から呼び出しが来るのか?不安な日々を過ごしていました。早急に証拠の鉈の回収をしなければならないと思っているが、あの井戸の中での作業は、予測しない事態が起こるだろうと、不安を抱きながら後日鉈の回収を試みました。しかしやはり予想どおりあの井戸の中は、想像以上の恐怖の世界があり、恐ろしい怪奇現象に脅かされ全て失敗に終わりました」

             

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