第49話 渋谷熊吉 自白(三)


長時間の取調べで、渋谷も疲れた表情が現れていたが、休憩を挟み再調査が行なわれた。


渋谷はさらに複雑で残忍な犯罪を自供したのである。


「それでは、全て話すか?そして楽になれ。もう嘘をつくなよ、いいな!」


「分かりました。あれは巌さんを殺害した後、警官が再三聞き取り調査に来た時のことです。

俺達には村人及び駅員等の、証言があったので疑う事なく『巌さんはここで何を喋っていたのか?』とか『博労会議はどのような日程と行動予定だったのか?』などの簡単な調査でしたが、日が経につれ警官は何かを掴んだのか、21年の8月、日時は忘れましたが二度程、正治は刑事の聞き取り調査を受け、本人はかなり困っていました」


「確か21年8月7日と22日に二度、事情聴取をやっているね?」


「正治にそれとなく、今迄警察が調べた内容を聞くと、もっぱら私の行動を探って居る事を知り、8月末に今一度調べるとか言いました。私はそれまでに彼の口封じを思い付き、計画を企てました」


「おかしいな?警察はそんな重大な事を事前に漏らす事は絶対にあり得ない。どうしてそれを知ったのか?この件に付いて正治はどのように言っていた?」


「私の聞いたところ、警官が正治に『夏休みの期間や部活動の行動計画等』を細かく聞かれ、これらを判断すれば近々取り調べがありそうだと言っていたのです。また私もそのように感じ取りました」


「警察はお前の行動を調べていると聞いたが、何を調べていたのか?!」


「多分、私と奥さんの関係だと思います。それが巌さんに知れた時の様子等を聞いてることを耳にしました」


「それで、これ以上正治に喋られたら困るので、口封じにやったのか?」


「そうです。もし正治が喋れば、私も連行されると思い計画をたてました」


「ほう、計画?つまり殺人計画だな。どんな?」


「普段付き合いの無い正治でしたが、あの事件以来、よく私の離れ部屋へ来るようになっていたので、その折、今後の事に付いて話し合いました。

話の中で8月27から行われる大学水泳部の合宿の為、8月25日『青野ヶ原駅』発午後5時35分の汽車で神戸に行く事を知り、殺害はこの日と決めました」


「なるほど、他には?」


「私は正治に『神戸に行く時は早めに此処に来て久ちゃんに逢って行ったら』と提案しました。また色々あったけど、我々二人が喋らないかぎり、誰も知らない事だから安心して日々過ごすよう伝えました。さらに、『当日は荷物があるだろうから馬車で駅まで運ぶよ』と誘うと『有難う!先日、兄貴に頼んだら、25日は三木市に行く用件が入り無理だと言っていたので渡りに舟ですら。是非御願いします』と話にのってきた。私は当日の動きを頭の中で再確認、事件後、誰にも疑われない仕事の内容と、時間の配分を考え綿密な計画を企てました。」


「そうか?お前は、其処まで考えての行動をしたのか?悪運の強い奴だ!それで?」


「炎天続きの25日は特に暑く、道端は常時陽炎が発生しており、一雨欲しい日だったと記憶しています。午後2時過ぎ、大きな荷物を両手にさげ、汗をかきながら正治がやって来ました。西瓜と麦茶を与え『暫く久ちゃんに逢えないので話をして来たら?』と促すとそれに応じ出掛けて行きました」


「なるほどな。殺されるとも知らずに可愛そうなことだな」


「この間に私はバックの中から制服と靴等を盗み出し、代りに麻袋を詰め込み、ここで殺すかとも考えましたが、この場所は久子や、奥さんに見付かる危険があるので計画通り『青野ヶ原台地の野井戸』にきめました」


「何も知らず、お前を頼っている正治を殺すとは。どんな方法で殺ったのだ!」


「4時前、正治が帰ってきました。『先程山田さんより堆肥の注文があり今から運ぶので、正治は小荷物のみ持って青野ヶ原、三本松の処で待つように』と言って正治を出発させました。私は馬車に堆肥を積む作業に掛かり正治の大きな荷物以外に『鉈』を積む事を忘れませんでした」


「正治の指紋がついた鉈は彼に濡れ衣を着せるのには必要だからな」


「はい。この時、青野ヶ原に向かって歩く正治を、庭先から手を振り見送る『久子』の姿を、下から確認しました。私は馬車を出し、青野ヶ原近くの畑へ急いだが、今でも覚えているのは、道中蝉が鳴いていたことです。この記憶しかなく、頭の中は殺害の事ばかりで『どこで殺るか?』この一点だけでした。場所は『野井戸』と決めて居たので井戸に鉈を隠す必要上、旧道を急ぎその工作をしました。」


「その移動中、村人に会わなかったのか?」


「道中誰にも会わずです。もし会っても堆肥を積んでいたので心配しませんでした」


「そうか?堆肥の運搬か?誰も疑わないな。その後どうした?」


「耕作地で堆肥を下ろして、正治の待つ三本松へ急ぎ正治を馬車に乗せました。今度は村人に合わぬ事のみ願い、車中では久子の話の内容を聞き出す事に集中、話の内容と、人に会った場合を考え、犯行の変更も視野にいれ内心不安な状態での移動でした」

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