第48話 渋谷熊吉 自白(二)

「殺害は私一人でやりました。正治は遺体処置と、偽装工作等の手伝をしてもらいました。奥さんとは巌さんに目撃された翌日の犯行だったので、顔を見る事すら出来ない状態だったので、相談する時間はありませんでした」


「正治に遺体処理をさせるとは」


「その時は私も興奮して居たので、一旦は殺意を抱いたものの一夜明け冷静になると、幾ら憎いオヤジといえ、人の命を奪うなんてと考えました」


「それが普通の人間だ」


「しかし昨夜の恐ろしい計画を忘れようと努めたが、忘れる事の出来ない悪夢が起こりました。昭和21年7月4日、博労会に行く途中、俺の仕事場を覗いた時の事です。その時の巌さんの一声が私の忘れていた殺意に火を付けました」


「渋谷!勝手な事を言うな!すべてお前の悪事のせいではないか!理由はどうあれ、人の命を奪っていながら、お前は本当に恐ろしい男だ!それで殺ったのか?」


「そうです。博労会に出掛ける前に家で奥さんと喧嘩をしたのでしょうか、彼は最初から興奮状態で乾燥場に立ち寄り『コラ!泥棒猫!俺がお前達親子を養っているのに、この恩知らずめ!』と。それは汚い言葉で怒鳴り散らされたが、私は何も言われても反論せず耐えていたものの、私達親子を人間とみていないその言葉使いや、横柄な態度に忍耐もこれまでと頭に来た私は理性を失い、足元にあった鉈を取り『バカ野郎!』と言って後頭部に打ち下ろしました」


「しかし頭に来たとはいえ、むごい事をしたな」


「はい。気が付くと体中が震え、手には血のしたたる鉈を持っており、何時来たのか正治がこの現場を見ていました。正治も顔面蒼白で驚き震えていたので『正治!火力が落ちている!薪を割り燃やすように』と促すと、私の持っている鉈を取りその作業にかかりました」


「自分の嫁を寝取られれば、普通の人でもそれくらいの言葉は吐くぞ。それで頭に来たと云って殺人行為に走るとは渋谷!お前はなんと身勝手なやつだ!」


「はい」


「さらにこのドサクサの中、鉈に正治の指紋を付けさせ厳さん殺害の濡れ衣を着せようとしたのか?是も恐ろしい行為だ!それと巌さんの頭はいつ、あの井戸に捨てたのか?詳しく言ってみろ!」




「腐敗が早い頭部は悪臭も強いので、麻袋に入れ堆肥の中に埋め隠していたが、四~五日過ぎて近所の人から堆肥の注文があり、その時運び出し麻袋ごと井戸に投げ入れました」


「何!頭を?そうか?匂いの強い堆肥と一諸に運べば誰も疑いを持たないはずだからな。傍で村人と立ち話をしても、おそらく気付かなかっただろう。しかしよく考えたものだな」


「はい、全て私が考えました」


「殺害以後、奥さんとの関係は続いていたのだな?調書に依ると、今の嫁さんは確か娘の『久子』だと聞いているが?お前は一体何を考えているのだ!人間の面を被り恥じも外聞も無いただの動物か!関係した親子共々の生活とは、その辺はどうなっているのだ」


「はい、奥さんとの関係はそのまま続いており、その内娘の久子を嫁に、と考えるようになりました。すると当時好き合っている正治が憎く邪魔になってきたのです。それで理性を失い、身勝手な、欲望の道に深まって行き、己れの心を抑える抑止力もなくなりました。只々その場限りの行動に進む、動物適本能に進んで行く心に自分ながら怖さを感じました。」


「正治が憎い?それは又どうしてだ?」


「あの二人はすでに婚約しており、将来家庭を持つ身でした。しかも欲張りの巌さんは、正治が婿に来れば、家の近くにある土地を、正治の親から譲ってもらえる条件を出し強引に成立させていたとか、奥さんから聞いていました」


「そうか?そのような、あくどい考えを持っていたのか、あのオヤジは?それで前回自供した筋書きで正治を犯人に仕立て、久子欲しさに口封じ、一挙両得と考え正治をやったのか?!」


「そうですあの時、一諸に仕事さえしなければ。本当に可哀想な事をしました」


「渋谷!お前は一体何を考えて居るのだ!自己中心主義とはこの事だ!自分の都合で邪魔者は簡単に殺しお前は悪魔か!聞けば聞く程腹立たしい。次二『正治』殺しについて詳しく云ってみよ」


「少し休ませて下さい、それと煙草を頂けますか?」


「分かった!よし休憩をしょう。煙草を与えてやれ」

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