第44話 渋谷熊吉 取り調べ (一)

姫路署に連行された渋谷熊吉は、「荒木巌殺害事件」の重要参考人として、姫路署捜査第一課の中村・水田の両刑事により厳しい取り調べが行なわれた。


以下その時の記録である。



「取調官の中村だ。おまえが渋谷熊吉本人だな!住所氏名、生年月日と年齢を言え!」


「本人です。住所、兵庫県加古郡高岡村11の3番地、昭和7年生れ、24歳です」


「よし、全て『戸籍謄本』と合っているな。今から色々質問をするが、分かっている事は正直に答えてくれ、いいな。それでは聞くが『荒木巌』という人を知っているか?」


「はい・・・知っています」


「お前と、どんな関係の人で、今はどこにいる?」


「はい、私の雇い主でしたが、昔、加古川方面で行方不明になったと聞いています」


「行方不明だと!貴様!心当たりが有るのではないのか?」


「知りません!前にも調べられましたが、私には当日のアリバイも有り、何も関係していません!」


「関係?何の関係だ?事実を言ってみろ!」


「あっその・・・行方不明に関して」


「確かに当時の記録ではアリバイも立証されているな。ところで荒木さんとは、色々トラブルがあったのと違うか?」


「トラブル?まあ雇い主と、使用人の関係だから、たまにはゴタゴタも有りましたよ…」


「そのゴタゴタが行方不明に関与しているのと思われるが?」


「関与?私が?普段のゴタゴタくらいで姿を消す巌さんじゃないですよ?」


「まあ揉め事も度々あった事だろうな?本人が行方不明になる前はどんな様子だった?何か覚えてないか?確か博労会議に行く予定だったとか聞いているが?」


「別に変わったところもなく、当時私の作業場に来て、『今から三泊四日の予定で明石に行く、売買予定の牛も居ないので、普段どおりの家畜の世話を頼む』たしかこんな話だったと記憶しています」


「代わります、取調官の水田です。その博労会議の前後かに誰かに会うとか誰かの家へ行く、または明石以外の町に行くとか聞かなかったかね」


「加古川の知人は尋ねるでしょう。他の人に会う話は聞いてないが忙しい人だったから」


「加古川の人とは?愛人の『谷本幸代』だね?この人の家に立ち寄ったあと、理由の分からない行方不明事件になっている。今迄の内容を含め今後仔細検討してみる。ところで話は変るが『富永正治』を知っているかな?」


「富永?正治?ああ知っています。正治の兄貴と同級生なので、子供の頃は正治とも良く遊んだが、大人になってからは、親しみも無く、殆ど話した事もありません」


「そうか?あまり会話はしてないか?少し古い話だが思い出してくれ。

昭和21年7月4日午後3時半頃、お前はある場所で『冨永正治』と一緒にいただろう?」


「また、えらい古い話ですな。21年7月、正治と一緒に・・.いたかな?思い出せないが、山に山菜取りか薪を集めに行ったかな?」


「こら!渋谷!でたらめを云うな!荒木巌さんと、トラブルがあった日だ!」


そばで聞いていた中村取調官が怒鳴った。


「まあまあ」

と水田取調官が制する。


「巌さんと?トラブルね?さっきも言ったがトラブルは度々あったので。何時の事かな?ああ、思い出した。肉牛の出荷が近付いているのに肉付きが悪いと文句を付け、ガタガタ云っていたな…」


「間違いないな、その折『富永正治』も傍に居ただろう!」


答「ん?傍に居たかな?そんな昔の事覚えてないよ」


「冨永と、葉煙草の乾燥をしていたのと違うか?」


  

(注: 葉煙草の乾燥は採取した葉煙草を、薪を燃やして乾燥を行うこと)


「乾燥…?そう云えば居たような気もします。」


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