第34話 料亭での聞き取り調査(二)
訪れる客の殆どが将校達で、私達新兵には場違いと感じつつも数ある料亭の中から『黒金』を見付け、不安を持ちつつ思い切って入りました。
通された二階の窓からの眺めは抜群で、今にも飛び立ちそうな美しい『白鷺城』の姿を下から仰ぎ見る事ができ、案内された部屋の壁に陸海軍名将の写真が数多く飾られ、強い緊張感を抱きながらの飲食となりました。
女将らしい年配の方に三村軍曹の噂を入れ様子を伺ってみると、
「あら貴方達、村さんのお友達?違うよね、階級が全然違うもの。多分新兵さんよね」
これを聞いた3人は、頭をガンと殴られたような不愉快な気がしたが、私は「三村軍曹は今我々の上官で、教官をしています」と答えました。
若い女性が運んで来た銚子を女将がすかさず取り上げ、私たちにお酒を奨め、何か意味有りげに呟くような声で、「あっそう!道理で金払いが良いと思ったわ、村さんを称して『男の中の男』と云うのでしょうね」
とさかんに三村軍曹を褒める。
我々は次々と運ばれて来る料理を口にしながら、
「私も、女将さんから言われるような『男の中の男』に成りたいな。どうすれば良いのですか?」と言いながらお酒を奨めると私の差し出した杯を美しい指先で受け取った。
私がお酒を満たすと、それを一気に飲み干し
「あら若いのにお上手な事、ホホホ。そうね、村さんの武勇伝を聞いてそう思ったの。また『宵越の金は持たぬ』とか、とにかく金払いが良く、先週もいらっしゃって、此処に五拾円預けておくからジャンジャン酒を運ぶように『女将!今年は無事暮れそうだ!しかし来年は命の保証は無い』などと雑談を交しながら、私も時間の許す限りお相手をしました。村さんには特別に気を使っています」
「そうですか。豪傑ですね」
「それと帰る時、幾らか残っていたお釣を渡すと、
『ああいいよ、取っておけ!俺が死んだら線香でも上げて呉れや?』と言って帰って行きました。ほんまに武勇やわ…」
「そうか?男は武勇とキップの良さか!」
「村さんは、外地の勤務が多いとか聞きました。周囲は皆敵、異国での任務、大変だったと思います。
こうして内地も不便な事も多くなりましたが、軍人さん達のお陰で私たちは日々安心して生活が出来る事を感謝しています」
「ありがとうございます」
「でも本人の希望を無視して簡単な命令書で何処にでも移動させる非人道集団軍隊の偉大さを尊びますが、反面憎しみも感じます」
「なるほど勉強になります」
3人が雑談を交し飲み食いをしている間も、階下のラジオは間断なく艦載機による都市攻撃のニュースを報じており、そろそろ上官達が来る時間帯になったので我々は早目に退散した。
私は、今日聞き取った話が本当とすれば、やはり犯人は三村軍曹に間違いないと思いました。
今回は現場を見ていないので確証は無いが、無実の罪で連行され、言語に絶する厳しい取り調べを受けている同期生一人一人の顔が浮かび、どうすれば良いのか思案が募り床に入っても寝付かれぬ夜になりました。
正月3日は小雪舞うも穏やかな天候であったが、4日以後は寒さ厳しく、隊内の小池にも薄氷が張り、私達の日課も最終段階を迎え、あとは野営訓練を残すのみとなりました。
このころは教育隊と云えども「いよいよ戦地に赴く」緊張感で今まで以上に張り詰めた空気が漂っていました。
しかし各都市の被害は益々甚大、姫路部隊でも頻繁に新隊員の入隊と、外地に出兵する部隊の見送りが多くなりました。
また不運にも戦死して原隊に帰る英霊の出迎えも多くなる中、待ちに待った最終野営訓練が、昭和19年1月11日~15日まで、四泊五日の予定で、青野ヶ原演習場にて実施されました。
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