第31話 鬼畜 三村軍曹(一)
三村軍曹は盗人猛々しく
「佐川、今見た事は知らぬ事にしろ!今後貴様の『営内生活』においていろいろと便宜を計ってやる」
と強制的に「知らぬ役」を押し付けられました。
この男には前の事件でさんざん苦渋を舐めさせられたかと思うと悔しかったものの、後2ケ月程で訓練終了と思うとその時は条件を呑む以外になかったのです。
この判断が後々悔やまれることになります。
翌朝、部隊内で盗難話が持ち上がったが、三村週番下士官が早々に現場に立ち会い、被害者の寝具の中より金子を取り出し「被害者の思い違い」と言う事でケリを付けたのです。
おおかた隠し持っていた現金を調べるふりをして寝具に入れた事と思います。
その場にいた私は、この男は盗癖のある危険人物で、己の行為に恥じ入ることも反省の意志も無く、あまつさえ部下に罪を負わせ、取り調べでは、あくどい職権乱用を意のままに捏造する極悪非道な男と思い驚き、また嘆きました。
相変わらず教育隊では厳しい日課が続き、12月に入ると士気の昂揚、体力の強化を目的とし、各部隊12月15日~25日迄寒稽古に入りました。
銃剣道、剣道、柔道、空手道、自久走等から早朝訓練が実施され、起床も一時間早く、各自身支度を整える頃には、各部隊毎の掛声が連隊中に響き渡り、初めて体験する新兵の私達にはこれが頭痛の種で、私は銃剣術を望み、夜明けの暗闇の中日頃の鬱憤を晴らす為、基幹要員をそれとなく探し出し、処かまわず木銃を突きつけたものです。
お互い面を付け、吐く息が白く、はっきり相手の顔が確認出来ないので、してやったりと一人喜んだ事もありました。
12月25日は、寒稽古の打ち上げ、部隊対抗の武道試合が行なわれ、終日祭り気分でした。
又この日は、期末手当が支給され隊内は陽気な雰囲気が漂っていたが、又しても25日深夜から、26日の明け方に掛け、教育隊では再び俸給盗難事件が発生したのです。
今回は5名が被害に遭い、なんとその中に週番勤務の三村軍曹も被害に遭っていた。
幸い私は、当日15時に田川軍曹指揮のもと、教育隊から20名編成で衛兵見習勤務を命ぜられ、24時間教育隊舎を離れており、今回の盗難事件には関係無く目前で行なわれる厳しい取り調べを傍観出来る立場でした。
前にも申しましたとおり、その取り調べは人権を無視し、暴力と暴言を浴びせ、その容疑者に恐怖心を煽り、追求する言葉も徹底して厳しく、目を覆う場面が其処此処に展開しました。
今回は被害者が多いのとその中に基幹要員(三村軍曹)が含まれていたので、教育隊長の厳命で、直接憲兵隊の取り調べとなり教育隊内で厳しい捜査が続き、結果6名の容疑者が憲兵隊に連行されました。
さすがに私は怒りました。
「今回も間違いなくあの軍曹が犯人だ!本当に悪賢い奴め!」と腹わたが煮えくりかえりました。
さらに今度は被害者になりすまして事件に関係無い同期生を犯人に仕立てての行為、本当に腹がたちました。
今に思えば、事件発生の度にあの軍曹は週番勤務に就いている。
今回はただの偶然であろうか?
いや週番勤務の時間を利用しての、あくどい盗癖行為だと思い悩みました。
上下関係の厳しい軍隊での行為は、その取り調べで容疑者の意見は全て無視され、暴言と暴力の中、命を落す危険性も多分に含んでおり、前回、私も疑いを掛けられその場を経験したので、その恐さが充分に分かっています。
今から犯人扱いにされ、憲兵隊で厳しい取り調べを受ける同期生達の姿を想像すると、いたたまれなく思い悩みました。
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