第170話・帝国の信仰と波乱の予感(2)




 皇女サマと皇子サマを先頭に私達は王城を奥へと進んでいた。

 あまりに迷い無く進むからスルーしていいと思うんだけど、あえて突っ込みたい。

 他国の人間をこんな所まで連れてきて良いんですか? と。


「(それに……どう考えてみても皇女サマの目的で殿下達じゃないみたいなんだよなぁ)」


 皇女サマは兄である皇子サマとニコヤカに話していて殿下達に必要以上に近づかない。

 ついでに「仲良くしましょう」と言った割には私にも話しかけてこないわけだけど。

 私、気紛れでは説明のつかない皇女サマの言動に聊か疲れてきたんですが。


「(本当に目的が分からなくてもどかしい)」


 意外と堪え性が無い自分に内心嘆息する。

 こんな事で新しい自分を発見しても全くもって嬉しくない。


「(これが錬金術の錬成に必要な待ち時間なら幾らでも待てるんだけどね)」


 どうやら私はこういった場合は積極的に動いて原因を追究するか、排除したいという意識になるらしい。


「(我ながら物騒な思考だなぁ)」


 言動に出ていないからセーフという事にしておこう。

 そんな事を考えている内に御二方が案内したい場所についたらしい。

 大きな扉の前に立ち振り返る皇女サマと皇子サマ。


「この場所は貴族でも特別な理由がなければ入れない場所ですの。ですからここまでの道順は内緒にしておいてくださいませ」

「(えー。そんな所に他国の人を入れていんですか、皇女サマ!?)」


 思わず考えているままに叫ぶ所だった。

 というか、今私は妙な顔をしていないだろうか?

 表情を取り繕えている自信が全くない。

 

「皆さんが精霊に愛されているからこそ父上もここへの案内を許してくださいました」

「まぁ父上は何時でもこの場所を自慢したくてたまらないんだけどね」

「確かに。そうですわね。ここは我が国の誇りが詰まっている場所ですもの」


 一体この扉の向こうには何があるのだろうか?

 私は笑う皇女サマ達から視線を外し扉を見上げる。

 人一人では開けられそうにない大きな扉はこの王城では珍しくガラスなどの装飾は一切無く、ただ精巧な意匠が彫り込まれているだけだった。

 何と無しに見ていた私は扉の意匠の一部を見て目を細める。


「<……気のせい、かな?>」

「<リーノ?>」

「<んー。施されている意匠の一部が見た事ある気がしたんだけど>」


 巧妙に他の意匠に紛れ込んでいるけど、私には『前』の時見た事のあるモノが一瞬見えた気がしたのだ。


「<見間違いかな?>」

「<さーな。少なくともオレはわかんねーけど>」

「<詳しく見たい所だけど、そんな時間はくれなさそうだしね。気のせいって事にしておくわ>」


 御二方の見せたいモノは勿論部屋の中にあるのだろう。

 皇女サマの連れて来た護衛が扉を開き、見ていた意匠も動いて見えなくなってしまう。

 私は再び内心嘆息すると、意識を切り替えて部屋へと足を踏み入れた。





 部屋に入り最初に驚いたのは水の気配と凄い数舞飛んでいる精霊の姿だった。

 圧倒されつつも部屋の中をぐるりと見回し見て思ったのは部屋の中は思ったよりも簡素な造りだという事だった。

 けれどそれは粗末という訳では無い。

 飾り立てる事で華やかさを演出するのではなく、洗練された造りと静謐な雰囲気を出すため、あえて華美な装飾をしていない、そんな配置と造りのようなのだ。

 

 部屋の中心には多分水の女神を模したであろう像が立っており、彼女の像の掌に置かれた魔石のようなモノから水が流れ足元の水鏡に注がれている。

 更に像の三方を水で守るかのように滝のように上から水が注がれていた。


「(何となく帝都で初めて見た祠と噴水を彷彿とさせる造りな気がする)」


 佇む像と周辺から注がれる水が掛からない程度に離れた場所には椅子が置かれ座る事が出来るスペースが作られていた。

 

「<やっぱり帝都中心部にあった祠と噴水に似てる気がする。けどこっちの方が手が込んでるし、精霊の数も半端ないなぁ>」 

「<何となくこっちは礼拝堂って感じだな>」

「<あー確かに>」


 精霊が舞飛んでいる事もあってか、厳粛な雰囲気も合わさりクロイツの言った通り礼拝堂と言われれば納得してしまう部屋だった。

 ただし王城の中に礼拝堂を造る事が可能ならば、だけど。

 どうやら王国には王城内にこのような部屋は無いらしく、殿下達もこの部屋の造りと役割に驚いていた。


「<けど、確かに。これは特別な場合を除いて入れないのも分かるわ>」


 落ち着いて見ていれば分かる。

 水の神を象ったであろう像。

 あの像は精霊とは違う何かの「力」を薄っすら纏っている。

 もしかしたら……――


「<――……あれが【神の御力】ってやつなのかねぇ?>」

「<なんだ? 「あれ」なんかちげーのか?>」

「<精霊じゃない「何かの力」を薄っすら纏ってるのが視える>」

「<マジかよ>」


 クロイツから何となく不機嫌な気配が伝わってくる。

 相変わらず神様と言われる存在がお嫌いらしい。

 とは言え、あの「何かの力」が神様の御力かどうかは分からない訳だけど。


「<推測だから。その物騒な気配はやめてよね>」

「<無理だな>」

「<即答しないでくれない!?>」


 私は内心で全力で突っ込みを入れると影からクロイツが飛び出さないようにロックする。

 普段はした事無いし、必要無いけど、出てこないようにする事は可能ではあるのだ。

 ただ普通の使い魔とは違って圧倒的な力量差がない以上完璧に閉じ込めるられるわけじゃないけど。

 使い魔側にも出れないようにロックされた事は当然分かる。

 だからか今度は少しばかりクロイツの落ち着いた気配が伝わって来た。


「<別に急に飛び出して破壊したりはしねーよ。ただ精霊や魔力ならオマエは気づく。だってのに知らない「力の気配」を感じてるんだろう? なら答えは一つなんじゃねーのか?>」

「<一応私達の知らない力が他にあるんじゃない?>」


 それがその場しのぎの言葉でしかない事は分かっていても私は【念話】でそう告げる。

 私は像の纏っている気配を直感的に「神の御力」だと判断した。

 こういった時の勘は馬鹿にならない。

 多分、像が薄っすら纏っているのは水の神の御力なのだろう。

 けど、それを馬鹿正直に言うにはクロイツの纏っている気配は少々不穏なのだ。

 とはいえ、クロイツ自身が「飛び出して破壊しない」と言っているのだからそれを信じても良いだろう。

 私は内心嘆息しつつロックを解除した。


「<ま。クロイツがしないと言うなら信じるけどさ。出来れば物騒な気配は引っ込めて欲しいモンだねぇ。私まで思考が物騒になりそうだし>」

「<そーかよ。……ってかオマエはオレがどんな状態だろうと物騒な思考なんじゃねーの?>」

「<失敬な! 私は時と場合を考えて思考が物騒になるだけで、常時物騒な思考の持ち主じゃありませんけど?>」

「<それもどーよ。ってかその方がこえーよ>」


 くだらない言い合いの中クロイツの物騒な気配が和らいでいく。

 どうやらようやく落ち着いたらしい。

 クロイツに気づかれないように嘆息すると再び像と、その近くになった皇女サマ達に視線を向ける。

 皇女サマ方は水の神の像の前に跪くと頭を垂れ真摯に祈りを捧げていた。

 私はこの世界の教会に行った事はないんだけど、教会でもこんな風に祈るのだろうか?


「<色々ごちゃまぜな日本で育っていると神様に対して真摯に祈るって意外と分からない感覚なんだよねぇ>」

「<神父や坊主だった訳じゃねーしな>」

「<そうそう。けど、これって私もやらないといけないのかね?>」


 祈りの言葉なんて知らないけど?

 なんてちょっと困っていたが、どうやら皇女サマ達も其処までは私達に求めず、私達に祈りを強制したりはしなかった。

 殿下達が光闇の創造神を信仰している可能性も高いとでも思ったのかもしれないけど。


「この部屋は「祈りの間」と呼ばれておりますの。水の女神であらせられるリヴァッサーリア様の像に対して祈りを捧げ日々の安寧を願う場ですわ」

「帝国は水の女神を信仰しているということは知っていましたが、王国ではここまでしていないので少しおどろいています」

「王国の事情は文献のみですがしっています。ですが帝国は海に面しているために海難事故からお守りいただいていることもあり水の女神への信仰があついのです」


 海難事故防止に関しては漁業関係者の絶え間ない努力の結果じゃないのかなぁ、とか思ってしまうのは私が元々日本人だからなんでしょうか?

 けどまぁ、確かにそういった理由なら水の女神への信仰が厚い理由も分からなくも無いけど。

 一国が此処まで偏っているのも凄いとは思うけど。


「<他を除外してはいなさそうだけど、他の神々を信仰している人は肩身狭そう>」

「<特に漁業が盛んな街とか村には殆どいなさそうだな>」

「<本当にね>」


 と、言うか帝国人の気質的にそういった神々に傾倒しなさそうだと勝手に思っていたんだけどなぁ。

 そりゃ私は帝国の人達に詳しい訳じゃないけど、音楽や芸術を貴び、海に面しているために漁業が盛んな活気の溢れる国。

 そういった国はどっちかといえば神々の御力よりも自分の力を信じそうなもんだけど。


「(それとも神々が近いと違うのかねぇ)」


 それか他にも理由があるのか。

 そんな事を考えながら神像を見上げているとふと視線を感じた。

 最近よく感じる視線に慣れを感じている自分に少々微妙な気分になりながらも振り向くと案の定皇女サマは目が笑っていない笑顔で私を見ていた。

 けど目が合ったにもかかわらず皇女サマは私に話しかける事無く、再び神像を見上げる。

 意味ありげな視線にさらされただけの私は内心嘆息するしかない。


「(此処で話しかけると相手の思惑に嵌る気がする)」


 既に相手の術中にはまっているような嫌な感じがしながらも、もはや根競べのようになっている気がして頭痛がしてきそうだ。

 そんな私の状態を知ってか知らずか皇女サマは女神像を見上げながら純粋な微笑みを浮かべた。


「(こうしていると本当に綺麗な娘って感じなんだけどねぇ)」


 純粋そうな笑みにも裏がありそうだと思ってしまう私が汚れているのだろうか? と悩む所だ。


「帝国が水の女神様を信仰しているのは他にも理由がございますの」


 皇女サマは視線を私達に戻すと説明を語り始める。


「帝国は元々水の女神であらせられるリヴァッサーリア様の御使い様、水の聖獣様がおわします聖域を護るために建国されたと言い伝えられておりますの。帝国に面している広大な海の地には水の聖獣様の聖域があり、私共を見守り、そして私共も水の女神様同様聖獣様を御守りし信仰していく事を我が使命と言われ育てられてきました。故に私共王族は皆水の女神を信仰し、こうして王城の中に水の女神像と共に祈りを捧げる場所をお作りになったのですわ」


 成程、王国とは建国理由から違ったって事か。

 ならまぁ帝国が此処まで水の女神を信仰していてもおかしくはないし、礼拝堂の様な部屋が王城内になってもおかしくはない……はず。


「<聞けば聞く程他のカミサマを信仰しにくそーな国だな>」

「<確かに>」


 そして宗教観がどちらかと言えば『日本』で育まれたモノが根付いている私やクロイツにして見ると一神教っぽい帝国の宗教観は理解できないし、ちょっと怖い。


「<宗教戦争が起こりそうな土台があるようにしか思えねーな>」

「<そこは、まぁ多分大丈夫なんじゃない? 神々が近しいわけだし。そもそも水の神って闇の神が生み出した妹? 眷属? らしいし。排除しようって意識にはならないんじゃないかなぁ?>」


 そんな闇の創造神の双子神が光の創造神だしね。

 他の神々とて繋がりは深くてどの神かを切り離して貶める事は難しいと思う。


「<取り敢えず教会関係者が政治に口出してこないなら問題はないと思うよ?>」

「<そりゃそーだけどな。まー口出してこないといいな?>」


 クロイツの言いたい事も分かる。

 何処にでもいるからねぇ、腐った人間ってのは。

 と言ってもここは帝国だし、王国じゃない以上私達が口を挟む権利も無ければ深く調べる気も更々ない。

 所謂他人事だ。

 帝国が荒れると王国にも被害が来るから、頑張って治めてくださいねーと対岸から応援する程度の関心しか持てないし。


「<ま、王族がしっかりしてれば問題ないんじゃない?>」

「<その王族に喧嘩売られてるけどな、オマエは>」

「<……思い出させないでよ>」


 未だに私を見る目が笑っていない皇女サマには内心溜息をつくしかない。

 私、貴女に何かしましたかね?

 皇女サマが振り向いて私を見た時には水の神に対して宿していた敬愛などの優しさを掻き消し、何時もと言って良い目が笑ってない状態に戻っている。


「(そんな状態で微笑みかけられても何か企んでいるようにしか思えないのですが)」


 内心で突っ込みつつ私は皇女サマの出方を伺う事しか出来ない。


「そうですわ。グラベオンの街は建国時から聖域に最も近い場所されていますの。行ってみませんこと?」

「たしかにとても興味深いですが、スケジュールを調整することができるかどうか」


 そう言ってやんわりはぐらかしたのはヴァイディーウス様だった。

 どうも私に対して言ったっぽいけど、皇女サマが私に対して思う所がある事に気づいているヴァイディーウス様が庇ってくれたようだ。

 立場的に私には断れないからとてもありがたい。

 とはいえ、相手は皇女サマだけじゃなく皇子サマもだったらしく、彼も皇女サマを援護するように口を挟んでくる。

 出来れば援護じゃなくて制止する方向に動いてはくれませんかねぇ。


「今日すぐとはいきませんが予定をくむことは可能です。ならば問題ありませんよね?」


 そういって皇子サマまで私を見た。

 

「(この状況で断れるわけないんですけどね!)」


 私は引き攣りそうな口元と突っ込みを入れそうな自分を頑張って宥めすかすと微笑んで「問題ございません。よろこんで同行させていただきたいとおもいます」と言うしか無いのだった。


「(本当にこの御二方は何がしたいんですかね!)」


 そして今更なんですけど、帝国側の護衛の皆々方?

 一部ですけど「断る訳ねーよな?」的な眼で見るのは辞めていただけませんかね?

 立場的には確かに高々公爵家の令嬢ですけど?

 私、一応賓客扱いなんですよ。

 そんな風に強制されるいわれはないと思いません?

 あまり酷いと「帝国は王国を格下だと考えている」って言う話になりますよ?

 実際マクシノーエさんも貴方方の言動に不信感を持ってますからね?

 まぁ彼の場合、過去に来た時とはあまりに違うために帝国側に何かあったのかって方面で不審を感じているようですけどね。


「<そろそろお兄様やヴァイディーウス様を宥めるのも疲れるんだけど>」

「<最近はおとーとのオージサマの方まで訝し気だもんなー>」

「<最初から不思議だとは思ってたみたいだけどね。どうやらそれが私に対する警戒心だという所に行きつきそうらしいわ>」

「<そうなったら態度も変わるだろーな。オマエ気に入られてるし>」

「<まぁ、友人としてね。それはそれで不思議なんだけど……まぁ今考える事じゃないか>」


 私の言動の何処を見て交流を続ける気になったのかは気にならないわけじゃないけど、それよりも緊急性が高い案件が目の前に広がってるからねぇ。

 取り敢えず殿下達の事は置いておいて目の前の厄介事……そろそろ帝国と一纏めにして厄介事にしたい気分である皇女サマ達の言動に対して何かしらの対応を取るべきなのかもしれない、と思う。


「(グラベオンの街、ねぇ。そこが良い切欠になれば良いんだけどね)」


 私は笑顔の下でそんな事を考えるとばれない様に小さくため息をついた。

 

 皇女サマ達は早速予定を組むため礼拝室を出ようとする。

 その際水の神に対して祈りを捧げる所、敬虔な信者と言う所なのかもしれない。

 王族がここまで宗教に傾倒している、という感覚は正直馴染まないんだけど……宗教国家じゃあるまいし、とか思ってしまう。

 これが帝国の特色なら、とことん私とは合わない国だなぁと思った。


「(帝国に転生しなくて良かった)」


 後、王国で何かあっても一家揃って帝国に行くって案はあんまり賢明じゃないって事も分かっちゃったけど。

 前は王国で何かあっても家族さえ一緒なら帝国にでも行けば良いと思ってたけど、此処までカラーが違うと厳しいと思った。


「(あと、よーく考えてみればお父様は宰相として帝国側にも顔が売れているだろうし、一家で帝国に行く案は最初から無理があったのかもなぁ。そうなると何かあった場合は私だけが国外に出るしかないって事かぁ)」


 寂しいし、そうならないように回避は全力でするつもりだけど最悪の場合私一人で王国を出る事になるのかもしれない。

 ついでに帝国には行けないから冒険者として小国を拠点にするか、例の魔道具で隠棲生活になるか。

 どれにしろあんまり選びたい選択肢ではないのは確かだった。


「(ま、今から何かやらかす事前提で物事を考えるのもあんまり良くないか)」


 頭の片隅に置いて少し慎重に動けってことか。……それも王国が私の家族を蔑ろにしない限り大丈夫なんだけどね。

 それだけは私にとっての逆鱗であり弱点だからどうしようもないからなぁ。


「(ひっくるめて私だからどうしようも無いんだけどねぇ。……そういう意味では自分を曲げられないし、私って我が儘令嬢なのかもね)」


 意外と噂の中に存在していた「我が儘令嬢」というやつは間違ってないらしい。

 噂の流した存在が思っている意味合いではないけれど。


 つらつらとそんな事を考えながら最後に部屋を出た私は途端に感じた視線に悪寒が走った。


「<何!?>」

「<どした?>」


 クロイツの声には悪いけど反応せず、私は周囲を見回して視線の主を探る。

 品定めをされているような、上から下まで舐め回すような粘着質な視線。

 そこに熱がこもっていればストーカーだと疑うような視線にさっきから悪寒が止まらない。

 熱の無さに私がターゲットでは無いのか、研究者が実験体を見るがごとく、興味の無い視線なのかが判別が付かない。

 けどあまり良い視線ではない事だけを把握して私は気づかれないようにお兄様を視線から庇う。

 本当は殿下達も、と行きたい所なんだけど殿下達は皇女サマ方と話をしていて庇うには割って入る事しか出来ない。

 王族同士が話している事に割り込む事は不敬に当たりかねない。

 マクシノーエさんが近くにいるから何かあるなら彼が護ると信じるしかない。

 

「(一体何処から?)」


 お兄様の不思議そうな顔にもクロイツの問いかけにも答える事が出来ず、私は只管視線の主が何処にいるか探る。

 そうする事でようやくその視線が向かい側から来ているのだと見つける事が出来た。

 王城の造り的に中央部分が吹き抜けのように空いていて壁も無く風通しが良い造りの場所が多いのか、礼拝室から出てすぐの廊下も向こう側の廊下が見える仕様になっている。

 そんな廊下の向こうに視線の主が居た。


 燃えるような赤い髪に緑の双眸。

 顔の作りは帝国の人間のようだが、水の神を信仰する中、珍しい色彩の持ち主だと思った。

 何より目に宿るドロリした何かに私は純粋に恐怖を抱いた。

 その女性の視線は私達一行……特に皇女サマに向いているようだけど、時折その視線が私達の方にも向けられる。

 視線の動きが本当に品定めをしているようにしか思えないのだ。


 お兄様が女性の視線に晒されないように隣に並び、女性に視線を向ける。

 丁度殿下達と皇女サマ方は話しが盛り上がっているのか立ち止まっている。

 今なら外を見るという名目で向かいの廊下を見ていても咎められる事はないだろう。

 女性の視線が皇女サマから再び私に流れる。


 私と女性の視線が交差する。


 途端今までとはくらべものにならない怖気が走る。

 強くなるばかりの恐怖をねじ伏せると私は色々なモノを振り払うように軽く頭を振り鋭い視線を女性に向ける。

 それなりの距離があるのに女性の存在がはっきりと知覚出来る。

 それだけ私が今、あの女性に集中しているという事なのだろう。

 今、目を逸らしてはいけないと私の何かが警告のように告げるのだ。

 その警告のままに私は女性から目を逸らさず睨みつける。

 皇女サマに対して並々ならぬ執着心を孕んだ眸を向けていた女性。

 だからこそ私達に対しては興味がないだろうと思っていた。

 けど睨みつけた私を見た女性は何故か笑ったのだ。

 私の中で更に警戒心と恐怖心が強くなる。

 此処で怒るなら分かる。

 王城の奥を普通に歩ているのだから家格は高いのだろう。

 下手すれば王族の可能性もある。

 そんな女性が賓客とは言え高々小娘に睨まれて怒りを感じるのならむしろ正常な思考だろう。

 なのに、女性は笑っているのだ。

 皇女サマに対するモノには負けるが、それでもドロリした執着と愉悦を混ぜ込んだような気持の悪い双眸で。

 あんな眸で笑われては完璧な笑顔だろうと歪んで見えてしまってしょうがない。

 私はただ只管「気持ち悪い」と思った。

 同時に私は私以上の気持ち悪い執着心で見られている皇女サマに初めて同情を抱いた。


「(私ならとてもじゃないけどあんな視線には耐えられない)」


 あんな気持ち悪い視線に晒されて気づかないなんて事が有り得るだろうか?

 いや、そんな事あるわけない。

 たとえ皇女サマが鈍感だったとしても気づかないわけがない。

 それほどに強く、そして気持ちの悪い視線なのだ。


 目を逸らしたいのに、出来ない。

 もし視線の向く先がお兄様や殿下達になったら?

 私が逸らす事でマウントを取られてしまったら?

 少なくとも切欠も無く私から視線を逸らす事は出来なかった。

 長いと感じた時間は女性が再び私から目を逸らした事で終わりを告げた。

 私は自分の中にある焦燥感と恐怖心を昇華する事に一杯一杯でとてもじゃないけど周囲を気にする余裕が無かった。

 

「ダーリエ?」


 肩に感じた温もりと心配そうなお兄様の声に私は自分が不自然な程ビクつくのを感じた。

 悪寒はまだ収まっていない。

 けど、女性の視線が再び皇女サマに向かったのを完全に視認する事でで私もようやく周囲の音が戻って来た気がした。

 小さく、誰にも気づかれないように深呼吸をする。

 悪寒を完全に振り払う事は出来ないけれど、平静を保てるほどには理性が戻って来た気がする。


「……なんでもありませんわ」

「そうかい?」


 お兄様は多分私の言葉に納得していないだろう。

 けど此処で問いかけてくる事は無かった。

 皇女サマや皇子サマ、そして帝国側の不遜な騎士サマ達。

 決して完全なる味方とは言えない人間がいる場所で私の異変を知らしめる事は出来ないと判断してくれたのだろう。

 私はそんなお兄様に内心お礼を言うと「大丈夫だ」という意味を込めて微笑む。


「殿下達のお話も終わったようですし、行きましょうお兄様」

「ああ、そうだね。――後で部屋に行くから」


 最後は私に囁きかけてお兄様が歩き出し、そんなお兄様の背中を見て私も内心苦笑する。


「(説明が難しいのですけれど……心配して下さって有難う御座いますお兄様)」


 私はもう一度小さく深呼吸をすると他の人に遅れないように歩き出した。



 ――そんな私の一連の行動を逐一見ていた騎士が居た事に私が気づく事無く。



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