第158話・面倒事は向こうからやってくる(2)




 お荷物を抱えつつ私達の旅は順調だった。

 噂の盗賊団と接触する事無く、このまま平穏に国境まで行けるではないかと内心安心していたのだ、私は。


「(それがフラグだったとか思いたくないんですけど!)」


 心の中で絶叫しつつ、私は目の前で起こっている攻防戦をつぶさに観察する。

 そう、私は今、有難くもない盗賊団に襲撃されている途中なのである。





 その襲撃があったのは丁度休憩を挟み、私達も馬車の外でくつろいでいる時だった。

 まるで狙っているかのようなタミングに少々周囲に疑惑を覚えたのは仕方ないと思う。

 盗賊団の気配に最初に気づいたのは流石というべきか騎士サマ達で、彼等は私達を馬車近くの一か所にまとめると、囲むように護り陣形を引いた。

 ……その間にもタンネルブルクさん達は既に臨戦態勢だったから、実際は気づいたのは彼等の方が先かもしれないけどね。

 そこは最近私とクロイツともしかしたら殿下達の中で株がダダ下がりの騎士サマ方に一応花を持たせておこう。

 タンネルブルクさん達と騎士サマ方の実力差についての考察はともかく、今回の襲撃で私達が出来る事は無い。

 前回と違い、今回はむしろ私達が手を出す事は騎士サマ達やタンネルブルクさん達の名誉を傷つける。

 出来る事と言えば【護りの魔法】を掛けるくらいだ。

 私は殿下達と近くにいた騎士サマに護りの魔法を使用する許可を得ると魔力を体中に巡らせ両手を上げる。


「【我が魔力よ 変異し身を護る壁とならん事を! 我は願うは風の腕! 全てを護る壁となりて害意あるモノを防げ! ――Wind・Schild-ヴィント・シルト-!】」 


 力ある言葉により魔力は解放され私達を中心に馬車全体を包み込む緑色の壁が構築された。


「キースダーリエ嬢はスゴイな。もう初級の魔法を使えるのか」

「魔道具だけに頼ってる訳にはいきませんから防御魔法だけは教わりましたの。……ただ気休め程度にしかなりませんけれど」


 子供が張っているモノだ。

 そこまで期待されても困るのでそういっておく。

 ちなみに本気で張っているので数撃くらいならルビーン達の全力の攻撃も弾く事が出来る程度の強度はあるので、そこそこ使い道はあるとは思っている。

 取り敢えず結界も張ったので戦況に意識を向けると、何と騎士サマ達とゴロツキの集団であるはずの盗賊団が競り合っていたのだ。

 あっさり決着がつくと思っていた私も流石に驚きが隠せなかった。

 タンネルブルクさん達は確実に相手を仕留め数を減らしているし騎士サマ方も別に負けているわけじゃない。

 けど名も轟いてないはずの盗賊団なのに、人数が思ったよりも多いうえ、何処かそこらへんのゴロツキとは雰囲気が違うと感じるのは気のせいだろうか?


「私には統率が取れているように見えるのですが……どう思いますか?」

「ワタクシもそう見えますわ」

「……オレもです、兄上」


 私達の護衛についている騎士サマ達も厳しい顔で頷いている所、本当に高々盗賊団が統率のとれた動きをし、騎士サマ方を翻弄しているという、驚きの出来事が起こっているという事になるのだ。

 それだけでも問題だっていうのに、更に厳しい表情でロアベーツィア様がとんでもない事をおっしゃった。


「騎士達の動きがよまれている? いや、ちがう。騎士のくせを知っているように動いているようにオレには見えるんだが?」

「っ!?」


 それが本当ならとんでもない事だった。

 私とお兄様が咄嗟に殿下達を背に庇い騎士である彼等から距離を取る。

 結界はまだ働いている。

 結界内に居る限り矢が飛んできたとしても弾いてくれるだろう。

 それよりも問題は結界内に居るはずの、味方のはずの人間が本当に味方であるかどうかを疑わないといけない現状だった。

 私達の咄嗟の行動に驚いていた殿下達だったが、ヴァイディーウス様はロアベーツィア様の言葉にある結論に達したのか、厳しい眼差しで騎士達を見据えているし、ロアベーツィア様も自分の言った事を咀嚼して私達の行動を理解したらしい。

 私達に問いかけてくる事も無く、ただ私に再び守られている事に少しばかり苦笑いを浮かべているようだった。

 そして、そんなある種突拍子もない私達の行動に驚いていた騎士達だったが、自分達が何を疑われているのか直ぐに気づいたらしい。

 驚いた表情を隠さず、自分達に二心は無いと訴えかけて来た。


「お待ちください! 私達に二心は御座いません。誓って彼等に見覚えはありません!」

「ですが、そなたが全ての騎士をはあくしているわけではないありません。そなたは賊が騎士ではないと言い切れますか?」

「そ、れは……」


 ヴァイディーウス様の質問に彼等も口を噤んでしまう。

 むしろロアベーツィア様が気づいたのだ。

 日々訓練している彼等が気づかないはずがない。

 彼等が殿下達や私達の味方であるのならば彼等の心の中も疑心が渦巻いているのかもしれない。

 結界の外では盗賊団と拮抗してみえるキシサマ方の姿が見える。

 

「(あれは同僚を見つけた事による驚きによる動きの鈍りなのか、癖を知られている事への驚愕のための動きの鈍りなのか)」


 何方にしろ戦況はあまりよくはない。

 ただあの姿を見る限り、彼等、キシサマ方の言い分は間違っていないのかもしれない。

 少なくとも彼等が翻って私達を襲う可能性はあまり高くはないかもしれない。

 疑いを完全に晴らす事は出来ないが、今すぐ襲われる可能性は低いと思ってもいいのかもしれない。


 決められた行路。

 統率がとられたかなりの人数を要する盗賊団。

 国王陛下により自暴自棄とまで言われ自爆覚悟の報復活動をしかねない存在の示唆。


「……彼等は私達を恨み報復行為をおこなおうとしている貴族の私兵、と判断した方がいいかもしれません」


 ヴァイディーウス様も同じ結論に達したのか、一応護衛のキシサマ達に苦笑を見せ、外に向けて指示を飛ばした。


「彼等は我らが身を害する事を目的とした集団と想定されます! 保身すら捨て私怨にかられたやからに遠慮する必要はありません! ――完全に殲滅しなさい!」


 まだ子供と言える歳のヴァイディーウス様が本来なら指示する事ではない。

 重き決断だ。

 けれど、彼の目に迷いはない。


「(命を背負う覚悟に関してはヴァイディーウス様の方が上なのかな? それとも実際命を奪った事がある経験によるモノかな)」


 ロアベーツィア様に命令を出させなかったのは兄としての矜持か甘さか。

 何方にしろ、命令として下された事によりキシサマ達の動きが変わる。

 キシサマ達の勢いが増し盗賊団が押され始めたのだ。


「<これなら、問題無く殲滅できそうね>」

「<捕まえて背後関係とか吐かせなくてもいーのか?>」

「<その余裕があればそうした方がいいと思うけど。ちょっと人数がね>」


 こっちが御忍びスタイルという事で少人数である事を差っ引いても盗賊団に擬態した私兵達は数が多いのだ。

 気を付けないとタンネルブルクさん達がブチギレテ広範囲魔法を撃ちかねない。

 流石にそれをやられるとこの防御魔法じゃ心もとない。

 気づいてキシサマ達が防御魔法を使ってくれればいいんだけど、それも難しいだろう。


「<タンネルブルクさん達の切れるタイミングって適当というか規則性がないからなぁ>」

「<完全に経験則による勘頼みだもんなー。リーノが魔法使うタイミングをつかんだのもそーだしな>」


 その機会が来る前に事態が収束する事を願うばかりである。

 と、その時、ぞわっと背筋に嫌なモノが走った。

 ――それが殺気だと分かったのは無意識に振り向き影から出した刀を頭上に抱え、重たい一撃を何とか受け止めた時だった。


「<リーノ!>」「「キースダーリエ嬢!」」


 かけられた悲鳴にも似た声に応える余裕もなく、私は刀に圧し掛かってくる重さに舌打ちし、見た目は幼女でしかない私に対して全力で襲い掛かって来た男を睨みつける。

 男――元は近衛の隊長で現在は沙汰を待つ荷物でしかない男は濁った目で重さに歪む私の表情に対して気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 

「(ロアベーツィア様じゃなく私を狙う所、単純と言うか、此処で私を狙う程、元王妃への恨みは薄かったと鼻で笑うべきか悩む所ね)」


 内心毒を吐きつつ何時までも大の大人の力を受け付けられる訳もなく、私は刀を滑らせると男の体制を崩し、大きく後ろに一歩引いた。

 けど相手も何だかんだ言って元近衛の隊長格の一人、実力も本物だったらしく、ほぼタイムラグ無く私に詰め寄って再び剣を振りかぶって来た。


 その一撃を受けたのは私ではなく、護衛についていたキシサマだったけれど。


「隊長! 何をしているのですか!」

「どけ! 今、その女狐を排除しなければヴァイディーウス様の害になる!」

「(だから幼女を女狐扱いはないって)」


 重い一撃をまともに受けたためか痺れが残る腕で刀を構えつつ内心毒づく。

 正直言ってギリギリだった。

 少しでもタイミングがずれていれば私は今頃男の手によって一刀両断されていただろう。

 恐怖に少しばかり体が固まるが、今はそれどころじゃない、と自分を叱責する。


「(生きているからこその恐怖。なら後で全部終わった後に存分に怖がればいい。今は目の前の男を叩き伏せる事に集中しろ!)」


 恐怖に震える身体を押さえつけ、刀を構え臨戦態勢に入ると男は先程までの愉悦を含んだ歪んだ笑みを消し、不愉快そうに吐き捨てるように「女狐が!」と吐き捨てた。


「お労しい事にヴァイディーウス様は女狐の魔の手により少々混乱してられるようですね。今私が元凶を断ちます故、このような不当な処置はおやめください」


 逆を言うとヴァイディーウス様は女狐に腑抜けされる程度の方なのだ、と言っている事に気づいているのだろうか? この男は。 

 事実、そう取っているヴァイディーウス様は不快そうな表情を隠していないし、ロアベーツィア様も尊敬する兄上をその程度と言われて苛々している表情をなさっている。


「<どうもこの男陶酔型と言うか、もうさっさと気狂い認定して拘束を強めたいんですけど>」

「<毒を吐く元気はあるみてーだから大丈夫みてーで良かったけど。……ってかよ。どうしてこの男自由なんだよ>」


 クロイツの言葉に私もはっとすると再び殿下達の所まで下がりお二人をお守りする位置にたった。


「殿下。周囲の方をご警戒下さいませ。この男の拘束は決して自力で解けるモノでは御座いません」


 私の言い分にお兄様も再び周囲の護衛から殿下達を離し、殿下達も警戒心露わに周囲を見回した。

 困惑し、そして同僚に疑心の目を向けるキシサマ達の中でただ只管私に対して害意を示していた。


「ヴァイディーウス様! 女狐に騙されてはいけません! その女は殿下から護りを引きはがし害したいのです!」

「……ならば、何故そなたの拘束はとかれているのですか? キースダーリエ嬢の言う通り、そなたの拘束は自力では抜け出せないモノのはずです」


 冷ややかに周囲を睥睨するヴァイディーウス様と鋭い眼差しで周囲を威圧するロアベーツィア様。

 ロアベーツィア様は既に腰元にさしている剣に手が伸び、完全に臨戦態勢だ。

 男を囲むキシサマ方の動きは鈍い。

 そんなキシサマ達へ私が向ける眼差しは冷たい。

 本当に自分達が無実と証明したいならば全力で男を叩きのめすべきなのだ。

 同僚や尊敬していた隊長に対して動きが鈍るなんて感情論は今必要ない。

 近衛としての職務に誇りを持つならばそれらの私情など心の奥底に押し込めて職務を全うするべきだ。


「<自分達が疑われている立場だと認識していなさすぎる。……何? あの男洗脳や扇動の心得でもあったわけ?>」

「<オーサマへの心酔だけは事実みてーだからな。それを周囲に伝播させるくれーはしてたんじゃねーの?>」

「<なんて厄介な!>」


 本気でキシサマ達が使えない!

 けど流石に力量差があり過ぎて私じゃ男を完全に叩き潰す事は出来ない。

 殺す気ならどうにかなるかもしれないけど、男は現時点では国王陛下から近衛の任を解かれたわけじゃないのだ。

 今、私が男を殺してしまっては私の方こそ罪に問われてしまう。

 手加減が出来る相手じゃないのに、手加減しないとこっちが犯罪者になってしまう。

 前に進む事も退く事も出来ない状況に舌打ちがでそうになる。

 男に意識を集中しつつ、結界の外を見るとあっちはあっちでこっちに加勢できる状況ではないようだった。

 ヴァイディーウス様の命により殲滅戦に移行した事で迷いは晴れたようだが、相手の数が多すぎる。

 しかもこの状況だと一番信用出来るタンネルブルクさん達は遥か向こうにいて盗賊団モドキを挟んで対岸にいて手助けを求める事も出来ない。


「<これってある種の四面楚歌?>」

「<キシサマ達を信用できねーのがいてーな>」


 ここまで来るとラーズシュタイン家の私兵を連れてこれなかったところから相手の策のように感じてしまう。

 流石に男にそこまでの家格も知能もあるとは思えないのだけれど。


「<ってか、声の限り私を罵っているけど、男の中で私は何歳に見えてるのさ?>」

「<見当違い過ぎて、こんな状況じゃなけりゃ全力で笑いたいぜ>」

「<私もよ>」


 十年後に、いやせめて五年後に言われれば憤慨して不敬を問えそうな罵詈雑言だけど、幼女である私に対して本気でそう思っている所滑稽としか言いようがない。

 殿下達も内容の酷さには怒りを表しているが、その相手が自分と同世代の女の子だと分かっているので、何とも言えない気分になっているらしい。

 怒りが持続しないと言うか、相手にするだけ無駄と言うか……関わると品位に障るから所謂「触れちゃいけない案件」とかそんな感じなのだ。

 『日本』なら「ねーお母さん、あのおじちゃんどーしたの?」と幼子に問われて母親が「しっ! 見ちゃだめよ。さぁ帰りましょう」と手を引いてさっさと帰るパターンの奴。

 まさにあんな感じなのだ。

 こんな相手を本気で相手するのは中々難しいし、こっちだけシリアスしているとそれはそれでシュールだ。


「<色んな意味で相手しにくい!>」

「<キシサマ達がさっさと拘束するのを待つしかねーんじゃね? 同類にされたくねーと思って>」


 ああ、策略とか計画とか殿下達や私に対しての不審とか、そういった真面目な理由全部ほっといて「このキチガイと同類だと思われたくない!」って感じで奮起してもらえると助かるんだけど。

 と、いうよりも私なら尊敬とかしててもとっくにどっかにいってると思う。

 こんなんでも普段は尊敬される良き隊長だったんだろうか?


「<世の中には何だかんだお茶目でも許されるおじさんやおじいさんも居るとは思うんだけど……おバカだけど憎めないは、このおっさんには通用しないと思うんだけど>」

「<敬意を集める素晴らしき隊長ってのもありえないとおもうんだけどなー>」


 キシサマ達がそろそろ殿下達に叱責されそうかな? と思った時、再びピリと背筋に何かが走った。

 しかも今回は馴染みになりたくも無いけど、残念ながら馴染みの感覚だった。


「<うげっ!?>」


 私は慌てて振り向くと盗賊団を挟んだ向こう側にいるタンネルブルクさんが切れる三秒前の顔をしていたのが見えてしまったのだ。


「嘘でしょう!?」

「「キースダーリエ嬢?!」」「ダーリエ!?」


 私は制止の声をかけてくれた殿下達とお兄様の声に応えを返す事も出来ず、背に受けながらも結界ギリギリまで走り寄る。

 タンネルブルクさんは既に武器をおさめ精霊が周囲に収束しだしている。

 ここからだと本来なら目が合わない程離れているはずなのだけど、タンネルブルクさんはまるで私が見えているように此方に向かって獰猛な笑みを浮かべたのだ。

 これから起こる事に何となく予想ついてしまった私は思わず視線をずらすと、今度見えたのは横にいるのは盗賊団の首魁らしき男を拘束しているビリーケリッシュさんだった。

 そのビリーケリッシュさんも私の存在が見えているのか私に苦笑を向けるもののタンネルブルクさんを止める事無く、彼の行為を見逃そうとしていた。


「(ビルーケリッシュさん! そこは止めて下さい!)」

「「キース!」」


 タンネルブルクさんとビルーケリッシュさんの私――“冒険者キース”を呼ぶ声が剣戟音が激しい中でやけに通って聞こえた。

 其処込められた無茶ぶりに内心舌打ちすると私は声を張り上げた。


「騎士の皆さま! 馬車近くまで退いて下さいませ! 結界内に入らないでそのままでいるとタンネルブルクさんの魔法に巻き込まれますわ!」


 私の声に一瞬キシサマ達は怯んだが、タンネルブルクさんを取り巻く魔力の濃度に私の言いたい事を理解してくれたのだろう。

 対峙している盗賊団を突き飛ばし馬車の近くまで戻ってくる姿に少しだけ安心する。

 けど、そんな安心を堪能する暇も与えてくれる気はないらしい。

 キシサマ方の行動を見計らったようにタンネルブルクさんが詠唱を始める。

 それに合わせて私も防御魔法、それも中級魔法に値する風の守護魔法の詠唱を始める。


 今の結界じゃ耐えられない!


「【我が魔力よ 精霊の御力を借り変異し身を護る壁とならん事を! 我が願うは我らを見守りし風の壁! 全てを護り害意あるモノを弾け! ――Wind・Geist・Schild-ヴィント・ガイスト・シルト-】」

「【我が魔力よ 精霊の御力を借り変異し敵を打ち倒す力となれ! 我が願うは全てを凍り付かす氷の海! 全てを凍り付かせる広大なる海とかせ! ――Weit・Geist・Eis-ヴァイト・ガイスト・アイス-】」


 風の中級魔法が無事発動し私達を囲む。

 それを確認したかのようなタイミングでタンネルブルクさんの広範囲氷魔法が発動した。

 魔力を込めて衝撃に耐えるため構えた瞬間、轟音と共に一面が一瞬で氷河に様変わりする。

 盗賊団モドキは一人残らず凍り付き、動けなくなっている。

 生きている人の方が多いだろうけど、逃げる事は絶対に出来ないだろう光景にタンネルブルクさんの魔法の威力を久々に見て頭痛を感じる。

 それでも中級魔法を使ってる辺り手加減していると分かってしまう所、タンネルブルクさん達の交流が順調に続いているようで肩を落としたい気分になる。


「(タンネルブルクさんって面倒になったり、ちょっとキレ気味になると遠慮なく上級魔法使うからなぁ。流石にその時はビルーケリッシュさんが助けてくれるけど……私がまだ上級の防御魔法使えないからかもしれないけど)」


 攻撃魔法に限らず魔法を極めるつもりはないけど、その内防御魔法だけ上級まで極めなきゃいけなくなりそうだ。

 ……その前にタンネルブルクさんとの縁切れたりしないかな?


「(無理か)」


 タンネルブルクさんがまだ正気である証拠は他にもある。

 私が風の守護魔法を使った事に対して反発する炎じゃなくて氷を使った事がそれだ。

 此処が森だって事を考えてもベストの判断だと思う。

 

「(タンネルブルクさんは本気で切れると森だろうと周囲に燃えるモノがあったとしても炎魔法平気で使うらしいし。……そこまで本気で怒った事は今の所ないから聞いた話だけど)」


 出来れば、そんな所は一生お目にかかりたくはないモノである。

 とは言え、広範囲の氷魔法の余波は私の張った結界にも来ていて、衝撃に両腕がビリビリと痺れが走っている状態だ。

 腕を上げるのも億劫だし刀を構えるのもすぐには難しい。

 幸いなのは盗賊団モドキ達は氷漬けでキシサマ達はタンネルブルクさんの派手な魔法に唖然としているから身の安全がとれているという事だけ……。


「(……あれ? じゃあ荷物男と対峙していたキシサマ達は?)」


 そこの思い当たった時、背後から強烈な殺気を感じ、後ろを振り向く。

 目の前には例のキチガイ男が何ともいやらしい笑みを浮かべて剣を振りかぶっていた。


「(まずい!?)」


 少し離れた所で殿下達とお兄様が武器を構えて駆け寄ってくれているのが見える。

 その後方にキシサマ達が慌てているのも見えた。


「(殿下達よりも遅いって、本当にそれでもキシなの!?)」


 内心毒づき身をひねってせめて致命傷を避けようとした時、体から一定量の魔力が抜けた。

 途端、私の視界が黒と金と銀に染まる。


「<リーノ!?>」

「ぐぁ!?!?」

「……え?」


 色彩が離れていくと共に男の苦悶の声が遠のいていくのが分かった。

 全容を把握出来る程の距離が出来た私が見えたのは、荷物男が大きな豹のような生き物に圧し掛かれて呻き声を上げている光景だった。


「(黒豹?)」


 とても美しい獣が其処に居た。

 男にのしかかっている黒豹は闇夜のような漆黒の毛並みに所々金糸と銀糸が混ざり込み、月に照らされ煌きまるで星々の煌く夜空のようだと思った。

 

「……もしかしてクロイツ?」


 美しさに見惚れて思考停止しかけていたのを無理矢理起動させると、私は纏っている色彩と彼自身が主張していた「黒豹」という言葉から、彼の名を呼んだ。

 事実黒豹はクロイツだったらしく、此方をチラっとみて「ぐるぅぅ」と喉を鳴らした。

 此方を向いた事で見る事が叶った金と銀の双眸に私は黒豹が自らの使い魔であるクロイツであると確信する。

 怪我せずに済んだ事による安堵と咄嗟に襲ってきた事による落ち着かない心臓を宥めすかすとクロイツへ微笑みかける。


「助けて下さって有難う。クロイツ、男の武器を飛ばしてしまいなさいな。その後は満足するまでじゃれていいわよ。ただし、じゃれるだけですわよ? 手加減して差し上げないと簡単に逝ってしまいそうですもの」


 微笑みながら言った私にクロイツの喉が再び鳴り、男の武器を飛ばした。

 それを確認すると私は振り向き、此方に近づくタンネルブルクさん達と対峙する。

 次から次へと問題が降りかかってそろそろ勘弁して欲しいモノである。


「タンネルブルク様! 賊の退治は有難く思いますが、こんな所で広範囲の魔法を使うなど何を考えていらっしゃるのですか? キシの方々まで巻き添えになる所でしたのよ?」


 敵の首魁を引きずってきたビルーケリッシュさんにも視線を向ける。


「ビルーケリッシュ様もタンネルブルク様を御止め下さい。咄嗟に結界を張る事が出来るモノがいなければ殿下達にも害があるかもしれませんでしたのよ。貴方方の任務は護衛なのですよね?」

「いやぁ、わりぃわりぃ。数だけは出てくるモンだから面倒になってな。オマエさんも居るし大丈夫だと思ったら、この方が早いと思ってやっちまった」

「その結果貴女の身に危険が及んだ所は本当に申し訳ございません。此方から魔法を飛ばそうにも結界に阻まれてしまい手がでませんでした」

「あ、そうだ。其処は悪かったな。怪我はねぇか?」

「無事、ですけれど。……ワタクシが居るから問題はないとは? ワタクシ達は初対面でしょう?」


 悪足掻きとは思うんだけど、一応そう主張するとタンネルブルクさんとビルーケリッシュさんが顔を見合わせて明らかに呆れたといった感じで私を見る。


「キース嬢ちゃん。本気で隠している気だったのか?」

「立場上仕方ないので初対面の振りをなさっているのだとばかり」

「……これでも全力で初対面だと主張したしておりましたのですけれど?」

「ってかその口調やめないか? キース嬢ちゃんで居る時が素だろ、嬢ちゃんは?」

「ワタクシは正真正銘ラーズシュタイン家のキースダーリエですけれど!? どうして令嬢として振る舞っている時が演技のように思われなければいけませんの?! 本来なら「キース」は影武者だったのだとか思いません?」


 せめてそれで押し通そうと思っていたのに!

 けれど私の主張はタンネルブルクさん達にとっては思いもつかないモノだったらしく、凄く驚いた顔をされてしまった。

 何もそこまで驚かなくても。


「色々理由はあるがそりゃ無理があると思うぞ?」

「どういう理由なんですの? ……いえ、今はいいですわ。盗賊団の殲滅ご苦労様でした。首魁の処遇については殿下達とお話下さいませ」

「そりゃそうなるだろうが、嬢ちゃんはどうするんだ?」

「ワタクシは……いい加減使い魔のじゃれ合いを止めませんといけませんので。玩具の声が聞き苦しいですからね」


 そういうと二人は苦笑して「そういう所も隠しきれてない所なんだがな」とか言っていた。

 いまいち理由が分からないけど、取りあえず褒められていないという事は分かったのでチラっと非難の視線を送った後に振り向き、今度は玩具でじゃれているクロイツの所へと向かう。

 途中お兄様や殿下達に怪我が無かったかなどを問われたが「ご心配をお掛け致しました。ワタクシは大丈夫ですわ。あの方々相手の後処理は大変ですが、頑張って下さい。……多分、きっと、悪い方々ではないと思いますので」と殿下達には答えて「ご心配をお掛け致しましたわ、お兄様。怪我も無く無事ですからご安心なさって」と返すと横をすり抜け、クロイツの所へと向かった。

 私がタンネルブルクさんと話している内にクロイツは荷物男で大分遊んでいたいたらしい。

 男の体勢はいつの間にかうつ伏せになり、顔は地面にめり込んでいた。

 それでも体をばたつかせているから息は出来ているらしい。

 

「(ならいいんだけどね)」


 死ななきゃいいのだ、死ななきゃ。

 私は微笑むとクロイツの毛並みをゆっくりと撫でる。


「あら、毛並みは変わらないのね。漆黒の中に金と銀の流れ星が流れているようで随分、美しい姿になったわね。……それにしても、確かにこれなら確かに猫とは言えませんわね」

「最初から猫じゃねーよ」

「あらあら。その姿では喋れないのかと思っていましたのに」

「別に、そこら辺は問題ねーよ。が、その方が獣らしーだろ?」


 ニヤと笑う姿は子猫の時のクロイツと全く変わらない。

 私は改めてこの美しい獣がクロイツである再確認したのだった。


「それにしても、大した魔力を持っていかれた感じはしませんでしたけれど、どうしてこの姿になるのを嫌がっていましたの? こんなに美しいのに?」

「いや、理由はあるって言えばあるんだが。その前に、なんてーか、オマエから素直な賞賛をうけっと裏があるんじゃねーかと感じるんだが?」

「失礼ねぇ。美しいモノに対しては素直に美しいといいますわよ、ワタクシ? そこがひねくれてる訳ではございませんもの」


 そんなツンデレみたいな真似は致しませんし、私にツンデレ属性はありません。


「そーいうもんかねー。――ま、こっちの姿だと一目瞭然だからな。これでもいちおー気にしてたんだよ。オレは繊細なんでね」

「繊細? アナタも随分面白い事を言いますわね? アナタが繊細なら、世界中のかなりの人が繊細になってしまうと思いますわよ? ――なら美しいなどとは言わない方がいいですの?」


 クロイツが気にしているのなら、今回のような危機的状況でも無い限り別に大きくなる必要はないのだ。

 私もそんな無理を通す気はない。

 と、そんな心配をしたのだがクロイツ自身はもはや吹っ切っていたらしく、相変わらず悪戯気でクロイツらしい笑みを浮かべている。


「うんにゃ? どーせ変わり者の主だからな。使い魔だって変わりモノでちょーどいいんじゃね?」


 含み無く、心の底から言っているような声音に私も笑みを含める。


「なら、ワタクシも変わり者である事を誇らなければいけませんわね。変わりモノの使い魔に相応しい主として」

「普通逆だと思うんだがなー。ま、オマエらしいか。けどよー、あんま変わってると嫁にいけなくなんぜ?」

「この年で結婚を考える子供は少ないと思いますれけど……家族に迷惑が掛からない程度なら行き遅れてもいいですわ」

「そこで家族が出てくる所ほんと、アンタらしーよなぁ」

「それでもこそワタクシ、でしょう?」


 クスクスと笑っているとクロイツの押さえつける足が緩んだのか無粋な横やりの声が耳朶をうつ。


「ようやく正体を現したな、女狐! 【混じりモノ】を使い魔にしているなど言語道断! 私の言に間違いは無かったという事だ!」


 意味不明な事を喚ている男の言葉に私は笑みを消すとゆっくりと視線を落とし男を蔑みの目でもって見下ろす。


「本当に無粋な方ですわね。ワタクシの無二の使い魔が【混じりモノ】だとしても、それが何だとおっしゃるのかしら? 彼の事を何も知らぬ者が勝手な憶測で決めつけて自らの優位性を見出すなんて、何て愚かで矮小な男なんでしょう?」


 そもそも貴方、沙汰を待つ身でどうして拘束が解かれているのかしらね?

 私の疑問に男が応える前に――そもそも男に応える気があったかどうかは分からないけど――二人のキシ様が私の前に出てきて私に対して跪いた。


「キースダーリエ様。かの者の拘束を解いたのは私達です」

「……それは、貴方方もワタクシに恨み辛みを持ち、男がワタクシを害する事を期待しての事なのかしら?」

「とんでもございません! キースダーリエ様の結界外にこの者がいると知り、このまま賊に命を奪われるなど、せめて騎士としての尊厳だけはと思い拘束を解いてしまいました。それに……――」


 キシサマ方が其処で地面に付けた拳をきつくきつく握りしめる。

 血すらしたたり落ち地面に小さくだが赤く染める。

 それほどまでにこのキシサマ方は激情を抑え込んでいるのだ。

 

「――……私達が尊敬していた隊長ならば、この緊急事態に置いて騎士としてきっと正しき道を選んでくださると……たとえ低い可能性だとしても、騎士としての矜持をもって動いて下さることを願っていたのです!」


 慟哭のようだと思った。

 涙が地面を濡らし続け色が変わり、拳から滴る血も止まる事は無い。

 彼等の心の内にあるのは裏切られた事への怒りだろうか?


「(いえ、きっと違うわね。騎士として憧れていた人間の本性を知り、それでも騎士として矜持をもっていて欲しいと、願っていた小さな小さな最後の希望。それを踏みにじられた悲しみ)」


 彼等にとって男は良き隊長だったのだろうか?


「(……私が考えても仕方ない事か)」


 幾ら彼等が心から慟哭を上げようと、私が男を許す事は絶対に無いのだから。

 私はキシサマ方から視線を外し、何処か呆然としている男を冷ややかに見下ろす。


「この方々には二心はなさそうだと判断してもよろしいかもしれませんわね。――ねぇ貴方、今何を考えているのかしら?」


 人でなしと言われようとも、敵に容赦などしてあげない。

 家族を馬鹿にし、私を害そうとし、クロイツを蔑んだ、この男にくれてやる優しさなど欠片も無い。

 魔女と呼ばれようとも女狐と呼ばれようともキシサマ方の慟哭は思う所はあったとしても男へ手心を加えたいと思う程私の心を打つ事は無かった。

 ただこれ以上キシである彼等に対して攻撃をしない程度の分別はあるつもりだけど、それも妖しいかもしれない。

 結局その程度の心の揺れしか無かった私は何処までも人でなしなのだろう。


「この方々の最後の敬愛を踏みにじり、騎士として矜持よりも小娘への復讐心から動き、悪態をつき、無様な姿を晒し続ける。貴方一体どれだけのモノを踏みにじって来たのかしらね? 盲目になって、最後には自分の中で大切に誇りに思っていたモノすら踏みにじり――それで貴方は何を得て、何に満足したのかしらね?」


 優しく、子供の高い声で謡うように言葉を紡ぐ。


「きっと貴方が私に振りかぶった剣にのせられた想いは醜く、今まで踏みにじってきたモノの屍だったのね。騎士としての自分を自ら手放した貴方は一体誰なのかしらね?」


 冷ややかに微笑み、嘲笑の笑みでもって問いかける。

 だが、これは問いかけではない。

 問いかけの形をとった男をどん底に突き落とす言葉の刃だ。

 貴方の望んだ女狐、魔女はこういう姿でしょう?

 確かに私は殿下達に取り入る気持ちは更々ない。

 けど、心優しき令嬢サマなんて言った事もない。

 女狐と言われれば鼻で笑うけど、悪辣な魔女と言われるなら微笑んで「それで?」と言うでしょうね?


「騎士たる資格を放棄した貴方などもはや騎士とは呼べないと思いますけれど、それを決めるのはワタクシでは御座いませんからね。精々に自らが踏みにじったモノを思い出して陛下の沙汰をまってはいかが? 部下の慟哭が少しでも耳に入ったのならね?」

「キースダーリエ嬢、それくらいで良いと思います。……これ以上貴女が悪意を集める必要はありません。……たとえそれが貴女にとっての本音だとしても」


 ヴァイディーウス様の制止に私は冷笑を一転苦笑に変えるとヴァイディーウス様に前に跪いた。


「分を弁えぬ言動、まことに申し訳ございせん」

「いいえ。貴女の言葉は間違ってないと私は思いましたから。――そなた、もはや抵抗は無駄です。今度こそ陛下の沙汰を大人しく待つ事です。彼女の言った自らが踏みにじった部下達の想いを噛み締める時間は沢山あるでしょうから」


 ヴァイディーウス様から齎された再びの最後通牒、そして私の言葉を否定しなかった事により自分もそう考えていると示した事により、男の最後の何かが折れてしまったらしい。

 男は獣のような絶叫と共に慟哭を上げ、そうしてキシサマにされるがまま拘束され、再び荷馬車へと放り込まれた。

 男を拘束したキシサマ方の心情を私が推し量る事は出来ない。

 けれど、癒す事もしなかった血塗れの手がその心情を表していたのかもしれない。

 拘束されようと叫び、慟哭を上げる男の口元を拘束する事は可能だった。

 けどそれぞれに思う所があるのか男の口に再び拘束具が嵌められる事はなかった。


 男の獣のような叫びと慟哭は結局、一晩中続いた。


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