第137話・家族でのお話合い




 騒動から少したった頃お父様が領に帰って来た。

 まぁまだ後始末的なあれやこれやは終わってないらしいから一時帰還って奴だと思うけど。

 そんな感じで忙しいはずのお父様が領での仕事をそこそこに私とお兄様、そしてお母様を集めてお茶をすると言い出した。

 名目上は息抜き、と言っているけど実際は色々なお話合いって事なんだろう。

 息抜きにしては表情も硬いし、前にした約束って言うのもあるしね。

 お父様の言っている事がただの息抜きのお茶会ではない事にはお兄様も分かっていて微妙に表情が陰っているし、お母様も常の朗らかさは鳴りを潜めている。

 お父様も家族に対しては穏やかな人だと言うのに何処か硬質な雰囲気を纏っているし。

 私は……どうだろうか?

 正直何を話すのかは予測できているし、それ以上の事を言われてもこれから何かが変わるか? と問われれば「変わらないんだよねぇ」と笑いながら答える事が出来る。

 私にとっては家族は懐に入っている数少ない存在であり、たとえ家族に何をされようとも私はそれを甘受してしまう。

 勿論家族が道を踏み外す行為をしようと言うならその道が危険である事を話し、涙を武器にしてでも止めようとするだろう。

 言葉の真偽を疑い、時に疑惑のままに問い詰める事だってあるかもしれない。

 真実を知るために家族だろうと疑い疑惑の目で見て裏に隠れる何かを探るだろう。

 懐に入っているからこそ、茨の道を歩んで欲しくはないと思う気持ちに嘘はない。

 それらの行動は傍から見てどう映るかも何となく分かってはいる。

 私が彼等を愛している事には違い無いのだけれど、まぁ傍から見て「それって受け入れているのか?」とは問われそうだな、とは思う。

 何を言われても私は胸を張って「受け入れているし、愛している」と言い切る事が出来るけどね。


 そう、私は家族を愛している。

 愛しているからこそ私は最後には全てを受け入れてしまうだろう、という事も自覚があるのだ。


 きっと私は選んでしまう。

 破滅の道を歩み私と敵対すると強い意志で定めてしまったのなら、縋る手を手放す事を。

 敵対すれば場合によるけど無防備に首を差し出すかもしれない。

 出来る事ならばと、もしかしたら同じ破滅の道を歩むかもしれない。

 全てを振り切って、どれだけ大きなモノを天秤にかけても懐に入れている大事な人を私は取る事が出来てしまう。

 それが私という存在なのだ。


 だから、ある意味では芯がブレない私はこの会談にも似た話し合いに対して特別思う所はないのだ。

 

「(聞きたい事が無いって訳じゃないんだけどね)」


 私にとってお父様は優しく穏やかな方だ。

 声を荒げる所は見た事が無いし、どちらかと言えば淡々とミスを指摘して叱るタイプだろう。――怒らせると怖いタイプであるんだけど、それはともかく。

 とは言え幾ら優しく穏やかな人だろうと人の事を注意出来ない訳でも政治手腕が無い訳でも無いのだ。

 宰相の地位は伊達じゃない。

 他国と戦争する事が無かったとしても、時は動き人は考え何かしらの行動を起こす。

 災害が無くなる事は無く、盗賊などの犯罪者とていなくなる事は無い。

 宰相とはあらゆる案件の総括であり、時に国王に意見を奏上し、諫言すら行う事が許されている役職だ。

 陛下が昔馴染みだからと言ってつける程甘い地位ではない。

 お父様は若くして宰相の地位につき、今まで蹴落とされる事も無くいる。

 そんなお父様が無能であるはずがない。


 お父様の手腕を疑う輩はお父様の仕事量を一度自身で体験してみるべきだと思う。

 民を思い、民のために奉仕する国王と志を同じくし身を粉にして働く事のすさまじさを甘い蜜を啜りたいだけの愚か者が熟せるはずもない。

 私情の入りまくった意見がすんなり通る程政は簡単ではない。

 

「(まぁそれを理解しているならばそもそもお父様や陛下を非難し、自らを有能だと嘯きはしないだろうけど)」


 国家を我が物しようとする自称野心家は別の意味で問題だけど、そういった美味しい部分しか見えていない無能者の方が時には厄介なんだろうな、と思う。

 自身の利益を追求し賢く立ち回る輩よりも無知の無能者の方が突拍子もない事をしですかすというのは私でも分かるんだから。

 掃除しようにもそういった輩に限って自己保身には長けているのだから面倒でしかない。

 

「(ラーズシュタインをトップとする派閥にも相当数入り込んでいたようだし)」


 子供の私から見ても分かる愚か者達。

 人を罵倒し囀る事だけは一丁前な愚かな人達。――お兄様や『キースダーリエ』の心を抉った馬鹿者共。

 そんな輩をお父さんが見抜けない訳はないはずなのだ。

 家族を真っ当に愛していると知っているから余計に。


 一体どうしてお父様はそういった輩を排除しなかったのだろうか?

 出来ない訳じゃないと思っているからこそ不思議だった。


 理由を問いかけた時、お父様は教えてくれるのだろうか?


「(聞いてみないと分からない事ではあるんだよね)」


 貴族としてか父としてか、どっちにしろ誤魔化しはされないと思うけれど。

 きっぱり拒否されるなら、それはそれで納得しようと思う。――現時点では無理に問い詰める程の重要度ではないのだから。


 

 表面上はそれなりに和やかなお茶会は、苦笑するお父様によって途切れる事になる。


「ダーリエもアールも分かっているようだね。……いや、僕が分かりやすいと言う事かな?」

「お父様で分かりやすいとなると他の方は思考が常に流れ出ている事になると思いますけれど? タイミングの問題、ですわね。お忙しいお父様が無理に時間をお作りになり、自らの本来の仕事を中断してまでしたい事が「ただのお茶会」であるはずがない、のだと考えてしまうのは仕方ない事ではないかと」

「……確かに。息抜きしたいというのもあながち間違いではないんだけれど、このタイミングで話しがないと言われても信じる事は出来ない、か」


 苦笑しているお父様とお母様にお兄様の緊張が更に高まっているのが分かった。

 そろそろお兄様が大変だと思うのですが。


「説明すると約束したのは僕だからね。……何から聞きたい?」

「全てをお話頂けるのですか?」


 貴族として守秘義務があると思うんですけど。……ん? この世界に守秘義務って概念はあるのかな?

 言葉は兎も角、考え方はあると思うんだけれど。

 

「言えない事はある。けど嘘偽りは言わないよ。言えない事ははっきりと「言えない」と言うから。それでもかまわないんだろう?」

「構いませんわ。宰相の地位についておられるお父様だからこそ答えられない事もあると理解しておりますので。ただワタクシ達の聞きたい事がそれに触れる事はないとも思っていますけれども」

「どうかな? 少なくとも二人が疑問に思っている事はそれなりに僕達の事情に触れているから、関連して話せない事は出てくると思うよ?」


 あー派閥の話になると政に抵触する事は有り得るかも?

 そうなったら話せない可能性もある、か。


「すまないけどダーリエが質問してくれるか? ボクはまだ全てを明らかにする道筋が見つけられないから」

「分かりましたわ。途中何か疑問がありましたら口に出して下さいませね?」

「分かった」


 お兄様の了承を得た上で私はお父様と向き直る。

 とは言え、何をきっかけにするべきか。

 私達が生まれた時から?

 それとも……始まりは一体何処なんだろう?

 あぁ、きっと、始まりを問うののであれば……


「ワタクシ達を見下し、自らを派閥のトップと夢想していた、あの方をどうしてお父様は放置していましたの?」


 私達が生まれた頃から話をするのが妥当なのかもしれない。

 けど遡るとお父様がかの公爵家の当主と派閥を同じくしている事こそが異質な気がするのだ。

 私はあえて其処を起点とした。

 根の深い問題の表面を浚っても真実にはたどり着けないだろうから。


「元々公爵家が二つもあれば派閥内部が割れる可能性は御座いました。たとえ両家に何ら確執が無かったとしても、宰相であられるお父様をトップにするのか王妃殿下の御実家であられる公爵家をトップとするかで揉める可能性はありました。実際はもっと酷いモノでは御座いましたが。お父様をトップと見ていない、派閥でありながら主家であるラーズシュタインを蹴落とす事の出来る格下と見ていた家が多数存在していたのですから」


 自称婚約者の家だってそうだ。

 ついでに言えば彼の取り巻きもラーズシュタインを見下していた。

 なにより王妃の実家である公爵家当主は我が身こそが派閥の長であると言う態度を隠してはいなかった。

 勿論同格の家格の家が同じ派閥に居る事が有り得ない訳じゃない。

 陛下を支持する一派として存在しているのだろうから、そういう意味では宰相であるお父様も王妃の実家である公爵家も同派閥に居る事は可笑しくはない。

 けど明確に長を決めていないのは不安定であり付け入る隙となるだろう。

 ならばどっちかが上に立ち纏める必要があるはずだ。

 あの当主はその器ではない。

 実質的にまとめ上げ瓦解防いでいたお父様の手腕は疑いようがない。

 他の派閥よりも綱渡り状態だったと予測できる派閥を破綻無く維持させていたのだから大変の一言ではすまない苦労があったに違いない。

 だからこそどうしてそこまでして無駄ともいえる事をしたのか、それが分からないと思った。

 敵とするのではなく、あえて内側に入れる理由がイマイチ理解出来なかった。


「お父様ならば証拠を集め敵対する事も、本当の意味で必要な方々と派閥を作る事も可能でしたよね?」

「……まさか其処まで遡って聞かれるとは思ってなかったなぁ」

「本当に聞きたい事は違う事、なんですけれど。根本を理解していないとお父様達は本心をお話頂けない、と思ったので」


 優しい嘘で覆い隠す事はしないと思う。

 私は謁見の間で“それ”を否定したから。

 けれど心の奥底にある「声」を聴くためには根本から理解しないといけない、と思ったのだ。

 私はお父様やお母様を心から理解したい。

 そこに宿る感情がたとえ良くないモノだとしてもそれでも知りたいと思った。

 たとえそれが私のエゴでしかないと分かっていても。

 

「うん。ダーリエ、君は本当に賢い娘だね」


 そう言ったお父様のお顔は泣きそうだった。


「いや『キースダーリエ』もアールも聡明な子だ。お前達は僕達が何を望んでいるか、それを無意識に悟り、僕達のために行動していた。他者の心を顧みる優しい心を持ち、愛する者のために動く事を厭わない。そんな僕等自慢の子供達なんだ」


 言葉を紡ぐお父様はまるで告解しているようだ。

 誉めて下さっているのに、苦し気で、言っている事は嘘ではないのだろうに、言われている内容は長所と言える所だと言うのに。

 嬉しいと感じる前に「苦し気に話すお父様」が心配になってしまう。


「僕達はいつの間にか、そんな子供に甘え「大丈夫だ」という根拠の無い確信を持つようになってしまった。お前達ならば危険な事になる前に引き返す事が出来る。仮に何かあったとしても切り抜けられる、と。過信していたんだ」

「父上?」

「僕達はね、失うかもしれない、と事実を突きつけられた時ようやく気付いたんだ愚か者なんだ。意識を失い眠り続けるダーリエに青ざめ倒れそうな、けれど決して倒れる事を自分に許さない、深く心を傷つけられたアールを見た時、ようやく僕等は過信していた事に気づかされた。――僕達の行動は愛している者を失う可能性を秘めたモノだったのだと」


 お母様も泣きそうだ。

 私はお父様やお母様に何かを伝えないといけない。


「(けれど……私はこれだけで充分だと思ってしまった)」


 聞きたい事は沢山あるし聞くべきだと思う。

 けど、お父様の御心を聞く事が出来た。

 剥き出しの心は酷い後悔で出来ていたけれど、確かに私達を愛して下さっていると叫んでいたから。

 私はその愛情だけでもう充分だと思ってしまったのだ。


 もしかしたら親ともいえる存在が此処まで明け透けにしている事を情けないとか言う輩もいるかもしれない。

 けど、私は知りたいと思っていたのだ。

 お父様達の御心が知りたいと思っていたから。

 だからこうして弱い部分を、決して綺麗ではないかもしれない部分を教えて下さった事に喜びしかない。

 尊敬するお父様の弱い所を見て尊敬が崩れる事は無い……きっとお兄様も私と同じように感じていると思う。

 隣から感じる気配は決して疎ましいと言った負の感情ではないのだから。


 それにお父様の過信にはきっと私のせいもあるだろうから、私だけはお父様達を責める事の出来る立場にない、とそう思った。


「お父様はワタクシに『大人として生きていた記憶』がある事を知り、ある程度任せても大丈夫だと判断なさったのですね?」

「……そっか。父上が何時から知っていたか分からないけど。だからこそフェルシュルグの時もあるていど自分の考えで動くことを許してくださっていたんだ」

「多分、そうですわね。フェルシュルグやかの方々への処罰に関しては他に理由があると思いますが、ワタクシ達に対して道を示せど裁量にまかされていたのは、ワタクシというイレギュラーのため。――ですわよね、お父様?」


 お兄様は普通よりは賢いがまだまだ親の庇護下にいるべき子供だ。

 けど私は『前』と「今」が合わさったが故に精神的には大人顔負けの判断を下す事が出来る。

 引き際も多分ある程度見極める事が出来るだろう。

 問題は私が何が何でも自分を貫く傲慢な所がある、という事だと思うけど。

 今回の件に関してはそんな私の欠点が自分の怪我を引き起こしたと言っても過言ではないかと思っている。

 ただ私だってあそこまで自身が無茶する事になるとは思っていなかったとだけは言っておかないといけないけれど。

 とはいえ、誰にとっても不測の事態であったあの事件までお父様達が責を負う必要はない。

 むしろそうなると迂闊にも無防備な隙を造り出した私こそ責められるべきなのだ。

 あの場所でそう判断出来る「大人」は私だけだったのだから。


 私の言葉にお父様は少しだけ驚いた様子だったけれど、その憂いが晴れてはくれなかった。

 

「ダメだよ。二人の言葉に頷くと言う事は僕等は自身の罪から目を逸らすという事だ。僕はお前達の親だと胸を張って言いたい。だから……僕等の過信まで自分達の罪咎にしないで欲しい」


 泣きそうなお父様のお顔に「お父様こそそこまで苦しみに背負わない下さい」とは言えなかった。

 かの一連の事件に関して言えば私の責任もあると思う。

 そこは譲る事は出来ない、というよりも事実でしかないだろう。

 城という本来ならば警護の厳しい場なのだから、と気を抜いてしまった。

 先生方の忠告に対しても何処か甘く見ていたと言うのもある。

 だからお父様やお母様が自身を此処まで責めなくても良いはずなのだ。

 けれど二人は「親」だからこそ此処まで自身を責めている、のかもしれない。

 だとしたら「子」である私がこれ以上言葉を連ねる事は出来ない。

 苦しそうだとしても根底に私達への愛情があるのだと、そう考えてしまえば、そんな愛情を嬉しく思ってしまう私には。

 ――子として親にどうあってほしいか、なんて私には分からない。

 ただ子を愛して下さるだけで私には充分だと、そう思ってしまうのだから。

 

 隣のお兄様を密かに伺う。

 お父様の弱さという多分今まで見せて頂いた事の無い側面を見てお兄様は一体何を思うのだろうか?

 本当に私と同じように感じて下さっているのだろうか?


「(尊敬する人の弱った側面など、と思うのかな? それとも親は大人は絶対ではないと反発してしまうのかな?)」


 私がそう考えないのは、もしかしたら私が二人を「親」と思う前に「大切な人達」と思っているから、なのかもしれないし。

 真っ当な「親子」なんてモノを経験した事の無い私にとっては「二人が親だから愛している」のではなく「愛した二人が親」と認識した方が理解しやすい。

 普通じゃない事は分かっていても、私にとってはそれが当たり前だし、私なりの解釈だから問題ないと思っている。

 別に他の人も「そうしろ」なんて押し付ける気は更々ないし。

 

 今回に関して言えば自身の考えは何処までも基準に考える事は出来ない。

 だからお兄様がどう思い、どう考えるのか全く予測が出来なかった。


 伺ったお兄様はまだ大きな混乱の中にいるようだった。

 お父様の言葉を自分なりに噛み砕き飲み込もうとしている。

 その途中であるのが見て取れた。……けれど嫌悪や怒りが見えない事に少しだけ安心した。

 怒りが悪いとは言わないけれど、決定的な溝になるような事にならなければそれで良い。

 そうなればどちらも苦しむ事になるのだから。


「わた、しは……ボクはダーリエが一人で戦っていたとき、結界内でなにもできなかったときのことをくりかえし夢でみます。目の前でちだらけになるダーリエが、それでも最後にボクたちを見てわらって、多分ボクら生きていることに満足して死んでいく夢を見たこともあります」


 お兄様はとても悲しそうに、そして後悔を滲ませた声音でゆっくりと言葉を紡ぎだす。


「夢、だとは分かっています。ダーリエは生きてボクの隣に、こうしているから。けど、それでもあの時のことをボクは忘れることはできない、と思う」


 言葉を選びながら、自分の心に相応しい言葉を模索しながら話すお兄様はとても強く、そしてとても大人びて見えた。

 

「だから、父上がもしあれを止める手段がありながらダーリエを信頼しているという名で放置していたのならボクはとても悲しく、父上にこうぎしたいと思います。けど……あれは父上にとっても例外だった。だからボクは今、父上への怒りよりも自身の弱さに怒りを感じています」


 手を握りしめ、歯を食いしばるお兄様に私は手を差し伸べる。

 兄の両手に私の手を添え、拳を解いていく。

 お兄様が自身を傷つける姿を見たくはなかった。


「ボクは弱い。相手を退ける力は勿論のこと、あの時ダーリエを説得できる知恵があれば、父上の考えていることを悟れる知識があれば、ダーリエ一人を戦いの場に押し出すこともなかったのに。殿下ではなく、ボクはダーリエを助けるために外にとびだすことが出来たかもしれないのに」

「お兄様」

「ゴメン、ダーリエ。ボクは守りたいと思っていたのに、また守られるだけだった。弱い自分が嫌になる。何もかもが足りない自分に腹が立つんだ。だから――……」


 私に対して微笑みを下さったお兄様は真剣な表情で眸に決意を宿らせてお父様達を見据える。

 その姿に私は漠然と「あぁ、お兄様は成長したのだ」と思った。

 『前世の知識』というアドバンテージなんかなくとも「天才」という言葉が似合う、努力を忘れないお兄様が光に向かって何足飛びに駆け出していく姿が脳裏に浮かんだ。


「(私は追われる立場じゃない。むしろこれからは必死にお兄様を追わねばならない立場になったんだ)」


 ――お兄様の誇れる妹であれるように。

 あの頃と同じ誓いを私は再び心の中で呟く。


「……――父上。ボクにも教えてください。父上達が一体なにを思い、どうしてあのような事になったのか、を。もう二度と「知らなかった」で後悔しないように」


 眩しいと思った。

 私こそお兄様を「まだ子供だ」と侮っていたのだろう。

 『前の記憶』から私はお兄様がまだ後ろに居て下さると思っていた。

 守られて下さる、と。

 だけどお兄様は私なんかよりも賢く、そして強い。

 後ろで守られているだけの「子供」扱いなんて失礼なのだと、私はようやく理解した。

 

 お父様やお母様は弱さを持つ普通の方々だ。

 お兄様は誰よりも強く自己に厳しく学ぶ事を恐れない御強い方だ。

 私は彼の人等の家族だと胸を張って言えるのだろうか?

 家族が誇って下さる私でありたい。

 前を向き歩んでいくお兄様に負けないように、私を愛して私という存在の喪失に恐怖を抱いて下さるお父様とお母様の御心を傷つけないように。

 強くならなければ、と思う。

 家族を、そして自身を守り切るために。

 

 私は大きく深呼吸をするとゆっくりと目を開けた。

 聞きたい事は沢山ある。

 話したい事も沢山。

 時間は有限なのだから。

 私は情報の一つも取りこぼさないように頭を巡らせながら、徐に口を開いた。


「お父様の後悔は分かりましたわ。お兄様は勿論の事ワタクシも覚悟しております。……だからワタクシ達に偽りのない真実をお教え下さい」


 私達がこれから「知らない事」に後悔しないように。

 私達の強い意志にお父様は少し驚いたようだったけれど、すぐに苦笑した。


「本当に子供の成長は早い。……そうだね。後悔ばかりして先に進めないのでは情けないな。僕達はお前達の親なんだからね」



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