第70話・夢の中に咲く無垢の花(2)




 フェルシュルグという名の平民の男と出逢ったのは偶然と言うほかない。

 少し貴族の中で噂されていた変わったスキルを持つ男。

 父上が何の理由でフェルシュルグに接触を持ち、僕の部下として付けたかは分からない。

 大した理由は無いだろうと思っているけど。

 大方珍しいスキルに目を付けたけど平民なんて近づける事を嫌った結果が僕に部下を付けるという名目で払い下げた、って所だろう。

 フェルシュルグのスキルを使いこなせなかった所、父上も「その程度」だったって事だった。

 

 フェルシュルグは黒髪に銀色と金色の双眸を持つ顔が整った、だが何処かこの国……いやこの世界に馴染まない雰囲気を持った奴だった。

 感情の起伏が読めず、平民特有の貴族に対する反発も無ければ、媚びを売る色も見えない。

 ただ諦観はあるように思えた。

 全てを諦めたからこその浮世離れした風体なんだろうか?

 そうとも言えない気もするが、高々平民一人に其処まで思考を割くのも馬鹿らしい。

 使えるか、使えないか、それだけで充分だろう。


 フェルシュルグは使える男だった。

 彼の持つスキルは僕がキースダーリエを手中にするためには有効的で、確実性を求めるためには必要なスキルだった。

 フェルシュルグのスキルによってキースダーリエの思いを手にする事が出来た。

 僕を思いながらも素直になれない姿は可愛らしいモノだった。

 途中フェルシュルグに直接スキルを掛けさせる事で完全なモノにしようと思ったが、それだけは失敗してしまった。

 キースダーリエは【闇の愛し子】だったから直接スキルをかける形は反発を呼んだらしい。

 仕方ないと思う反面少しばかり苛立ちを感じたけど、あのラーズシュタイン家から無傷で逃げて来た訳だから、許してあげた。

 スキルとは完璧では無かった事を忘れていた僕も迂闊だった訳だしね。

 その結果キースダーリエが寝込んでしまった事は誤算だったけど。


 目を覚ましたキースダーリエ――いや、もう婚約者となるはずだから「ダーリエ」の方がいいかな? ――にも会いに行くのは少しだけ待つ事にした。

 フェルシュルグに擬態をさせて馴染ませないとラーズシュタイン家では素顔を見られている可能性があるからね。

 傍仕えとして行動を共にしなければいけないし、会えない時間が愛を育む事になるだろうから。

 早く会いたいと思うけれど少しだけ我慢だね。


 そうしてようやく会いに行ったダーリエは少しだけ大人びていた。

 【属性検査】は家の人間として許される一度目の成人の儀と言える。

 だから背伸びをしているのだろう。

 そんな姿も可愛らしいけど、まだまだ僕の愛する無垢なダーリエでいて欲しいと思った。

 一人前のレディにはちょっと早いよ、ダーリエ。


 フェルシュルグは平民の割には使える存在だった。

 分を弁えている、と言えば良いのか、僕の傍仕えとされてはいたけれど、出しゃばる事も我が物顔で家を歩く事も無く、むしろ口を開く事も少なかった。

 平民が僕等貴族と同等の知性を持つとは思えないけど、程度の低い事も聞かされる事も無くて案外気にならなかった。

 僕の話を何処まで理解しているかは分からないけど、文句を言う事も無く聞いていたしね。

 母上には決して近づかない程度の危機管理意識もあるようだし、これで平民でなければ本当に僕の傍仕えになっただろうに。

 彼が平民でなければあんな一方的な契約も結ぶ事は無かったのだから、有り得ない話ではあるけれど。


 僕には擦り寄ってくる人間が居る。

 それは僕自身に対してでもあるし「ラーズシュタイン家令嬢の婚約者」という地位に対してでもある。

 ダーリエは今ラーズシュタイン家の我が儘令嬢と言われている。

 元々伝統派の貴族からラーズシュタイン家は煙たがられていた。

 だから僕が可愛い我が儘だと思った事を周囲に溢しただけで、誇張してあっという間に広めてしまった。

 結果としてダーリエに悪評のようなモノが立ってしまった。

 少し心苦しい処もあるけれど、御蔭で僕は「我が儘令嬢を窘める人格者」として注目される事となったから積極的には噂の火消しをしなかった。

 僕と公爵家では家格に差があるから、少しでも障害が少ない方が良い。

 事実ダーリエは少し我が儘なんだしね。


 公爵家の婚約者という地位は魅力的らしく、子息を使って取り入ろうとする輩が多い。

 パーティーや社交の場において近づいてくる人間は大体そうだ。

 同じ派閥だから、という名目で甘い蜜をすいたい連中が近づいてくる。

 そういった人間も上手く使う事が貴族として必要な事だから表面上笑って相手をしてやっているけど、あまり面白くない事もある。

 コイツ等はダーリエを貶める事で僕に上手く取り入っている気になっているらしい。

 僕はダーリエを愛しているし、愛する人を此処までこけ下されれば面白くはない。

 僕がダーリエと婚姻を結んだ暁にはコイツ等は切り捨てよう。

 此れなら平民だろうとフェルシュルグの方が良いと思うよ、本当に。


 愚かな夢物語だけど……ダーリエが今と変わらず微笑み、フェルシュルグが口数すくないながらも傍仕えとしてダーリエを窘める。

 僕はラーズシュタイン家の者として時にフェルシュルグと共にダーリエを窘めたり、逆にダーリエを庇ってフェルシュルグを窘めたり。

 あの庭で三人で微笑み合う――そんなあり得ない夢物語。

 そんな未来を夢想してしまった事がある。

 愚かだとは分かっている。

 ダーリエの事はともかく平民であるフェルシュルグを傍仕えに取り立てる理由がない。

 この国は平和だから平民が功績を上げる事は難しい。

 強い魔力持ちか珍しいスキル持ちか、錬金術師として大成するか。

 そういった人間ならば取り立てる事も可能だけど、フェルシュルグは自身のスキルを使いこなしているようには見えない。

 僕の指示により有効的に使えてはいるけれど、自力で功績を建てないと取り立てる事は出来ない。

 

 もし、もし時間がもっとあれば。

 もしかしたらフェルシュルグを本当の意味での傍仕えに出来たかもしれない。

 父上を黙らせる功績を打ち立てたなら、ダーリエを本当の意味で僕が手に入れる事が出来ていれば……フェルシュルグが死ぬ事は無かったかも知れない。

 

 フェルシュルグは【属性検査】の際の魔道具に細工をしたという事でラーズシュタイン家に詰問され自ら命を絶ったらしい。

 契約には死を強制する力は無かった。

 つまりフェルシュルグは僕に迷惑が掛かる事無く自分でけじめをつけたという事だった。

 その事には感謝するしかない。

 父上も母上も嬉々として平民であったフェルシュルグに罪を押し付けて切り捨てた。

 その事自体は仕方ないと思うけれど、せめて最期がどんなだったかくらいは知りたいものだと思った。

 僕は平民だとしてもフェルシュルグの事を其処まで嫌っていた訳じゃないんだから。


 そういえばフェルシュルグとダーリエは何処か似ていた気がする。

 素顔のフェルシュルグが黒髪に片目が銀色だったせいか、アイツは【闇の愛し子】であるダーリエと纏う空気が時折似ていた。

 ダーリエが魔法を使う所を見かけた事があるけど、そんな時とか特にね。

 フェルシュルグの出自、その他を詳しくは聞いた事が無いし、平民なのだから聞いても仕方ないとは今でも思っている。

 片目が金色である以上フェルシュルグが【愛し子】である可能性はゼロな訳だし、其処が理由で似ている訳では無いと思う。

 だけどダーリエの身内だけのお披露目会直前の時とかは同じような眼をしていた気がする。

 あの時は僕もウルサイ子息達が居たから観察している暇なんて無かったけど。

 ホール内が暗くなる直前、僕を見た眸に宿っていたのは何だったんだろうか?

 一生聞けないと分かっているからこそ今でも少しだけ気になっている。……覚えていても仕方の無い事、だけどね。


 フェルシュルグが命を絶った事により僕の周囲に張り付いている子息達が一層煩くなった。

 ダーリエを貶し、フェルシュルグを嘲り、僕に取り入ろうとする。

 はっきり言って浅はかとしか言いようがない。

 少なくとも僕は本気でダーリエを愛しているし、フェルシュルグの事だってそれなりにかっていた。

 彼は君達よりは余程使える男だったよ。

 直接的に人を罵る言葉しか使わない所も品がない。

 自分達を子供だと言いながら、周囲を馬鹿にする姿は見ていてあまり気分の良いモノじゃないと思う。

 貴族として相当情けない姿だと見ていて思った。

 

 母上は相変わらずラーズシュタイン家を筆頭に他の家の御婦人方を貶めて取り巻きと化した傍仕えに煽てられていい気になっている。

 父上は今回の事の弁解に行くのを何故か渋っている。

 何を恐れているのか分からないけど、地位を羨み、何時か成り代わると豪語しているのだから、もっと堂々と、そして迅速に行けばいいと言うのに。

 僕ですら遅くなる事が不誠実だと分かる。

 擦り寄ってくる子息達にはうんざりだ。

 ダーリエの所に行くまで、僕は憂鬱と戦っているようなものだった。……ただし、行った事で憂鬱が晴れた訳では無く、行った後はそれどころなくなった、んだけどね。

 ダーリエの家で僕は酷い衝撃と、そしてこれから進まなければいけない道の険しさを突き付けられる事になる。 


 僕は知らない事ばかりだった。

 無知であった事は認めるしかない。

 だとしても僕は抱いた気持ちまで否定されたくはないと思っている。

 今でも僕は忘れる事が出来ないし忘れたくもない「姿」がある。

 初めて会ったダーリエの無垢な微笑みと一回だけ見た事のあるフェルシュルグの笑んだ姿を。

 その時僕が感じた僕の気持ちだけは誰にも否定させない。



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