ロンパリ男
定食亭定吉
1
ある自動車部品工場。坂木実は昼夜交換勤務で今日は夜勤である。自動車部品のラジエーターの検査員を担当する実。ライン作業で規則的に流れてきたラジエーターを機密検査機にはめていく。眠気と闘いながら。しかし、眠りかけても体は動いているので、生き地獄であった。
その時、ラインが停止した。違う製品に切り換えるために停止したのか、不具合があったのかはわからない。実は機密機に手を置きながら、束の間の仮眠をとる。
「兄ちゃん!何か、急に今日は終了らしいぞ!」
減産による事だろうが、指示書には、まだ残っていたノルマ。
「このまま、掃除だろうな、ずっと」
実の隣で作業する安田は、目がぎろっとしていた。いわゆるロンパリで斜視の激しい男。身長も百六十センチぐらいの小太りである。
「まだ一時ですね。今日は定時ですね?」
深夜一時、実は疲れきって、膝に手を置く格好だった。
「まあ、これで残業もないだろう?こんな事も珍しい」
安田は二十八年間、高卒ですぐ、この工場へ就職。
「そうですか」
「これで、二十八年間で四回ぐらいだろう」
「なるほど」
適当に相づちする実。
「今回は何かがある気がする」
安田の言う通り、ライン周辺がガヤガヤしていた。
「みんな今日は特別、ここまで上がり、会社都合だから定時で付けるから」
ラインリーダーが伝言に回る。途中で切られると思ったが、定時保証してくれた。
「俺は帰れるからいいけれど、兄ちゃん、帰れるの?」
数ヵ月、在籍している実の名前を覚えていない安田。
「そうですね。駅まで送迎車で行っても、まだ電車、止まってますからね」
「わかった。家は?」
「A駅の方です」
「方面は一緒だから、乗せていくぜ」
「ありがとうございます!」
「着替えて早く帰るぞ!」
言われた通り、作業着から私服に着替え、安田の車が駐車されている従業員駐車場へ向かう。
初めてきたが、ほとんどA社の大衆車だった。この工場がA社関連会社だからだ。
「さあ、これだ乗れ!」
最近では見かけなくなったツードアの軽自動車。エンジン音がややうるさい。特にこだわりもなく、余計な物も車載していなかった。
「では、お願いします」
「A駅まででいいだろう?」
「はい!」
実の自宅はA駅から近かった。安田の車は工場を出て、A駅を目指す。
「しかし、勤続の秘訣は我慢するだけだろうな」
しみじみと語りだす安田。
「なるほど。勉強になります」
妙に説得力がある言葉。
「二十八年間で、三十人いた同期も三人になってしまったよ。出世もせず、同じ業務をしているのも俺ぐらいだろう」
助手席で返答に困る実。
「しかし、逆に二十八年間も勤続出来るのは三名しかいないという事では?」
「まあ、こんな仕事、更に機械化すれば、俺なんてリストラされるだろう。会社にその資金がないのかはわからんが」
「事情はわかりませんがね」
「今頃、辞めても再就職は出来ないから、兄ちゃんの会社、紹介してよ!」
「後、二年勤続して下さいよ!そうしたら、キリよく三十年ですから」
「ハハハッ。適当に仮病を使って、ノラリクラリと勤めよう!」
深夜の車中。安田の二十八年間は数分で語られた。
ロンパリ男 定食亭定吉 @TeisyokuteiSadakichi
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