D. As a Man

「面白いね」

 いつものように多目的教室で汗だくになりながら、俺は他の部員たちの前で日向先輩に指導された演技を披露して客観的視座を得ていた。

「将彦は男性役よりも女性役をやる時の方がメソッド・アクティングに振り切れる。男性役はもっとライトに軽々と演じるのに」

「悪ぃ、日向。俺には差がまったく分からん」

「つかメソッドってなに?」

 もう梅雨の終わりかけ、猛暑日も顔を出している。水分と塩分を補給しなくては、と俺は肩で息をしながら机の上の水と塩飴を確保した。

「メソッド・アクティングは、役者自身がその役になりきって、撮影中やステージ上のみならず普段からそのロールで生きる、そうして役を掴み、本番に臨むタイプ。つか前も教えなかったっけ? 一方で、アンチ・メソッドの役者も多くて、あくまで脚本に書かれていることだけを完璧に実行する。おまえらはほぼこっちだよな」

 部員達は顔を見合わせて頷く。

「よし。部長、次の文化祭ですけど、コイツにサブヒロインやらせてみませんか? 男性役はなしでいいです」

「日向先輩! 俺は男性役だって——!」

「はいはい黙れ」

「おまえは間違ってないと思う、日向。香坂はどうしてか、女性役をやる時の方が魅力的に映る。俺の最後の晴れ舞台、是非彩って欲しいね。だけどな、香坂。ここはあくまでも学校の部活動なんだよ。いくら実力があっても、皆銘々に頑張ってんだ、おまえにだけ二役は振れない」

「……分かりました」

 とは言ったものの、俺は内心悔しくてたまらなかった。

『絶対的な演技力で周りを黙らせてでも男女両方を演じる』

 この目標が、早々に破れたからだ。

——だけど。

 俺は息の荒いまま、視線を上げた。その先には、他の先輩たちと脚本のチェックをする日向先輩の背中があった。

 あの人の指導は厳しいけど筋が通っている。この三ヶ月、全体練習の後一時間、もしくは二時間、個人指導をしてもらったおかげで、俺は我流で学んできた演技の悪い部分を削ぎ落とし、足りない部分を補填し、秀でた部分をさらに磨いてもらえたような気がしていた。

 だから、もっと教えてもらって、血反吐吐いてでも努力して、何度でもチャレンジすればいい。きっと日向先輩は、指導してくれる。


——この人は信頼に足る。


 いつの間にか、俺はそう感じ始めていた。



「将彦」

「なんスか」

 今日は部活はなかったが、いつも通り俺と先輩は2年F組の教室で芝居の稽古を始めようとしていた。

「俺なりに色々考えたんだけどな、おまえに足りないのは、男性性というより、『。見てりゃ分かるけど、おまえは自分の容姿に相当の自信と自負を持っている。プライドもね。だけどな、それ以前に、『俺は男だ!』っていう、ある種の根性論みたいなものも、あっていいんじゃないかと思ったんだ」

 根性論。俺が一番嫌いな言葉だ。

「レディースの服を着てメイクをしたおまえは、相当美しいよ? でも、短髪のウィッグでもかぶって、ダメージデニムにジョージコックスのラバーソウル履いて、上はそうだな、Tシャツにシングルのライダース・ジャケットを羽織った時、はたしておまえは美しいか?」


 虚を、突かれた。 


「そう、そこだよ将彦。別におまえに男気が足りないなんて言わないよ、おまえは負けず嫌いで自分の目標のためならいくらでも努力できる、尊敬すべき人間であって役者だ。だけど、おまえ言ったよな、ジェンダーレス俳優になるって。だったら男らしい部分も磨いていかないと、宝の持ち腐れだよ」


 言葉が、出なかった。

『男らしい部分も磨く』

 嗚呼、俺はいつからそんな当たり前の努力を怠ってきた?


「じゃあ、今からウィッグ屋でも行こうか。メソッドじゃないけど、ちゃんと男子の制服着て、地声で喋って、男性らしい所作で生活するって生活をしてみないか? もちろんこれは俺の勝手な提案だから——」

「行きます。ウィッグって高いですか?」

 俺が立ち上がって鞄を引き寄せると、日向先輩は脱力するように笑って、

「おまえのそういうところ、俺は好きだよ」

 と言った。

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