僕は僕以外にはなれない

美郷椿

第1話 あの人

君は僕にいつも「頭がおかしい」と言う。

僕もそう思う。ただ、一つだけ言わせて欲しい。

「僕は、僕以外にはなれない。」

ということ。


僕は幼い頃からあの人の顔色を伺って生きてきた。

なぜかって?あの人が怖かったからだ。

「あの人」と言うのは僕の母親の事だ。

僕が10歳の頃の話から始めよう。


僕が学校帰りに落し物を拾った時の話だ。

当時流行っていた「モーニング娘。」のキーホルダーを学校の近くで拾った。

僕は帰り道に交番があった事を思い出し、拾ったキーホルダーを交番へ届けに行った。

交番にはおまわりさんがいた。

白髪で、優しく笑うおまわりさんだった。

僕はおまわりさんに落し物を拾った事を伝えた。

すると、拾った場所、僕の名前、住所、電話番号を聞いてきた。

僕は胸につけていた学校の名札をおまわりさんに見せた。

あの人が名札の裏に住所と電話番号を書いた紙を入れていたのを思い出したからだ。


その紙を見たおまわりさんが僕に言った。

「君のお母さんは偉いねー。」

僕は、「うん。」と頷いた。

「君も偉いねー。落し物をちゃんと届けるなんて」

おまわりさんはニコニコしながら僕の頭を撫でて、言った。

僕は褒められたのがとても嬉しかった。

良い事をしたのだと。誇らしい気持ちになった。


あの人にも褒めて欲しくて、僕は駆け足で家に帰った。

「ただいまー!!」

あの人は夜ご飯の支度をしていた。

「おかえりー」

卵焼きのいい匂いがする。


僕はランドセルを背負ったまま台所へ行き、落し物を交番へ届けた話をあの人に聞かせた。

しかし、褒めてもらうどころか僕は責め立てられた。

「帰りが遅いと思ったら、そんな余計な事してたのか!」

なぜそんな余計な事をしたのだと怒鳴られ、そして腕をつねられた。

僕は悲しかった。ただ、一言偉かったねと言って欲しかっただけなのに。

僕にはあの人がなぜ怒ってるのか、全く分からなかった。

それは今でもわからない。

ただ一つ僕が大人になってわかった事はあの人は可哀相な人だということだ。


あの人は僕をつねった後必ず謝ってくる。

泣きながら、「ごめん。」「ごめん。」と。

そして、その後は何もなかったかのように振る舞い始める。

毎日が、その繰り返しだった。

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