第20話「凍れる炎が暗く燃える」

 それは奇妙なパンツァー・モータロイドだった。

 次元転移ディストーション・リープの光が集束して消えると、宇宙の闇に純白の影が浮いている。そう、パンツァー・モータロイド……PMRパメラだ。そして、その機体を摺木統矢スルギトウヤは知っていた。

 忘れるはずがない、どんなに改造されていてもわかる。

 首から下を、まるでマントのような鋼の装甲ですっぽりと覆った姿。

 まるで、彷徨さまよ幽鬼レイスのようにゆらりと近付いてくるのは――


「なっ……あ、あれは! 【氷蓮ひょうれん】ッッッッ!」


 そう、今も【樹雷皇じゅらいおう】に接続されている、統矢の【氷蓮】そのものだった。

 首しか見えていなくても、その独特なツインアイの頭部は【氷蓮】である。

 そして、その機体から広域公共周波数オープンチャンネルで哄笑が響き渡った。


『クハハハッ! 驚いているようだな、こちらの世界の私よ……弱く無様な摺木統矢よ!』


 それは、この戦いの元凶にして中心。

 統矢たちの地球を、地獄の戦火に叩き落とした張本人の声だ。

 新地球帝國しんちきゅうていこく残党軍の総指揮官……平行世界の同一人物、スルギトウヤ。

 それが今、白き【氷蓮】を駆って最前線へと現れたのだ。


「スルギトウヤッ! もう一人の俺! そこを動くなっ、今すぐ――」

『統矢さんっ、熱くならないで。次の次元転移反応、まだまだ敵が来るよっ』

「くっ……悪い、れんふぁ! 大丈夫だ、天城あまぎの防衛を優先する!」


 統矢は咄嗟とっさに平常心を取り戻した。

 更紗サラサれんふぁの言葉がなければ、今頃機体を分離させて突っ込んでいたかも知れない。

 スルギトウヤという男の存在は、それほどまでに許しがたいのだ。

 子供の頃の自分で、その姿を何度も繰り返してきたリレイヤーズ……その目的は、こちら側の地球でDASTERダスター能力者を大量に生み出し、それをもって最強の復讐兵団アヴェンジャーズとすること。そして、あちらの地球で再び監察軍かんさつぐんと名乗る異星人たちと戦うことなのだ。


『フッ、驚いているようだな……もう一人の私よ。そう、これは【氷蓮】……否っ、生まれ変わった屈辱の復讐機、【氷焔ひょうえん】だ!』

「【氷焔】、だって!?」

『そうだ……我が怨嗟えんさ、我が憎悪ぞうお! その冷たい炎が燃えるのだよ! かつて監察軍と戦うため、監察軍の技術を取り入れ! 私はPMRを捨てた! そのPMRに今乗っている、この恥辱がお前にわかるかっ、摺木統矢!』

「知ったことかっ! そこを動くな! 必ず決着をつけて――ッ、しまった!」


 新たな次元転移の光から、無人機が多数出現する。

 それは全て、最も小さく弱いアイオーン級だ。宇宙用のブースターを増設されたその姿は、統矢に謎の悪寒おかんを走らせる。

 嫌な予感を抱いたまま、それでも彼は瞬時に迎撃に出ていた。

 阿吽あうんの呼吸で、れんふぁがマーカー・スレイブランチャーを展開させる。

 だが、撃破したアイオーン級は、突然巨大な爆発の光で真空を揺るがした。


「こいつは! 対艦ミサイルクラスの爆発……全部、体当たりの特攻仕様か!」

『そうだ、摺木統矢! これだけの数の特攻兵器、捌き切れるか? 私は優しき指導者、人道的だよ! この無人機の特攻は! 敵しか死なない、実にいい作戦だ!』

「クソッ、があああああっ!」


 乱れ飛ぶアイオーン級の中を、必死で統矢は進んだ。その身に宿ったDASTER能力が、限界まで知覚を拡張してゆく。極限の集中力は、まるで自分が宇宙の彼方まで広がっていくかのよう。

 統矢は無心に銃爪トリガーを引き、アイオーン級を落とし続ける。

 その間にも、スルギトウヤの【氷焔】はゆっくり天城へ向かってゆく。

 だが、焦れる統矢の気持ちが、頼もしき風を呼んだ。


『統矢君っ、ここは私が!』

千雪チユキ! 頼む……そいつを、俺を止めてくれっ!」

『……この男は、こんな男は! 私の大好きな統矢君じゃありませんっ!』


 ごう! と巨体を加速させ、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】が飛翔する。その圧倒的な突進力と突破力は、展開したグラビティ・ケイジで周囲の無人機をき倒してゆく。

 そのまま体を浴びせるように、鋼鉄の拳がじ込まれた。

 だが、敵もまたこちらと同等、それ以上の技術力を兵器に注いでいる。

 肉眼ではっきりと確認できる程の、強力なグラビティ・ケイジが【氷焔】を守っていた。マントのような装甲に覆われた機体は、全く身動きする様子はない。ただ、静かに重力のおりを……否、重力の城をまとっているのだ。


『くっ、貫けない!? こちらの重力場が当たり負けしているっ!』

『五百雀千雪ッ! こちらでも私に、この私に逆らうか! だが、お前の相手は……こいっ、レイル・スルール! 今こそ私の剣となり、盾となって戦え!』

『なっ……しまった!』


 常闇の宇宙を光が走った。

 超長距離からのビームによる狙撃が、千雪の【ディープスノー】を包む。かろうじて避け、避け切れぬ中で彼女はグラビティ・ケイジを最大出力で展開する。

 奮戦する統矢も、それを横目で確認してほっとした。

 千雪は自分と同じDASTER能力者で、自分以上の操縦技術を持つエースだ。

 だから、スルギトウヤも自分のエースをぶつけてくる。

 最終形態へと進化した無慈悲な熾天使セラフ、最後のメタトロンがゆっくりと現れた。


『五百雀千雪……トウヤ様の愛を拒んだばかりか、その邪魔をする愚かな女っ!』

『くっ、メタトロン! 増加装甲と火器の増設で』

『フ、フフ……アハハッ! このアニヒレーターなら、そんなちっぽけなPMRなど!』


 その名は、メタトロン・ヴィリーズツーアニヒレーター。

 まさに、殲滅機アニヒレーターの名に相応ふさわしい威容は神罰の代行者だ。背にはグラビティ・イーターを翼のように生やし、その全身を黄金の装甲で覆っている。その増加装甲は、全てが独自に稼働するグラビティ・ケイジ発生ユニット。そして、両肩には長距離狙撃用と近距離用散弾の二種のビーム兵器を搭載、巨大な盾とライフルを携えた完全武装である。


「くっ、千雪!」

『大丈夫です、統矢君。殺さず勝ちます、私は……統矢君、レイル・スルールが死ぬのは嫌ですよね? ふふ、そういうとこ、私は好きですよ?』

「そういう余裕はいいんだっ! け、けど」

『安心してください……私は最強の【閃風メイヴ】、フェンリルの拳姫けんきですから。では』


 メタトロンと【ディープスノー】が戦闘を開始した。

 千雪だから、大型の【ディープスノー】だからこそ勝負になる。普通のPMRではもう、メタトロンは止められない。

 そして、光と光がぶつかり合う激闘を尻目に、【氷焔】は天城に向かっている。

 統矢もアイオーン級を蹴散らしそのあとを追った。

 すぐに天城が見えてきて、仲間たちの攻撃が【氷焔】を迎え撃つ。

 その先頭に立つラスカ・ランシングの声は、怒りの沸点を通り越した絶叫だった。


沙菊サギクっ、撃ちまくって! アタシごと狙って撃って! 桔梗キキョウも!』

『了解であります』

『ラスカさん、前に出過ぎです!』


 真っ赤な機体は紅蓮の炎、燃え上がる怒りのままにラスカの89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきが躍動する。無軌道に鋭角的なターンを繰り返しながら、彼女は真正面から【氷焔】へとぶつかっていった。

 紅と白、二機のPMRが激突する。

 だが、スルギトウヤはグラビティ・ケイジを展開するだけで、決して攻撃しない。

 そして、全く進撃速度を落とさず天城に近付いていた。


『このっ、攻撃が通らない!? ならっ!』

『ハハハ! 割れ響く子犬のような声、ラスカ・ランシングだなあ!』

『うっさい、死ね! 死ぬまでアタシが殺してやるっ!』

『私は死なない。リレイド・リレイズ・システムの祝福を受け、死ぬ都度つど新たに生まれ直せる!』

『物は言いようね! 死ねないだけでしょ! それにっ、死ぬ気になる度胸もないっ!』


 ラスカの突出した操縦技術は、天性のセンスと日々の訓練で培われたものだ。それは、時折DASTER能力を持つ統矢をも凌駕りょうがする。

 繊細にして大胆な機動は、無数の乱撃で大型ダガーを叩き付けた。

 だが、刃が通らない。

 そして、御巫桔梗ミカナギキキョウ渡良瀬沙菊ワタラセサギクといった仲間の援護射撃も、虚しく虚空に弾かれる。


『相変わらずいい動きだ、ラスカ・ランシング。無冠にして無銘、誰にも認められなかった……私にしか認められなかったエースよ』

『うるさいわね! 【閃風】だ【雷冥ミカズチ】だ、【吸血姫カーミラ】だって、別にいらないわよ! アタシには、守りたいママがいるっ! 一緒に守ってくれる仲間が、いっ、る、ん、だからああああああっ!』


 繰り出すダガーの刺突が、【氷焔】のグラビティ・ケイジに突き立った。暗き光のバリアに突き刺さったそれを、ラスカは愛機アルレインの回し蹴りでさらに押し込む。

 同時に、腰のバックアーマーにマウントされていたパイルトンファーを装備。

 そのまま、ダガーごと敵の壁へ連続して強撃を叩き込んだ。


『ハハハハ! 必死だな、ラスカ・ランシング!』

『当たり前でしょっ! なによ、生まれ変わり? それって、死ねないから……必死になれないから! そんなんだから宇宙人にも負けて、ウジウジ復讐とか考えるのよ!』

『おお怖い、なんて恐ろしいんだ。……こちらの側のお前は、もっとかわいらしい声であえいで泣いたぞ? ん?』

『なん、ですって?』


 ついにラスカの連撃が、【氷焔】のグラビティ・ケイジを突き破った。

 いな、スルギトウヤが自ら絶対の障壁を解除したのだ。

 そして、ついに【氷焔】の真の姿が現れる。マント状の装甲が上部へと開き、まるでおぞましい徒花あだばなが咲くように背中側に回った。それは、十二枚の翼を広げた堕天使の王ルシファーか、それとも日輪を背負った終焉しゅうえんの使者か。

 マント状だった装甲は完全に展開し、まるで黄道十二星座ゾディアックを指し示すが如き光輪になった。あらわになる白い全身は、細部こそ違えど【氷蓮】そのものだ。

 そう、あれはかつて【樹雷皇】に搭載された動力部……こちら側が【シンデレラ】と呼んでいた機体なのだ。


『ラスカ・ランシング! こちらの地球のお前は、両親を殺され怒りに燃えていた。私にとって、同じ復讐の同志……そして、最高の愛玩動物ペットだったよ!』

『な、なにを……嫌よ、なんでアタシがアンタなんかに!』

『私だけがお前をエースと認めていた……優しくしてやったら、すぐに身も心も捧げてきた。レイル・スルールを手に入れるまで、間違いなくお前はエースだったよ!』

『あっちのアタシのやることなんて、知ったこっちゃないわよ!』

『私がこの手で、何度も抱いてやった……私を信じて、使い捨てられたとも知らずに死んでいったよ! 馬鹿な女だ! さびしさをこじらせたみじめなエースの末路だった!』


 それは、統矢の知らないラスカの物語だ。そして、統矢の知っているラスカとは別人である。それでも……平行世界の同一人物であるラスカは、動揺も顕だった。

 そして、統矢はその残酷にして非道な言葉に激昂げきこうした。

 湧き上がる怒りに、れんふぁの声と想いが重なる。


『統矢さんっ! 特攻兵器はわたしが処理しますっ! 行ってくださいっ』

「悪い、れんふぁ! スルギトウヤッ! ……俺の仲間を侮辱した、はずかしめた! もとより許すつもりなんて! 覚悟しろっ!」


 統矢は【樹雷皇】から【氷蓮】を分離させた。

 怒りに燃える機体は、全速力でターンするや天城に向かって加速するのだった。

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