三夜

「いいご身分だな、私の授業中に熟睡とは。それに50分のフルタイムでだ」


 頭に衝撃を受け、僕は慌てて椅子から立ち上がった。

 周りの同級生らから、忍び笑いのようなものが聞こえる。

 背後を見ると先生が、教科書を丸めて持って仁王立ちをしていた。

 どうやら僕は授業中に居眠りをしていたようだ!

 涎を吹きながら言う。


「すみません! 一週間かけて通学した上に、警察で事情聴取を受けて疲れてたんです!」

「まだ寝ぼけているようだな! 顔を洗って来い!」

 

 教室の中の忍び笑いが、爆笑に変わった。



「アニキ! お勤めご苦労様です」


 昼休み中、屋上で一緒に弁当を食べていた、友人の山崎がそんな冗談を言いだした。

 これは警察署に行っていた単語を拾ったジョークで、僕をヤクザになぞらえて……いや解説は野暮か……

 屋上はは本来立ち入り禁止なので、周りには誰もいない。

 野球部が昼錬をしているのか、時折バットがボールを打つ音が聞こえた。

 


「やめろって、被害者側だっつーの」


 唐揚げを頬張りながら、僕は言った。


「さすがは五木のアニキだぜ! 授業中爆睡して、『俺は被害者だ』と居直るとはね!」


 まだ三下チンピラの真似は続けるようだ。


「それを言われると言い返せないな……」

「まあそんなことはどうでもいい」山崎は僕の弁当箱から卵焼きを強奪した「俺が投稿した夢はどうだった?」

「いやなにしれっと強奪してんだよ」

「お前がこんなうまい弁当作ってくるのが悪いんだよ!」

「何言ってんのお前」

「まあそんなことはどうでもいい」

「よくねえよ」

「で、どうだった?」


 僕は少し考える。座り方を変え、学校指定のスカートから伸びている、脚を組み替えた。


「まあ……インセプション好きなんだねとしか」

「はあ!? いや全然違うだろ!」

「違うの? じゃあドクターストレンジ?」

「建物が横になって縦に動いてたらなんでもそれ系だと思うなよ!」


「系って言うほどあるのかよ」


 背後から声をかけられる。見るとメイド服を着た僕が立っていた。イギリス式の本格的な奴ではなく、メイド喫茶の店員のようなスカートの短い奴だった。


「あるだろ」山崎は振り向いた「えーっとほらあれだよ」

「まあそれはそうとして夢といえば昨日のネットのニュース観た?」僕はペットボトルのお茶を口に含んだ後言った。

「見た見た」背後の僕は答える。「アイドルが夢生放送中にやらかしたって」

「別に同じメンバーの子と喧嘩してるだけの夢だろ」と制服の僕。「それぐらいいだろって感じだが」

「でもなんか炎上してたな」と山崎「気になる人には気になるんだろ」

「やっぱ夢生放送なんてリスキーなことやるべきじゃないんだよ」魔法少女のコスプレをした僕が、箒に乗りながら降りてきて。着地するなりそんなことを言いだした。「夢は夢であって制御なんてできることじゃない。いくら倫理コードに引っかかると強制終了させられるとはいえ、取り返しのつかないことになる」

「俺的には夢生放送やるひとは過激な夢を撮る専門の人ってイメージだな、もう」と山崎「テレビや動画の生放送と違って、リスナーもそういうのを求めて居る奴しかいない」

「その発言は敵を生むと思うけど」と浴衣を着て天狗のお面を斜めにかぶり、右手にフランクフルト、左手に綿あめを持った僕が言った「たいていの場合主語の大きい物言いというのは偏見を含んでいる場合が多いんじゃないかな」

「でもやっぱり」チアガールの恰好をした僕は言った「ランダム性を持った夢を公の場で晒すなんて正気の沙汰ではないと思うんだけど」


 議論が白熱してきて、僕が会話に入る隙間がなくなったようなので、一旦その輪から離れた。

 落下防止の柵越しに、部活動に勤しむ生徒たちを見下す。

 母親は僕が7歳の時に死に、男手一つで兄妹は育てられた。父の方も病弱なうえ、不器用であまり収入が多くなくて家計は厳しかった。少しでも助けるためのバイトが忙しく、部活動に入る余裕がなかった。

 僕は帰宅部だが、もしかしたら今グラウンドで練習している者たちの輪に入ってたかもしれないのだろうかと思う。ただそれだと何となく山崎と友人にはなっていなかったのだろうなとも。

 僕は背後を振り向く、山崎が僕たちと話している。

 バイトを詰めていたので遊んでいられる時間も少なく、入学して当初の頃は付き合いが悪いと言われ友人ができなかった。そんな中声をかけてきたのが山崎だった。だからこういう時間の隙間の彼との会話は楽しかった。


「しかし、最近の政府の見解では性的なものや暴力的なものへの規制を厳しくする方向に働いてるらしくて、公開する夢だけではなく自然に見る夢に対しても規制をしようって言う話だぜ。夢を規制とかどんなディストピアだよ」


 山崎が僕に囲まれて、そんなことを熱弁している。

 僕たちの反応は、そうだねと頷くものや、いや規制もやむなしといった顔で、賛否両論だった。


「性的コンテンツといえば」僕は会話に戻る「昨日痴漢をされる夢を見て散々だったよ」


「あー怖かったね」「というかキモかった」「藤崎先輩かっこよかったね」「そうだよ。健一はかっこいんだよ!」「え? 誰それ?」「藤崎先輩の下の名前だよ!」「何で知ってんの? というかなれなれしくない?」「お前まさか」「あーもう隠しきれないか」


「いや、待て! 制服の五木以外は一旦黙ってくれ! 今痴漢されたと言ったのか!?」


 口々に言葉を発する僕の隙間から山崎がこちらに躍り出て叫んだ。何故か顔が真っ青だ。


「いや、言ったけど」僕は山崎の必死な表情に戸惑う。「夢の話だよ。実際にされたわけじゃない」

「夢だから問題なんだよ!」


 山崎はさらに叫ぶと頭をかきむしり始めた。「ドリームハッキングされたのか? いやDファイアーウォールは完璧だ。破られるはずはない。だとしたら、あークソッ」スマホをいじり始める。「ああ! ライセンスが改正されてやがる!? 『五木夢也を含む二次創作はDreamuShare公式規格のR-15相当の表現まで許可します。また暴力的表現及び残酷表現はいかなる制約もなく行えるとします。このライセンスはDreamuShare以外の夢共有アプリケーション内でも適用されます』だと!? 何考えてるんだ夢実の奴!?」


 独り言を言い始めた山崎に恐怖を僕は覚えた。

 何を言ってるんだ?


「おい!」


 山崎は僕の腕をとった。


「いいからこの場から逃げるぞ!」

「え? いや、わけわからないんだけど」

「いいから! 説明は逃げながらする」


 あまりの剣幕に僕は言われた通りに彼に引きずられるように走り出した。

 屋上の扉を開き、校舎内に入る。階段を駆け下りた。


「で、説明するって約束だったよね!」

「落ち着いて聞け!」


 走りながら無茶を言う。こちらと舌を噛まないだけで精一杯だった。


「お前は五木夢実の夢の登場人物だったんだ! 現実世界にはいない!」

「いきなりそんなことを言われても!」

「受け入れるしかないんだ! お前は夢の登場人物なんで意識というものがない! いわゆる哲学的ゾンビという奴だ!」

「いやいやいや」


 全然違う。哲学的ゾンビの定義は人間と区別がないことが条件だ。こうして僕は考えているし、そもそも『あなたは哲学的ゾンビです』と断言できた時点で、哲学的ゾンビとは定義されない。


「普通はそう考えられるだろう! しかしこうも考えられる! 例えば人間が進化して人の心が読めるようになったら、そしてゾンビが何も考えていない場合、人間とゾンビの区別がついてしまう! なので技術が進歩した時代の哲学的ゾンビは、思考もするんだ! お前がそれだ! 小説のように地の文をどこかへ垂れ流しているだけの意識のないゾンビだ! 確かに哲学的ゾンビとはちょっと違うので、メタ哲学的ゾンビとか夢ゾンビと呼ばれてる!」

「そんな……」

「それでお前は五木夢実に二次創作として他人の夢に登場することを許可された存在だった! 昨日までは性的表現、残酷表現が全面的に禁止されていたが、なぜか規制が解除されている! SNSで特殊性的嗜好自慢をしてるやつらが襲ってくるぞ!」


 僕が夢の人物……? じゃあ、この母親が死んだ記憶や、バイトがつらかった記憶はただの設定だとでもいうのか……

 思考もままらない衝撃を受けたというのに、さらに人が襲てくると聞いて、どうすればいいのか考えられなくなった。

 その考えを打ち切るように教室の窓が割れ、女生徒が廊下に転がり出てきた。

 黒髪ロングの美少女で、手につかめるほどの巨大な裁縫用の待ち針を持っていた。クラスのマドンナの鈴木さんだった。


「五木君いじめ隊一番槍登場なり~」


 鈴木さんは針を舌で舐めながら言った。


「鈴木てめえ! 本アカで来たのかよ! お前のメルヘンでかわいらしいの夢が好きなファンが泣くぞ!」

「いいの。どうせ本アカの方も『心の闇』『ヤク中の夢』とかいうタグつけられて、皆にばれてるし。ああっ、初めて五木君を見た時から、あなたの内臓をひも状にした服を着たかった!」


 僕は自分が毛糸に変身されられて、服を編まれていく様子を想像した。


「それぐらいなら……」と僕。

「いやあいつの裏アカの夢を見たことがあるが、毛糸の動物たちが悲鳴を上げながら血を流しながらバラバラにされる奴だった。普通に痛みを感じるはずだ」そういいながら山崎は空中に魔方陣を描き、それから二丁の拳銃を取り出した。「ここは任せて行け」彼はリロードした「こいや変態女!」

「五木君を増やしてハーレムプレイしてるあなたに言われたくない!」

「違う! 俺は五木を友人キャラとして支え、こいつの結婚式で初めて淡い恋心を自覚し、一筋の涙を流すような存在でいたいんだ! こんなのは望んでいない!」

「どっちにしろ気持ち悪いわ!」


 僕は戦い始めた二人を背に駆け出す。

 生徒たちはスマートフォンを見て、口々に話していた。


「五木夢也の残酷表現全面的に許可だって」「え!? まじで!?」「俺友成純一ごっこしたい!」「私は駕籠真太郎ごっこ!」


 曲がり角を曲がろうとした次の瞬間、本を持った生徒とぶつかる。

 二人は廊下に倒れた。落ちた本には世界の乗り物という題名だった。


「いたた、ごめんなさい」

 

 ぶつかった少女は、眼鏡をかけていて、髪は三つ編みにまとめている。

 僕と顔があった瞬間化の彼女ははっとした顔をした。


「五木夢也……わたしのペットの餌食になって! 人喰いフォークリフト召喚!」


 廊下の壁をぶち破り、フォークリフトが現れ、突進してきた。

 爪の間の部分が巨大な口のようになっている。

 僕は慌ててその場から飛んでよける。

 だが足が間に合わず、膝下あたりが食われることとなった。


「あああああっ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

「そう! その悲鳴が聞きたかった! 夢がかなうなんて!」


 逃げようとするも片足一本では歩行も満足にいかない。フォークリフトは大口お上げ、いたぶるように、下半身から順番に食っていき、最後に僕の頭をかみ砕いた。

 僕は僕が食われている間にそのわきを通り抜ける。だが前方にはすでに多くの生徒が回り込んでいた。

 四肢を切断され串刺しにされた僕を、担いでいる人がいた。

 慌てて振り返るも同様の風景が広がっていた。

 僕は近くにあった調理室に入る。

 大量の僕の肉がぶら下げてあった。雑にバラバラにされた肉やら、本当に精肉されたように綺麗なものまで様々だった。既に腐っておりハエがたかっている。何体かの僕は息がまだあり、僕に助けを求めていた。

 肉のせいで視界が限られているのでチャンスだ

 その隙間を縫い、窓に駆け寄り、そのまま飛び降りる。

 この部屋は十階建て相当の高さにあり、僕はそのまま落下しトマトのように潰れた。その僕と同様に僕が別の窓からどんどんと飛び降りる。校舎の下に僕の雨が降った。血だまりが広がる。肉の山が築かれる。僕の悲鳴と吹奏楽部との合奏が校舎内に響いていた。

 校舎の下に僕の死体の層が出来上がった。それがクッションとなり、僕が落下しても死ななくなった。僕は死体の山を滑り落ち、そのまま逃げる。


「逃げるったってどこへ!?」


 後ろから下半身をキャタピラに改造された僕がついてきて言った。接合が雑で、肉の機械の境界から血が出ていた。


「そもそも山崎は僕をどこに連れていくつもりだったんだ!?」


 頭の上から声がかかる。

 見ると蛾のような羽をはやした僕がいた。下半身が存在しておらず、腸と思しき糸が、校舎の屋上まで続いていた。そのまま腸が引っ張られ、蛾の僕は地面に叩きつけられ、動かなくなった。


「とにかく逃げるしかない!」


 生皮を剥がれた僕が言った。筋肉がむき出しだ。


「世界の果てまでも!」


 生皮そのものの僕が、風で運ばれながら言ってきた。

 生皮コンビは突如襲来した百の頭を持つサメに食われた。

 がむしゃらに走り学校街に逃げ込む。アーケードの天井は首を吊った僕がみっしりとぶら下がっていることにより見えなかった。その隙間から現れたピエロの恰好をして目が虚ろな僕に僕は刺された。そこに落ちてきた反物質爆弾により、僕は死んだ。



 僕は死んだ。

 尻に洋梨を刺されて内臓を破壊され僕は死んだ。爪先から五寸ごとに刻まれて僕は死んだ。中世ヨーロッパにタイムスリップさせられ、幸せな家族を持っていたが、魔女として異端審問にかけられ、家族ごと火あぶりにあって僕は死んだ。漢の時代の中国に行き、妻のいる地位のある人の愛人となったため、夫人の怒りを買い、豚の餌になって僕は死んだ。鎖国時代の日本へ行き、キリスト教を信仰していて、絵を踏まなかったため、藁にくるまれ、火あぶりにあって僕は死んだ。地球が宇宙に進出したころ、事故によりブラックホールに突っ込み、無限に引き延ばされた時間の中で僕は死んだ。爪の間にハリガネムシを刺され、痛みのあまり僕は死んだ。剣と魔法の異世界に転生され、勇者っぽい顔の整った人と恋愛関係になったが、僕は魔王にさらわれ、なんとか助け出してもらったが僕は既に廃人になっており、罪の意識から勇者は僕の介護をするが、勇者は別の誰かと結婚し、それがショックで僕は崖から飛び降り、急いで駆け付けて手を伸ばしている勇者の目を見ながら僕は死んだ死んだ。不老不死の力を手に入れ、何人もの愛する人に先立たれ、幾万の文明の誕生と崩壊を眺め、時には実験動物にされ、宇宙の崩壊を迎え、11次元において何無量大数の時間と呼べないものの間の虚無でさまよったが、僕は死ねなかった。あらゆる人の苦痛を再現され僕は死んだ。あらゆる原子を擬人化された存在となり、あらゆる物質の苦痛を味合わされ僕は死んだ。

 僕は死んだ。

 僕は死んだ。

 僕は死んだ。

 僕は目が覚めなかった。

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