ミハリ
翌日、キラはマカララで皿を洗っていた。今日はいつもとは違う汚れの着いた皿が運ばれてきた。びっしり皿全面に油が着いている。キラは石鹸で洗ったが、中々汚れは落ちなかった。
「ミハリさん、これ、落ちないんですけど」
キラはミハリに皿を見せた。ミハリは大きくため息をつくと、
「ほんっと、田舎者を指導するのも疲れるわね。そんなことも知らないの? こういう油汚れはね、これを使うのよ」
シンク脇に置いてあったオレンジの半切りをキラに手渡した。キラはオレンジで皿を磨いた。油が分解されて落ちていく。
「落ちるわ! 凄い。ミハリさんって物知りなんですね」
「皿洗いならこれは常識よ。あんたが知らなすぎるのよ! これだから田舎者は」
出た。ミハリの口癖、『これだから田舎者は』キラは率直な疑問をミハリにぶつけてみた。
「ミハリさんはどうして田舎が嫌いなんですか?」
ミハリはそんな質問を受けるとは意外、といった顔をして答えた。
「どうしてって、田舎なんて非文明的な野蛮な暮らしじゃないの! 石鹸すらないでしょう。それにこんな風にお洒落することも出来ないわ。公衆浴場だって無いし。あんただってそんな暮らしが嫌で街へ出てきたんでしょう?」
「私は……。私は村の暮らしが好きだったわ。何より皆で助け合っていたし。それに、街へ来たのは病気の母をお医者に診せるお金を稼ぐためだわ」
「ふうん、あんたの都合は知らないけど、私は田舎なんて御免よ」
そこで会話は途切れた。これ以上話しても平行線だと思われたからだ。キラはそれ以上ミハリに聞く事を諦めて、皿洗いに専念した。
午後になり、手が自動的に皿を洗うようになった頃、キラの頭にカラルの村の風景が思い浮かんだ。美しいオアシス。羊の毛刈り……。何も無かったが、優しい村人達に囲まれて、充実した日々だった。ナジャやダンはどうしているかしら? そう思ったその時だ。
ツルッ。
キラの手から皿が滑り落ちた。
ガシャーン!
派手な音を立てて、皿は床の上で粉々になった。
「もうっ! 何やってるのよ! 店長!」
ミハリはハデブを呼びに行った。ハデブは直ぐにやって来た。
「おい、この皿は高いんだぞ! 給料から引くからな。それと、こんなことでは一人前の給料を支払うわけにいかん。半額だ!」
「そんな……。わざとやった訳では無いんです」
「言い訳は要らん! ボケッとしてないで片付けろ!」
ハデブは鼻息も荒く命令すると、厨房を出て行った。キラは泣きたい気持ちをグッと堪えて破片を拾い集めた。
「全く、これだから田舎者は……」
ミハリが追い討ちをかけるように言う。
その日の夜、キラはベッドの上で膝を抱えて泣いた。
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